私の部屋、欲しかった生活。 -「‪いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう‬」第4話 感想

 

練にとってはもう、東京に来て5年の月日が経つ。

5年って、長い。

 

練は、守らなくちゃいけない人を探して、守りたい人を後回しにしてしまう。

見ていると、それがとにかく歯がゆい。

木穂子さんは自分が練を繋ぎ止めていることを分かっていながらも、「恋人になれるよね」と、さらに強く鎖を巻きつけていく。言いようのない息苦しさが充満する、第4話。

 

テキパキと仕事をこなす音を見ていると、安心する。

仕事を真面目にするっておかしい…?と、自分が分からなくなった時、このシーンを見たくなって、よく再生する。無理をすることが頑張ることだとは思わないようにしたいけど、働くことに黙々と丁寧な音を見ると、ニュートラルを保ったこの感じのなかで自分もいたいなと思う。
気持ちが焦って階段でつまずきかけた音を抱きとめた朝陽。行こうとして思い出して、「あっ、ありがとうございます」お礼をちゃんと言う音。

音のそういうところが、朝陽くんは段々と好きになっていったのだろうな…と感じられるこのシーンがとても好きだった。

でもこの時の音の声に、きゅんときている様子がないのもいい。

 

 

働く、バスに乗る、人と会う。

一個一個、生活していくこと、が表れていて好きなシーンがたくさんある第4話だけど、
正義感が正義にならない、バスのシーンは見ていて眉にしわが寄ってしまう生々しさだった。

赤ちゃんが泣き止まない。苛立ちを見せる人。それをかばうつもりなのか鬱憤晴らしなのか、男の人の一言がもっと場を荒立たせて、収拾がつかなくなる。居場所がないのはお母さんなのに、勝手に広がっていく喧嘩。同じ空間にいても、関わらないを選ぶ人。選ぶしかない人。

何が正解とかではなくて、ひとつのバスの中に渦巻く感情の圧が、ただつらくなる。

 


熱を出しながら出勤してきた音を抱きかかえて運ぶ朝陽さんの表情が、繊細で好きだった。

よくよく見れば、怒っている。現場のことに無関心な会社と父に対する険しい表情。あからさまではなくて、でも腹の底から怒っているのがわかる。

 

熱で動けなかった音を、職場まで運んできてくれたのは練くん。現品限りのストーブを買っていたのも練くん。

だけど、音にしっかりとは伝わらない。ストーブと加湿器を買ってきた朝陽さんに「ここです」と教えてくれた隣のお兄さんも、練くんだったはずなのに。

音「部屋わかりましたか?」

朝陽「隣のお兄さんがここですって教えてくれて」

音「隣のお兄さん…」 

このやり取りだけで、立ち去る練の後ろ姿や、ハッとした顔をする音などの演出は無しでストーリーを進める、説明の引き算がされた描かれ方が素敵だった。

 

 

「夢とか、なかった?」

朝陽の問いかけに、照れるように語った音。

自分の部屋がほしかったんです。

自分の仕事を持って、自分のお金でその日食べたいものを食べて。自分の部屋で、自分の布団で眠りたかったんです。

これ、ずっと欲しかった生活なんです。

ここの、音の言葉。好きで、好きで。

簡単ではない。当たり前ではない。北海道にいたころは、置いてもらっている家での暮らし。自分ではない、おじさんとおばさんのために動く生活。今ある環境がすごいことだと、実感している音。

私が思い描くしあわせも同じだった。

 

音の部屋にストーブと加湿器を設置して、「よし、人間の住める部屋になった。じゃあ帰ります。」と言った朝陽が、誠実で素敵だった。好きならここで居座ることもできたはずだけど、長居はしない朝陽の振る舞い。

部屋を出ていく朝陽の足元が映る。私服の時には先の尖った靴を履く朝陽。歩きやすい仕事靴ではなくて。そこに父への思いが見えて、期待、憧れ、諦めてはいない意志も伝わってくる。

 

 

「あっ今日?今すぐですか!?」

風邪明けで、治りましたと連絡すると、容赦ない出勤要請。

音と一緒にお風呂掃除をする朝陽。多分、ホントは音にだけお願いされた仕事で、病み上がりなのにひとりで無理はさせられないと、手伝うことにしたんだろうなと想像できる。

力の入ったブラシの音で、プンプンと怒ってるのがわかる。それに気づいていて、にこっと笑顔になる音ちゃんがいい。

 

 

そして、静江さんの家で練と音が話しをするシーン。

音が食べそこねてしまった、たこ焼きを覚えていて、作ってくれる練。

なんてことない、だから特別なこと。二人の目に映る世界は鮮明で細やかなのだろうと感じるシーンだった。

さらに、空の色の話を音ちゃんよりも先に練くんがしていたことに、何度も見返していてようやく気がついた。練は第4話で、音ちゃんは第9話で、空の話をする。

 

わからないはずのことを、同じように思って、わかってくれる相手がいる。

どう考えたって、練には音で、音には練だった。

「いつもあなたのことを思ってます」なのに「それを、そのことを諦めなきゃいけないのは、苦しい」と練が話す。

「杉原さん、今日まで冷たくしてごめんなさい。明日からまた同じことします。」

きっと、言ってくれないよりも言ってくれてよかったと思ってしまう音だから、練からの言葉を黙って聞き入れてしまう。いやだ、なんで、と言ってもよかったのに。

恋が実った日に、失恋をした音。

とっさに伸ばした手で触れるけど、そこまでしかできない。練は、その手を掴み直さず、離すことしかできない。

他人にはあんなに優しくいられるのに、自分には全然優しくない二人がそこにいた。

 


終盤の晴田と小夏のシーンで、ビルのガラス窓に映る東京タワーが印象的だった。

実物が後ろに見えているんだと思っていて、ビルに映っているものだとは気がつかなかった。

ガラス窓に映る東京タワーの後で、本物の東京タワーが映る。明るすぎる東京に身を隠せない、不器用な晴田と小夏を象徴するシーンになっていた。

 

 

それぞれが自身の思いに嘘をついていて、心を閉じこめている。

それでも第4話を何度となく見たくなるのは、それぞれが居ると決めた場所で生きている姿に、自分の日常をみたり理想をみたりするからなのだと思う。


リアルタイムで見ていた当時、本編ラストに滑り込んだ朝陽から音への

「井吹です。急で申し訳ないんだけど…君に会いたいんだ」

と言う電話のシーンには、ドキッとした。

理由を作るとか、相手に伺いを立てるとか、そんなことをすっ飛ばして、「君に会いたいんだ」と率直に言える朝陽がすごいなあと、あっけにとられた。

シンプルな、それだけのことを伝えられる強さを見た気がした。