「ダディ・ロング・レッグズ」へ送る長ーい手紙。【第一幕】

 

舞台を観ていても、ライブを観ていても、時折ステージにいる姿をそっと横目に、壁に映る大きくなった影を眺めることがある。

その影にはステージに立つ姿と別のバックグラウンドを映すように思えて、引きつけられる。

だから「ダディ・ロング・レッグズ」の始まり方や、随所に見える、壁に映る影を大切にした照明演出に胸を打たれた。

 

【本編を観た上での感想を書きます。】

作品に興味があるかなという方は、こちらの感想を。

one-time.hatenablog.com

すでに観ている方はこちらで大丈夫だと思います。

 

一番年上の孤児(みなしご)と繰り返す、その言葉の重みを思う。ジルーシャの目に光は無い。

“ジョングリアンホーム”で世話を焼いている歳下の子は、トミー・ディランという名前らしい。

くるりと回って座り込むと、ジルーシャだった上白石萌音さんがたちまち少年に演じ変わる。

ミセス・リペットを再現する一人芝居もすごい。

ミセス・リペットの声で「座りなさい」と、顔を下げているジルーシャに声が聞こえるから、本当に別の人が声を出しているのかと思った。

差し出された手紙についても、スタッフさんが協力しているのかと。

 

アーカイブのおかげで二度目の鑑賞をした時に、一番初めの手紙はダディ(名乗りはミスター・スミス)からだったんだ…と実感して、感慨深く思った。

“毎月の手紙で”と歌うジルーシャの『の〜』の伸ばしとビブラートがとても好きだった。

 

“人と成りを感じさせる手紙”という言葉が、きっとこの舞台の鍵になると思った。

“自分に興味を持ってくれる”と喜ぶジルーシャの真っ直ぐな喜びが胸を打つ。

18年間、目の前を通り過ぎて行かれるのを繰り返してきた…そのことを思うと。

 

 

手紙を書きながら、“じゃあこう呼ぶわ ミスター・リッチマン”と歌っている時の『ミスター・リッチマン』のメロディーと上白石萌音さんの歌声が好きだった。

「それとも、ほどほど?」の言い方がチャーミングなのも可愛い。

 

ジルーシャからの手紙に驚嘆するダディが、口元にグーにした手をあてながら嬉しそうな顔をするところにぐっとくる。

“上手い文章 味がある 退屈だとは思えない この手紙読むのは”

「頭脳、ウィットに富んだ、恐れを知らない 文章の切り返し」と、この手紙の魅力を饒舌に語る姿から、抑えきれない好奇心が伝わってくる。

“世界が誇るライター”と歌い上げるところに心掴まれずにはいられなくて、そんなふうに期待を寄せられているジルーシャへの憧れと、真っ直ぐに見る目を持ち信じられるダディへの尊敬、どちらともが自分の心の中にある。

ダディが最初に送った手紙でも、文筆家という言葉が出てくる。

双方の呼び名が使われているところも好きになった。

 

「18年間、20人と同じ部屋で暮らした後ですから、1人きりというのはほっとします。」

ジルーシャがそう語る。プライベートなどというものが無い生活から、静かに自分と向き合うことのできる生活へ。

「これでやっと、ジルーシャ・アボットと知り合う機会ができたわ。私、彼女のことを好きになりそう。」

この台詞がとても好きで。

自分と知り合う機会も無かった事実に、切なく思う。そして同時に、私の生活!自由に出来るわ!ではなく、「知り合う機会」と書き表す感性に魅力を感じた。

 

 

アーカイブで、ほんのり音調整をしてくれている?と感じる箇所があった。

マイクのボリューム、客席の笑い声の加減など。

 

ドレスをただトランクに入れるのではなくて、折り畳むように入れる動作には、ジルーシャの暮らしを感じる。

ウイスキーを瓶からグラスへ注ぐダディの所作には、大人としての嗜みを感じる。

このダディの所作は、喋り歌い続けて、舞台からはけられないので、水分補給の役割もあるのかなと何度目かの再生で思った。

上白石萌音さんは暗転中に、滞りないタイミングで給水している様子があった。

 

ジルーシャ・アボットの名前が出てくる度に心躍る不思議。

ジルーシャ(明るく幼く)・アボット(暗くふてくされたように)発音する時の、上白石萌音さんの名前の言い方が好きだ。

「いつか私も、手紙を受け取る日がくるかしら?」

その一言に込められた期待と切実さを思って、心がギュッとなる。

 

