ディズニーシーの旅に行くと、私の滞在する場所はアメリカンウォーターフロントで、
S.S.コロンビア号で巻き起こる物語を観ているのが好きだった。
時折散歩をしては、悪そうな狐のフェローとぼんやり表情のギデオンに出くわして、遊んでもらった。
イタリアの街並みまで歩いたときには、ザンビーニで美味しいリガトーニを1日の始まりの食事にした。
最短でお昼を済ませたい時は、高架下のホットドッグを。寒い日には、ポークライスロールとみそクリームスープを食べた。
コーンドビーフがボリューミーに挟まれて、酸味の効いたザワークラウトとの相性が抜群なルーベンホットサンドイッチと、ピクルスの美味しいお店があると知ったのは、通うようになってしばらく経ってからだった。
そして、しばらく経ってから知った場所がもうひとつ。
あまりにも街に馴染み、そのときにはもうあることが日常で、特別アナウンスされることもなく、本当に劇場があってショーが行われていることに気づくのにはきっかけが必要だった。
驚くほどに美しい壮観な劇場に入った感動は忘れない。
開場時間になり、グリーンにベロアの格好いいジャケットを着たキャストさんが扉を開ける。
並べば観られた時期もあれば、抽選になってからは高鳴る気持ちで当選チケットを見せてから入場した時期もある。
ロビーのソファーの豪華さ。壁を見れば絵画。天井を見れば見事な照明。
少しの階段を登って、もうひとつの扉を通ると広がる座席。沢山歩いて疲れも溜まった脚に優しい、ふかふかの足元。
2階席まである。実際に入り座ることができる。ハリボテではない、本物の劇場だと感動した。
シアター内の壁の装飾は空を飛んでいるようで、雲や鳥の絵を何度となく目に焼きつけるように眺めた。
美しい劇場。最高の劇場で、最高のエンターテイメントを観ることができる。
初めて観たのはいつだろう。
観た瞬間に、これだ!!と確信が全身を駆け巡ったことだけを覚えている。
本当にそこで演奏されているビックバンドの音。迫力。ピアノの繊細さと日によって変わるアレンジパート。ドラムは勿論。
JAZZ。これがJAZZのムード。説明が無くとも、歌詞が英語で当時わかっていなくても、グルーヴとはここにあるもののことを言うのだと理解できた。
裏拍の手拍子の心地良さ。ブルースの美しさと迫力。
ミュージカルのようでありつつ、レビューと呼ぶような演出とお芝居もあるなかに、ライブの即興がプラスされるショー。
好きな曲調を自分でも分かっていなかった頃に、そう!これが好きなの!!と気づかせてくれたショーこそ「ビッグ・バンド・ビート」だった。
パスポートもいらない。飛行機に乗れなくても大丈夫。
ここへ来たら、大好きな景色とショーの後でとびきり贅沢な劇場のひとときが待っている。
その素晴らしさをいつも噛みしめていた。
遅くまで出掛けるなんて無理と思っていたあの頃でも、「ビッグ・バンド・ビート」だけは観て帰った。
1日の充実感と、少しグレた放課後を過ごすようなドキドキを持ちながら開演を待つ。そして最高の1日の幕を閉じて、胸の高鳴りと感動を抱きしめて家に帰った。
どんな現実の日常にいようと、ステージを見つめる時間、自分の肩に背負うものは何も無かった。
それほどの希望を胸に宿してくれるのが「オーバー・ザ・ウェイブ」と「ビッグ・バンド・ビート」だった。
聴き覚えのあった「シング・シング・シング」がこんなにかっこよく魅せられるのかと。
いつの間にか下がっていたステージから競り上がるシンガーさんダンサーさんたちがこんなにかっこいいのかと。
シンガーさんの元へ、ダンサーさんがひとりひとり意気込んでアプローチに向かう様子を、ダンスと言葉のないお芝居でこれほどまでに表現できるのかと圧倒された。
ピアノのセット、みんなの衣装の可愛さとほんのちょっとのドキドキ。
