第1話を見たとき、衝動的に録画を消した。
音に起こる現実があまりに辛辣だったから。
もう2話も見ない。そう決めた。心揺さぶられ過ぎてそれを受け止めきれなかった。それなのにやっぱり、音ちゃんがこれからどう生きていくのか、それが知りたくて2話3話と見ていた。今では、飽きもせず見返し続けるほどに好きで仕方ないドラマになった。
ダビングした第2話からの「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」を何度も、何度も見て、それぞれの表情の動きや台詞も脳内再生できそうなほどになった。第1話を消してしまったことを後悔したけど、それでもいいかなと思いながら。
ドラマのDVDを買ったことはこれまでほぼ無かった。
ほぼ、というのは、頼み込んでプレゼントとして買ってもらった「海猿」のドラマDVDを以外に買ったことが無いという意味で。だけどこのドラマは、いつか必ずほしいと思っていて、敷居の高い値段ではあるけれどいつか買うんだと決めていた。
あまりに頻繁に、息をするように再生ボタンを押してあの空気の中に戻りたくなるから、それならもう買ってあげようと自分のなかで許可が出た。
しかしドラマが放送されていたのは2016年のこと。
通販でなら買えるだろうと簡単に考えていたけど、実際に探してみると公式での販売在庫は無いに等しく、タワレコで注文はできたものの、捜索中というような初めての状況。一定期間が経っても見つからなかった場合は、自動キャンセルになりますとのことだった。
もしそうなったらしょうがない、そのうちどこかで見つけられる。半ば諦めかけていた時、メールが届いた。タワレコからだった。
あーだめだったんだろうなとメールを開くと、「発送いたしました」との内容。奇跡が起きた!とガッツポーズをするほど嬉しかった。
そうして、ついに届いた「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」のDVD。
開封して、その中身ひとつひとつに感動して、ずっと手元にほしかったこの作品が側にあることの嬉しさと安心感を覚えた。
あの頃、本放送スタートの1分前に流れたプロローグのような映像がとても素敵で、導かれるようにそれぞれが急ぎ足になるあの空気感は「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」の始まりとしてぴったりで、すごく好きだった。
DVD特典として、その映像がしっかり収録されていて嬉しかった。
リアルタイムでの放送以来になる第1話を再生した。
まだ警戒心のある半信半疑の声色で「引っ越し屋さん!」と呼ぶ音ちゃんの声。
おどおどとした様子で首を振って、だけど眼差しの強い練くん。
ああこういう始まりだったと思い出しながら、こんなに濃い第1話だったかと圧倒されていった。
真ん中のストーリーばかり見ていたからかもしれない。ストーリーが走り出してからの彼らをずっと見ていたから、“みんな”に出会う前の音ちゃんも、必ずしも寂しさだけで繋がるわけではない関係性を知る前の練くんも、まだ形になったばかりの結晶のようで、もろかった。
音ちゃんが話すダムの話も、練くんと木穂子さんの間に流れる空気も、鋭利だったりヒリヒリと痛むものがあった。物語の後半と、物語が始まったばかりの頃の違いを感じることができるのは、登場人物それぞれの時間がちゃんと動いているからだと思う。
白桃の缶詰をいっぱい荷台に乗せて、北海道へ大きなトラックでやって来た、曽田練。
つんと気の張った態度で話すけど、なんだか笑顔がこぼれてしまう、杉原音。
私が特に好きなのは、木穂子さんからのメールの第3話と、朝陽くんが屋上で星の話をする第5話で、その辺りを行ったり来たりで見ていて、第1話と最終回は避けていた。
第1話を見たとき。あまりに苦しかったのは、音が「消して」と言うほどに心を捨てかけたシーン。
おじさんからの仕打ちがむごすぎて、許せなかった。リアルタイムで見ていたあの頃は、おばさんのことも許すことができなくて、なぜもっと早くに解放してあげることが出来なかったのかと、音に対してしていることはおじさんと同じではないかと感じていた。
だから、最終回でおばさんの体調を聞いて戻ってしまった音に、なぜ…という悔しい思いばかりが湧いた。
でも今こうして第1話を振り返ると、あの状況のなかでおばさんは音への救いをどうにか作ろうとしていたことも伝わってくる。
音が逃げる力を無くしかけたあの瞬間に
「音、逃げなさい。もう、あなたの好きなところに行きなさい」
と言ったおばさん。
かけがえのない時間を過ごしたあとの、10話での音が、おばさんをそのままにすることはできなかった気持ちを、少し理解できた気がした。
これまでのどんな理不尽も耐え抜いて、自らを押し殺すことができたけど、正面から誠意を持って伝えた音の思いはおじさんに伝わらなかった。
けれど音のことを手放す気もなく、この先それがずっと…。自分を捨てるには十分すぎた環境の中で、消えかかったともしびを両手でおおってくれたのは引っ越し屋さんだった。
荷物も持たない。靴が脱げても構わない。
着の身着のままで飛び出して、「乗れ!」と差し伸べられた手を取った。
ここにいてはいけないと叫ぶかのようにサイレンが響く。引き止められる前に走り出したトラック。
「いらん、なんもいらん」
自分だけを抱えて、大切な物はなにも持ってくることはできなかったはずの音。でも、つっかえ棒だった1番大切な手紙は、練が持ってくれていたおかげで失わずにいることができた。
決断の瞬間は、考える暇などなく突然やってくる。後ろを振り返ることなく飛び出すことができるだろうかと、音を見るたび考える。
音がトラックに乗り込むシーンの鮮烈さは、3年のときを経ても薄れることがなかった。
東京に行ってそれから?お金は?仕事は?…それを先に頭で考えてからでは、音はいつまでもあの場所を離れることができなかったと思う。今を見つめた瞬間に、音は自分を掴みなおすことができた。
かっこよかった。
音からの返事の手紙は何度も、読み返すように見ていたけど、音へのお母さんからの手紙は最初に開いて以来ずっと閉じたままだったことに気がついた。
お母さんからのあの手紙を読んで、返さなくちゃと思った練くんのことが、もっと好きになった。この手紙を大切にしていた音ちゃんのことも、もっと好きになった。
第1話を見ただけでこんなに、漕ぎすぎたブランコのごとく心を揺さぶられていて、これから順に見ていった先にどういう思いが湧くのか見当がつかない。
DVDに収録されているのはディレクターズカットということで、違いに気づいたりするかもしれないし、出演者の方々の座談会を見るのも楽しみにしている。
思い巡らすのは気力を使うけど、なぜこんなに好きなのか、一度ちゃんと向き合いたかった「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」という作品。
大切に紐解いていきたい。