ミケランジェロを「ミカエル・エンジェル」と学校で言い間違えたジルーシャ。

「そんなふうによめません?!」の必死さがかわいい。

“知らなかった こんなにまで 想像力が働くとは。”

こちらはダディのソワソワが可愛くて、しかも感動する着眼点が“想像力が働く”だというところに、2人の共通の価値観を感じるシーンだった。

「2月に試験が」と手紙を読んで、微笑むダディには、

学生らしい苦悩に表情を緩める様子が、自身の学生生活を思い返しつつ、ジルーシャを手紙ごしに見守ることを大切なこととし始めている雰囲気をうっすら感じた。

 

手紙の文体や、書き出しに締め括り。

一通一通に魅力が溢れている。

「どこにいらっしゃるにしても」という手紙の締め括りの言葉の美しさを、気に入ってしまった。

 

 

「人生が完全に1色に塗りつぶされているという点ではね」

ダディの声で聞きながら、ジルーシャの深刻な心の内から立ちこめる暗雲を感じる。

そして、「ダディ・ロング・レッグズ」のなかで特に記憶に刻まれた言葉。

「わかるかしらダディ いかなる人間にとっても重要な資質って、想像力だと私は思うの。

それは、相手の立場に立って考える助けになります。親切で、同情心や理解のある人間にしてくれるのよ。」

想像力。本質ではなく、資質。

なんだわと言い切らずに「私は思うの」と伝えるところに聡明さを感じる。

ポイントだと思ったのは、「考える助けになります。」と表すところ。考えられるようになるということではなくて、手助けのようなものになってくれるのが想像力。

ジルーシャが大切にしようとしている価値観に、何度も頷きたくなった。

 

ダディは“探し出そう隠された意味”と、ジルーシャからの手紙に好奇心を駆り立てられる。

どんな名著も飽きるほど読んできた彼が、この手紙を夢中で読んでいる。

誰よりの読者ではないかと、観ている私たちは感動するのに、それをジルーシャに届けていないことに歯痒くなった。

だから、“ひどく傷ついてた 無視されてると”と歌うジルーシャの気持ちに感情移入して、その万年筆で一言、便箋にWonderfulと書くだけでいい。あとはポストに出して!と思わずにいられない。

“もう返事はいらないわ”と言わせてしまったことの重さ。

ジルーシャの心の中に、ニ人分もの居場所を取るなんて。ダディとジャーヴィスとして。贅沢な人。

 

学校の風景を伝える手紙に「芝生は黄色の水玉模様で彩られ」と書く。

タンポポの描写として素晴らしいと思った。

ついに学校へ表れた彼については、「足が長〜〜〜いのよダディー…」の言い方とジルーシャのチャーミングな表情がすごく好きだった。

 

ペンドルトン家の人、であることの苦しみが彼にはきっとある。

正直なところ、初めて観た段階では登場人物と相関図が把握できていなくて、ダディは全く関係のない人物に成りすましたのかと思っていた。

2回目で、ああ!本当にあの子と親戚だからあんなに驚いていたのね!と分かった。

 

“見つめる茶色い瞳”

“あなたの目の色を”

ジャーヴィスとジルーシャが、テラスで向かい合う様子が可愛くて。

知りたいと思い続けた瞳が目の前にあることを、気づいてほしいと思いながら観ていた。

 

“大人になった、今はもう”と歌う時の『今は』のビブラート、節回しが素敵だった。

物語序盤で出てきた、“毎月の手紙の”にあった『の』と近い感じもある。

上白石萌音さんの澄んだ声色も魅力でありつつ、音のゆらぎ、低音でどしっと重心を下に置く声を聴くことのできる時間が嬉しかった。

 

ジョングリアンホームに夏休みの間は戻れと言われたジルーシャに、ロックウィロー農場へ行くよう手筈を整えて、招待状を送ったダディ。

「親愛なる 優しいダディ・ロング・レッグズ。あなたってなんて…良いやつ!」

「良いやつ!?」

砕けた表現に振り切る無邪気さと、面食らうダディがおもしろい。

 