列車のセットに、衣装が素敵なダンサーさんたち。小脇に抱えたバッグと帽子のコーディネートも素敵。
パープルのドレスにスポットライトを浴びるシンガーさんの歌声がこんなに魅力的で、ソウルフルな声に息を飲んで。
タップダンスのセッションがこんなにも楽しくて、“You.”と指差すキザさと未練がこれほど心惹きつけるのかと、そのすべてが素晴らしい。
「オール・オブ・ミー」での哀愁が心を射抜いたことによって、洋画で好きになる役柄はとことん振られ役、洋楽で好きになるのは失恋ソングであることにも気づいてしまった。
合間の司会が英語で進むことも、ジャズの時代背景を話しつつ、その横でミッキーがジェスチャーを交えてくれるので理解しやすかったのも好きなところ。
「ブルース・イン・ザ・ナイト…」とシックに手を差し伸べる仕草とトーンを今も鮮明に思い出せる。
リニューアルしてからの、ステージに丸いテーブルがいくつか置かれて、シンガーさんやダンサーさんが演者としてお客さん役をしている演出も好きだった。
ウェイター役は、ステージの裏方スタッフさんが演じていたような気もする。
何もかもが出来てしまうミッキー。
その魅力を紛うことなく見せつけられたのも、このショー。
ドラムを叩くミッキーの格好良さ。シンバルをすっと抑えてミュートにする仕草。
男性ダンサーさん2人がビックバンドの前へ駆けて行って、バトンを渡すかのようにジャンプと指差しをしてはけて行く一連もとびきりワクワクした。
バンドメンバーのドラマーさんと腕試しセッションを白熱させる姿。
演奏に息を飲んだかと思えば、ドラムスティックを置いておもむろにステージセンターへ。そしてフィナーレへと向かっていく。
ステップの音。リズムが際立つパートから、ダンサーさんたちの掛け声。
ステージの上手下手から次々と増えるダンサーさん。観るようになってはじめの頃は、あまりに自然に増えていくので、いつの間に…!と視覚トリックを見ているかのようだった。
ステッキにハット。息が上がって間違いないはずのダンスを、かろやかに優雅に踊るダンサーさんたち。
女性ダンサーさんがステッキをステージに立てて、音に合わせて両サイド後ろの男性ダンサーさんとアイコンタクトをとる演出が大好きだった。
バンドメンバーの紹介がしっかりあって、個々の挨拶に個性が見られて、
みんながステージにいる最高の盛り上がりのなか、真っ赤な幕が両サイドから閉じる。
その間際、閉じかかるわずかな幕の隙間にスライディングしてくるダンサーさん2人の見事なタイミング。
親指と人差し指と中指でスチャッとジェスチャーをする、粋な挨拶で終わる。
最後の最後まで最高な演出。キザとウインクの素晴らしさをここで教わったかもしれない。
シンガーさんたちの歌声が大好きだった。
英語への好きが募ったのも、このショーがきっかけになっていると思う。
だからある冬の季節に、メディテレーニアンハーバーでそれぞれのステージからペアで響くハーモニーを聴けた喜びは大きかった。
もっと早くに、あの劇場の扉に気づけていたら。
そう思うこともあったけど、観ることができていた。そしてこれほど記憶に残っている。この思い出が代えがたい宝物だと思える。
「BIG BAND BEAT(ビッグ・バンド・ビート)」
このショーを創り上げてくださった、企画、演出、振り付け、照明、衣装、美術のスタッフの方々。
ステージ裏で、確実にショーを進行してくださっていたひとりひとり。
優雅で充実したひとときを演出するため、大切なキャストとして劇場での座席案内などを行ってくださっていたキャストさん。
そして演者さん、奏者さんとしてこんなにも心躍るショーを、時には1日5回も上演し続けてくださったことに、鳴り止むことのない拍手を贈りたい。