二人だから選ぶ、進まない道。 -「‪いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう‬」第5話 感想

 

「井吹です。急で申し訳ないんだけど…君に会いたいんだ。」

井吹さんから音への電話、その言葉ではじまった第5話。

 

井吹さんからの気持ち。練が渡さなかったストーブ。3月のカレンダー。

「‪いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう‬」のなかで、いくつもの思いが行き交ってそれがどうしても噛み合わなくて、吹きこぼれたお湯のように焦ってしまって苦しいから、第5話は見るのにも書くのにも思いきりが必要だった。

 

どう考えても考えなくても練と音。二人のいる場所に入っていける人はいないと思っていたから、井吹さんがこんなにシンプルに音への気持ちを隠さなかったことは、意外だった。

放送当時、次週予告に流れた井吹さんの「君に会いたいんだ。」と言う声に、なんて温かく寂しい声で呼びかけるんだと衝撃を受けた。約束をしたい時、何かもっと勿体つけたような“ご飯でも”とか“出掛けませんか”とかじゃなく、君に会いたいから連絡したと言ってしまう方法があったかと、単純すぎてすっかり忘れていたことに気づかされた。

「僕を好きになりなよ。僕だったら、君に両想いをあげられるよ」

そう言う井吹さんも、僕のあげられるものはここにあるよと伝えるその言葉選びが強引じゃなく素敵で。笑って流すのではなく、ちゃんと向き合って、井吹さんに話す音ちゃん。向き合い直す井吹さん。

「同じだけ、好きなままなんです」と正直すぎるほどに伝えた音に、井吹さんは「はい、僕も同じ意見です」と答える。音と練にだけ流れていると思っていた“優しすぎる”の要素が、井吹さんの中にもあるのかもしれないと感じた。

ストーリーを追いながら、“井吹さん”としてどこか他人行儀に見えていたのが、“朝陽くん”と認識するようになった第5話。彼にとって大切な回だったんだと今になってわかる。


だから、天体望遠鏡を覗き込んで、640年前の光が今届いてるすごさを共感できて、

「ずっと見てられる」「うん」と話していた時の、井吹さんというより朝陽くんの表情。同じ。同じ価値観を見つけた時のじんわり嬉しい感じ。それが伝わってきた。

このシーンがあるから、丁寧に描かれているから。音が朝陽くんと付き合った経緯もわかる。わかる…と言いたいけど、でもリアルタイムで見ていた頃は、二人が付き合ったことが寂しかった。そこは一途を貫いていてよ音ちゃん、練は?!と思っていた。

 

 

練と音は、お互いの気持ちを前に出すことをもうやめた。

以前とはもう違う。わかり合えたから、わかり合えなくなった。練には木穂子さんがいる。部屋で話す練と音の会話は、通じない電波みたいに途切れ途切れで。

でもどうして、練と音の波長はこんなに共鳴するのだろう。仲良しだけでいたいとかでもない。取り繕ったりはしない。なんでって思ったら態度にするし、言葉で言う。

笑い合うだけじゃない音と練の関係性が眩しく見えるのは、ありそうでない、特別なものだからだと思う。

 

東京に来てなにも出来てないと、自分のことを認められない練に、

音「なにもってことは無いと思います」

練「なにも出来てないです」

ちゃんと言える。練にしてもらったことを覚えていて、それが無かった時の道を知っている音だから、練のこんがらがった心を解くことができる。

わたしはあなたに助けられていますと口にして伝えられるのは、音の強さだと思った。

 

猪苗代湖のことを井吹さんに話した時だって、「私の好きな人の生まれたところ」と素直に言える。

音にとって、“会津”という所はもう特別になっていて、それがどれくらい嬉しくて、大切なことなのか。大阪という場所を特別に思って向かったことのある私は、ほんのり理解できる気がした。

 

 

派遣の契約を切られそうになった音と、同僚の船川さん。契約更新できるように、本部に掛け合った井吹さんが洗車をさせられているシーン。

「あれ音ちゃん」シャワーを上にして押しながら手を振るから、水が降ってきて避ける井吹さん。好きな子を見つけた表情そのもので、無邪気さが可愛かった。

このシーンを見ていたから、井吹朝陽さんを演じる西島隆弘さんが音楽活動をしている、Nissyとしての曲「ハプニング」で、シャワーの水に振り回されるオマージュのようなシーンがあったことが嬉しかった。

「今日はもう上がり?寒いから、また風邪を引くといけないから帰りな」

ここの、職場の先輩であり、心配する理由はそれだけじゃない感じがすごくよかった。

井吹朝陽さんの好きなところが語りきれないほどある。「片想いならなおのこと」と意地悪を言ってちょっと困らせる天邪鬼なところ。「ん?資格試験」と休憩中の音ちゃんの隣に椅子を出す朝陽さんがお弁当とおにぎり2つで、男の人の食事量だなってなるところ。

 