ニ人が両側の窓を大きく開けて、舞台上の景色がふわっと変わる瞬間がすごく良い。

「人生でこれまでないってほど食べているわ」と書いた手紙に、よかった…と親のような気持ちになる。

ジルーシャお気に入りの本、「ジェーン・エア」を読んでみたいと思う。

上下巻で出ている本のようなので、時間をかけて読みたい。

書籍化で言えば、今回初めて知った『あしながおじさん』のお話を、もちろん様々出ている翻訳で楽しむこともしたいけれど、「ダディ・ロング・レッグズ」として今井麻緒子さん訳の文庫本を手元にいつでも読める場所に置いていたい。

 

「わかるでしょ?ダディ。人が性格を問われるのは…」

で始まる、もうひとつの忘れたくない言葉。

まず「わかるでしょ?ダディ。」の問いかけが、なんとも言えず親しみも懇願も含まれている気がして、ぐっと引き込まれる。

気づいていたような、気づかされたような、そんな感覚。

「人生最大の困難に立ち向かった時ではない」

「でも、日々のちょっとした障害を笑い過ごすために必要なのは」

実際にそう言える面があると噛みしめた。

どかんとくる困難には、身構えて足の裏に力を入れて立つことが出来るけど、日々のちょっとした障害ほどジクジクと傷んでいく。

だから、そのための心得を見つけていこうとするジルーシャに胸を打たれた。

 

そして、『幸せの秘密』

“来ない未来恐れない”

“急がない”

二つが私にとっては鍵だと思った。

予測して、考えて、来る前から未来を恐れている。急ぎがちで、手に負いきれない量のボールを全て完璧に回そうとする。それは無理があるのに。

 

ジャーヴィー坊っちゃまとも呼ばれてきた、ジャーヴィス

11才でお母様を亡くされた。お母様の名前は、センプル夫人。

 

「私が不思議がるのを止めることは出来ないわよ」といたずらっぽく笑う、上白石萌音さんの表現するジルーシャに魅了された。

“でも いつの日にか知りたい あなたの目の色を…”

相手を知ることと通じる、目の色というキーワード。

 

ダディが手紙を書きながら言葉にした、「書くのを止めた。止めるべきではないのに止めた。」

このニ重にした言い回しが、英文的で好きだと思った。

 

歌声のハーモニーと高揚感が頂点に来る時、

破く手紙と、ブォンッと楽器の音がぴったり合った瞬間に鳥肌が立った。

もしも破れる角度が違って、早くに斜めに破れたら、歌が早く終わってしまう。井上芳雄さんが培ってきた見事な魅せ方だと感じていた。

 

第一幕についてはここまで。

第二幕の好きな点については次へ続きます。

 

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銀座ウエストのお菓子缶、お家で幕間のお茶時間

 

75周年の記念に、ヴィクトリア・マグネットチャームが付くと知っての一目惚れだった。

銀座ウエストの焼き菓子。何となく見たことはあっても、食べたことはなかった。

 

通販も、お菓子のお取り寄せもあまりしない。それでもほしくて。

サイトを見ていたら75周年の記念缶があることに気がついて、ますます惹かれた。

4,000円以上のお買い物で付く、ヴィクトリア・マグネットチャーム。記念缶と、好みそうな塩クッキー2つ、プチサブレスト1つで注文した。

 

思うより早く届いたお菓子缶。

ワクワクしながら受け取って、箱を開けると、丁寧にプチプチに包まれたお菓子缶と小袋のクッキー。

缶には傷が入らないように、厚紙のカバーまでしてあった。

 

この缶のデザインが、良い!

銀座ウエストの焼き菓子が小さく描かれていて、よく見るとわかるイラストの細かさも、塩クッキーがちゃんと仲間入りしているところも、そして缶のサイズも良かった。

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空になったら手紙を入れようと思っていて、このサイズなら便箋などのレターセットも入れられるから嬉しい。

 

そして、ヴィクトリア・マグネットチャームは写真で見た通りの可愛さ。

ジャケットの襟元に付けるのが楽しみ。

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計画した訳ではなかったけど、ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」のアーカイブ配信期間中にお菓子が届くことになった。

テレビ画面に大きく映した迫力に感動しながら、幕間に入ったタイミングでお茶の時間ということにした。

定期的に大切に使っているドリップコーヒーのセットでコーヒーを淹れて、アイスカフェラテに。

 

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どれにしようか缶の中から選ぶ楽しさ。2個にしようか3個食べてしまおうか考える。

集中して観ているミュージカルの合間に、甘い焼き菓子。

砂糖無しで作ったアイスカフェラテとぴったりだった。

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一息ついたら、第二幕へと入り込んでいく。

お茶の時間を挟んだことで、ダディやジルーシャが過ごした時の中に馴染んだような気分で「マイ・マンハッタン」の歌声を聴いた。

 

偶然に重なった焼き菓子の到着と、ミュージカルのアーカイブ鑑賞。

楽しみを自分で作って、自分でサプライズにできる。『幸せの秘密』のような時間だった。

 

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ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」手紙を書く私と、手紙を読むあなた

 

手紙を書き送り続けるジルーシャ

夢中で読むが返事を送ることができないダディ

 

上白石萌音さんのめくるめく声色。

歌声はのびやかに快活で、そしてジルーシャとしてチャーミングさや芯の強さを表すように、時折整えずに語るところもある。

止められない好奇心。探究心。

何も知らなかったのと歌うけれど、彼女は大切なことを知っている。

 

ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ

2022年8月31日、千秋楽公演 生配信

翻訳・訳詞:今井麻緒子さん

脚本・演出:ジョン・ケアードさん

ジャーヴィス・ペンドルトン役:井上芳雄さん

ジルーシャ・アボット役:上白石萌音さん

 

年長として孤児院にいることが何を意味するのか、どんなものを見てきたのか。

その度に、少しの期待を抱いたかもしれないジルーシャの思いを考えると苦しい。

だから希望となる、“ダディ・ロング・レッグズ”からの提案。

 

“文筆家に”

歌の中でふいにその言葉がダディから出てきた時。

正しくはそのずっと前から、観ながら自分の心が震えていた。

書かずにいられない。手紙を綴らずにはいられない。だけどいつも書くばかりで、あなたからの返事をもらうことはない。

 

ダディは手紙を楽しく読んでいるかもしれないけれど、彼女にはそれがわからない。

実在するのか、髪は白髪なのか。

目の色を知りたいと想うことは、心の色が同じ人を探すのと同様の意味の深さを持つと、私はシンデレラや洋画から知ってしまった。

 

彼女はインクにつけるペンを持ち、ダディは万年筆を持つ。

彼女が記す便箋は、ほんのりと生成り色で、決して書き心地は良くないかもしれないけれど、するするとおしゃべりするかのように書き進めていく。

モンゴメリ”に、“ロミオとジュリエット

耳覚えのある本や、劇作家の名前が次々登場するのも楽しかった。

シェイクスピアについて触れずにいたからこその大胆な先入観。観劇して感動溢れたジルーシャの拍手の熱の入りようは、上白石萌音さんの心根にある舞台への尊敬そのものに見えた。

 

ふわりと揺れながら重みのある茶のスカートに、白のシャツ。肩が少しふわっと空気を含んでいる。

首元にはピンクのスカーフをリボン結びに。

そしてかかとが少しあるブーツを履いている。

牧場に行ってからの、スカートの前に白いエプロンを付けた彼女も可愛らしくて。

 

それから、その素敵な三つの赤い線の入ったスカートに合わせたジャケットと、白いシャツの首元に少し細めの紺のネクタイを合わせた姿の素敵さ。

重厚感のあるスカートとお揃いのジャケットは、ジルーシャが選んで買ってきたのだろうか。ダディからの仕立てまで完璧に済ませたプレゼントだろうか。

ジルーシャのお着替えがさり気なくさらりと舞台上で変わっていくのも見事だった。

白のシャツとネクタイはそのままに、ウエストラインに沿った細かなボタンの美しいジャンパースカート姿も魅力的。

二人が舞台からはけることは見たところほとんど無く、出ずっぱりの3時間。

しかも喋り歌い通し。息つぎはどこに?