話の前半はとても好きだけど、後半は崩壊の始まり。つらいから目を背けてしまう。

静恵さんの家で4人が揃ったときの雰囲気。べつに悪いものじゃなかったと思っている。

思うことはあっても、コミュニケーションは普通にとっていける。大人ってそういうもの。その感じが、見ていて嫌じゃなかった。むしろそれは心地よくて、人って好き嫌いで関わり合いを決めたり避けたり、そんなにきっぱりとはならない。

割り切ることのできる、お互いを尊重し合った空気感のなか、それをガサツに崩されていく様子が見ていて居た堪れなかった。

 

「音ちゃん、ごぼうの切り方って」

視界に入ってしまう練と木穂子さんを、目線をそらせるように自然に声かけする朝陽さん。説明を受けながら「ん?」と朝陽さんが分からない風でいることで、音は背を向けて作業できる。
音と木穂子さんが二人きりになったシーンは息が詰まりそうだった。ショックを受ける木穂子さんに謝る音ちゃんは見ていたくなくて、つらかった。だって木穂子さん、長い間他に相手がいる状態で練を引っ張り続けていたわけで、それをずっと付き合っていた彼女は自分なのにってことにされてもと、困惑してしまう。


唐揚げをポケットに入れる近藤さんの話。話しながら笑ってしまう朝陽さんがいい。肉まんを直接ポケットに入れている同僚の話はドラマ「anone」にも出てきて、密かにこの共通点が好きだったりする。

みんなで座って、朝陽さんが晴太のグラスにワインを注いだ後の注ぎ口の止め方に、スマートな所作が出ていた。もしかすると、育ちの良さというより、後から懸命に身につけた努力の結果かもしれない。

 

正義感か、嫉妬なのか…「嘘ついてるもん!」と全て言ってしまう小夏。

話を黙って聞いてる間、朝陽さんの太ももの上に強く握りしめた拳。その気持ちが、言葉でなくてもひしひしと伝わる。音が隣で傷ついている、大切に崩れないように築いてきた時間が取り返しのつかない形で壊れていく。悔しかっただろうと思う。

小夏が言いたかった「練、好きよ」を、練じゃなく音にぶつけたのは、音にとってなにより苦しくさせる行為だったはずで、だからどうしても小夏の行動を受け入れることができない。

どうしたら?の思いが通じるかのように、目が合った音と練。練の目を見て、練の思いとすべてを悟る木穂子さんの涙。鳥肌だった。

 


猪苗代湖に一人で来て、音がくれたいちごの飴を食べる練。音も連れて来たみたいに。

じいちゃんの家で、風呂を直すと言った練に、「おめぇ」と驚いたような嬉しいような顔を見せるこのシーンがすごくいい。じいちゃんと練の暮らしが見える。

会津。ああ、練の町か。そう思ってもらえる。俺はそれが嬉しいんだ」

「東京のあの人、会津のあの人。行ったとこねえとこに、知ってる人が居る。住んでる人のことを考える。」

練の話すこの言葉が好きで。

私にとっても人に会いたいと思う動機のすべてだった。大阪へ行った時も、それが嬉しくて。それぞれの場所に住む人と人とがお互いを知っていることのすごさを、今も途方もなく思って感動する。


扉を叩く音がする。

嬉しそうな笑顔を浮かべた練。音を思い浮かべたとわかる。扉を開けると立っていたのは小夏で、練はここで初めてはっきりと相手を拒絶する。

 

この状況から一体どうなるのとハラハラしていたところに流れた、“それきり、彼と会うことはなかった”このナレーションを聞いた時、え!と思ったのを覚えている。

年月が進み、2016年1月。

今も東京で生きている杉原音さんの姿。


人身事故があって電車が止まっていると聞いて、チッと舌打ちをした練。見るからに様子が変わってしまった。

ドラマのラストに映ったそのシーンが衝撃で、ショックで、何を見たの?何があったのと思った。願うように見た次回予告。好きになれる気がしないと落ち込むほど、様変わりした練の姿。

ここまでの空気感でいてほしかったのに…!なんてことをしてくれるの…とリアルタイムで見ていた当時、本気でやきもきした。

とあるインタビューで満島ひかりさんが、坂本裕二さんの脚本について、5話あたりでひっくり返しがちと話していて、本当に!そこは!びっくりさせないで…!と、ドラマが終わってからもしばらくはこの展開を受け入れるのに時間がかかった。

 

芋煮を作ってみんなで食べるつもりだったあの晩。

音は涙を流さなかった。

泣いて、傷ついたわたしで居られた小夏。彼女になれると思ったのに、通じていない想いに気づいて泣いた木穂子さん。

傷つけたから。わたしは泣いちゃいけない。と言い聞かせているみたいに、音は、なにも。

 

練について行かない。追いかけることもしないと決めた音に、

「練と同じ。くそ真面目なのね」と、いつもはおしとやかなのに、そう言って微笑む静恵さんが好きだった。

 

思うって何なのか。それを見ている気がした

相手のことを思うって言葉では簡単に聞くけど、実際に何をするのか、どんな距離でどんな目線で伝えるのか。その選択に個性は滲み出て、その人らしさが映るのだと思う。