 

二人きりの舞台。

ミュージカルでハーモニーとしては出逢うのに、二人はいつまでも目が合わない。

台詞の掛け合いのようでいて、朗読劇でもある。

タイプライターに、深緑の立派な椅子。スーツのベストのポケットに忍ばせるのは懐中時計。

いくつもの年期の入った魅力的なトランクは、様々なセットとしての役割も果たす。

 

この作品に、そしてジルーシャ・アボットに確実に心惹かれたのは、

「わかるかしら ダディ

いかなる人間にとっても重要な資質って、想像力だと私は思うの。

それは、相手の立場に立って考える助けになります。

親切で、同情心や理解のある人間にしてくれるのよ。」

という、彼女の切実な胸の内。

心からの賛同を伝えたかった。思っていた通りではないからと口にして何かを言うより前に、なぜそうであるのかを想像することができたなら。

同情は決してネガティブなものじゃない。相手の心情に色を同じにして、思いを近づけることだと考えているから。

 

ジルーシャがくだけた言い方で「良いやつ!」と書いた手紙に、

「良いやつ?!」と口に出すダディのコミカルさもとても好きだった。

 

病室へ届けられたピンクのバラ。数え間違えていなければ5本。

ピンクのバラには「感謝」の意味があるようで、5本なら意味する花言葉は「あなたに出会えたことの心からの喜び」

アーカイブでよく見て数えてたら、6本かもしれなかった。調べると、「互いに思いやる」の意味があった。

 

“君の夢を”と歌った井上芳雄さんの歌声が素晴らしくて…

マンハッタンの向こうを少し屈みながら杖で指し示し、それに寄り添い夕陽を本当に眺めているように目を細める上白石萌音さんの演じるジルーシャの表情が繊細。

ダディが「ジルーシャ」と呼ぶ時の間合いは、相手の名前を呼ぶことの特別さを物語っているのに、ジルーシャに本当の名前を教えてあげないなんてずるい人だと思ってしまう。

その名前を呼べるだけで、どんなに嬉しいか。

 

二幕が始まってからの歌『世界で一番わからない人』

“わからない人ね”

これまで大学での生活に戸惑いとワクワクとを見せていたジルーシャが、ついに見せるダディへの苛立ち。

あなたが“わからない”と、あなた自身が何度心に訴えかけても“わからない人”だという意味が二つ言葉に乗っている感じがして、

快活な彼女だっていつまでも明るく居続ける訳ではないと、ジルーシャの芯を垣間見るシーンだった。

二幕に入ってからの声が、印象が徐々に変わっていて、少女から立派な意思を貫く女性になっていることを上白石萌音さんの表現から受け取った。

 

“チャリティー”の意味の重みをも考える。

与えること、受け取ること。

ダディとして抜け出せないと、思い込んでいる彼の哀しみ。

ここでの葛藤があるから、良くした子への恋心だけではまとめることの出来ない“なにか”が生まれる。

目と目を合わせていないのに、相手の口元を見ていないのになぜ、ハーモニーのタイミングがあんなにぴったりなのか。どれほどの努力を重ねたのだろう。

 

劇中で、ダディがジルーシャのことを

“激しくて、愛嬌のある生き物”と言ったところに、そう!としっくりときた。

 

上白石萌音さんの初っ端の一人二役にも驚いて、ミセスリぺットとしての声の変わりようにも圧倒された。

そして本当に目の前にミセスリベットが居るかのような手紙の差し出し方や、シュパッと紙を見せる動きの機微さがすごかった。

 

上白石萌音さんの歌声を耳に直接聴くことができたのは、2020年「ディズニーオンクラシック 美女と野獣インコンサート」でのベルとしてのステージ。

本を開きながら登場した時の存在感としっくり感、ルミエールの涙をハンカチでよしよしと拭く様子。その歌声に、魅了された。

詳しいわけではなかったけど、上白石萌音さんの歌の中では「カセットテープ」が好きで、「夜明けをくちずさめたら」は暗い夜のなか不安でたまらない時のランプになっている。

映画「舞妓はレディ」を映画館で観た日から、ずっと心は掴まれ続けていた。朝ドラ「カムカムエヴリバティ」は毎話見た。

 

上白石萌音さんがミュージカルにどれほどの思いを抱いているか。

歌に、歌うことにどんなに誠実に気持ちを向けているか。

想像では余りあるほど、思いの深い人であると感じてきた。

本を読むこともお好きであるからこそ、文章を書くこと字を書くことへの敬意も人一倍で、ついに出版の叶ったエッセイ本について上白石萌音さんご本人が話されていた様子からも、語ることより語らずそっと胸に置く思いの大きい方なのだろうと思った。

だから、ご本人も大好きな作品だと言う「ダディ・ロング・レッグズ」に出演なさったこと、そこに好き!が溢れていること。

なにより、ジルーシャの大切にするものが、上白石萌音さんと共鳴している。

そのすべてに感動した。

 

終盤でのダディの行動に返すジルーシャの行動が大好きだった。

王道の構図も良いけれど、こっちも好きだ。

 

 

カーテンコールで、差し伸べられた手に勢いよく乗せる手。

奏者さん3人もカーテンコールに出てきてくれて、弦楽器の美しい音色とピアノの音色は3人で奏でられていたの!?と驚いた。

生演奏であることの贅沢さをさらに噛みしめる。

スコットランド民謡のような雰囲気を感じるバイオリンの音がとても好きだった。

 

今回の生配信にあたって、10台のカメラが稼働。

日本初演から10周年の「ダディ・ロング・レッグズ」であったと、観終えてから知った。

あしながおじさん”の話を何となくは聞いたことがあっても、

そのミュージカルがあって、10年も上演し続けてきたこと、井上芳雄さんと坂本真綾さんで歩いてきている10年について、私ははじめて知ることとなった。

好きかもしれないと、この舞台に引き寄せられたのは、フォローしていた東宝演劇部アカウントのリツイートで見た「ダディ・ロング・レッグズ」の舞台写真を見た時だった。

上白石萌音さんの姿と、衣装のセンスに魅力を感じて、写真から伝わる作品の空気感にますます関心が湧いた。

 

それを後押ししてくれた方の“きっと好きなはず”という言葉で、私はこの作品と出会わなくてはと思った。

チケットを探すも、公演期間が思うより短く、見つけることは出来なかった。

配信の知らせを聞いた時は、本当ですか!?と立ち上がりたいほどの嬉しさ。設備も経費もかかる配信を、まさか取り決めてくれるとは思わなかったから。

生配信と、アーカイブ期間まである。

それもアーカイブ期限の9月7日まで、今からでもチケットが買えて、観ることができる。

私はこの作品を、今回の公演を、全力でおすすめしたい。

 

月に割り振れるチケット代のことや、交通費、様々な事情を考えると、劇場で観たいという思いは揺るぎなくあっても、今回それができるかは難しかった。

こんなにも優しい価格で、しっかりと作品に触れさせてくれたことに、とにかく感謝している。

 

千秋楽の場に、脚本・演出のジョン・ケアードさんと翻訳・訳詞の今井麻緒子さんがいらっしゃっていた。

千秋楽だからなのかなと見ていたら、いらっしゃるのはかなりの頻度のようで、作品を愛していることが伝わってきた。

 

カーテンコールも可愛らしかった。

はじめは、ダディが紳士に手を差し伸べ、ジルーシャが勢いよくそこに手をのせた。台詞は無くても、エスコートしてもいいかい?…いいわ!とやり取りがあるみたいで、素敵だった。

3度目はジルーシャから手を引いて。

ぐいっと連れて行く感じが、観てきた二人だなあと微笑ましくなった。ダディと手を振っている様子も可愛い。

さらに最後は、置いて行くみたいに走ったダディをジルーシャが追いかけ、どうぞと手を差し出して、ぱしっと手を取る。それから二人で手を振った。

4度目は二人で仲良く手を振り、

さらにさらに最後は、井上芳雄さん、上白石萌音さんのお二人と、ジョン・ケアードさんと麻緒子さんとバンドのみんなが揃って舞台へ。

手を振る主役の二人を見届けてから、ジョン・ケアードさんがしみじみとお辞儀をして、21時3分に幕を閉じた。

 

筆をとり、紙に文字を走らせる。

あなたに宛てた手紙は、あなたがどんな表情で読んでいるかもわからない。

それでも思いを伝えることに躊躇しなかったジルーシャと、その文才と彼女自身の内面の魅力に引き寄せられ、本棚一面に貼り巡らされた手紙を前にしながら書いても届けず丸めてしまっていたダディ。

届けなくては、届かない。

素直でなくては、心に近づけない。

「大切なのは、想像力」

そう思わせてくれた、「ダディ・ロング・レッグズ」だった。

 

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Dear Daddy long legs companies,

ダディ・ロング・レッグズ カンパニーのみなさま

I was deeply impressed with Daddy long legs.

この作品に深く感動しました。

私はこの物語に出逢うことができてしあわせです。

 

Sincerely,

Maro Misumi

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