2022年の11月だった。
ドラマ「silent」の世界に、大切な場所としてこのカフェがあることは、二人の時間が進むなかで拠り所で、思い出の染み込む切なさの象徴でもあると感じていた。
脚本、プロデュース、主題歌、全体として漂う雰囲気。
映像の色合いとフォーカスの合わせ方で表現される奥行き。
衣装、美術、小道具、大道具どこを見ても、雪の降り積もる景色に見る青のイメージが一貫していて、服や部屋の小物に多い色は確実に青だった。
その中でハッとするほど感動したのが、実在するカフェ「ANEA CAFE 松見坂」(アネアカフェ マツミザカ)の内装だった。
ブルーに塗られた入り口のドア枠を見て、ドラマのために作った?と本当に思ったほど、世界観にぴったりな空間が映っていた。
ドアのガラス部分にあるロゴのバランスや、入り口からの動線、床のコンクリートの作り。
ソファーではなく木の深みに味があるベンチ席。
想からの目線で映る時も、紬の見ている景色として映る背景も、二人を俯瞰で映す後ろにある大きな窓も、どこを切り取っても魅力のあるカフェという印象を持った。
5話が放送されたあたり、居ても立っても居られなくなって、
カフェと、見たかったガラス作家さんの個展を目指して電車に乗った。
その頃、8LOOMにも浸っていて、「Melody」が配信されたタイミングで、ダウンロードした一曲だけをひたすらに繰り返しながら向かった。
最寄りの駅かなと降り立った池尻大橋駅は、住宅街などの細道を歩いて迷うと20分はかかって、
大きな道路を隔てて向こう側に渡るために大回りも必要だったので、次来る時はバスで近くまで来るのがいいかもしれないと学んだ。
当時はドラマの放送真っ只中。しかも私が出掛けたのは土曜日。何を思ったか休日。
並ぶ覚悟で、それでも開店前にいれば…と開店30分前に着くと、最後尾の見えない行列があった。
うっおぉ…となりながら、並ぶ。ペットボトルで水分を持ってきていてよかった。
想と紬の座った席は予約制で、そこに座ることはないのを理解した上でじっとひとり待ち、3時間後。
ついに順番がやってきた。
確かに待った。お店を待った時間として最高記録になった。都会のゆるやかな坂の洗礼で、無意識に踏ん張っていたことで、帰宅後に2、3日脛と足裏がジーンときたけれど、
なんとしても私は諦めない。このカフェに入りたいんだという折れない気持ちと、店員さんたちの休みない働きへのありがたさとで待つことができた。
現在は、平日ならわりとスムーズに入れるらしい。
並んで外から見ている間ずっと、キッチンに見えるスタッフさんは料理を作りプリンを盛りつけ、カフェラテなどがホットで注文されるとラテアートを丁寧に作りつづけていた。
フロアと案内の店員さんは息つく暇なく接客しながら、どうぞと店内に通してくれる時には明るく接してくださった。
本当に忙しい状況で、ベストなカフェ空間を届けようという意識を感じて、忙しくさせてもうしわけないです、ありがとうございますと思いながら店内へ入った。
入り口から、想がカフェに入ってきた瞬間を思い出しながら、二人の席を程良い距離で眺められる席につく。
ナポリタンと、ホットのカフェラテ。デザートにプリンを選んだ。
その頃は、プリンはまだドラマの手話にも出ていなくて、ドラマの最終回後に川口春奈さんがYouTubeライブで訪れて食べたことで、関連性が増えた嬉しさだった。
すぐに運ばれてきたナポリタン。トマトに加えてソースの風味を感じる美味しさ。
カフェラテには“silent”とラテアートで書かれていて、ひとつひとつラテを淹れた後に文字を手書きで加える丁寧さに感動した。
ぺろりと食べたナポリタンの後には、デザート。
程良い固めプリンの上に、見事な丸さで乗った岩塩とバニラビーンズ入りのアイス。
塩味のあるアイスとプリンを合わせる、初めての風味に、プリンの奥深さを感じた。
念願叶って席についたカフェ。
何度も店内を眺めながら、長居したい気持ちは山々だけど、同じように待つ人の席を空けたい気持ちと、この日もう一つ行きたかった個展の終了時間まで1時間を切っていたこともあって、
30分未満の驚きの早さでお会計へ。
このカフェが素敵だったこと、念願だったこと、接客への感謝をどうにかして伝えたくて、勇気を出してお会計の一瞬で「美味しかったです」と言葉にした。
レジのお姉さんだけでなく、ラテアートを作りつづけて一生懸命だったお兄さんがぱっと顔を上げて「ありがとうございます!」と返してくれたことがすごくうれしかった。
二人がいたカフェ、というだけでなく、カフェとして個性と魅力のある空間。
ブルーの塗装にドアの質感、ゴールドの“ANEA CAFE”の文字が縦書きでガラス部分にぽつんとある繊細さのセンスに惹かれた気持ちは、来てみても変わらなかった。
もう一つの目的、個展には足の限界ゆえタクシーに飛び乗ってなんとか間に合い、ガラスで美しく作られた蝶が羽を休めるガラス照明をじっくり見て周るひととき。
これだ、このキャンドルホルダーを部屋に飾りたいと確信した作品に申し込みをして、その後抽選で購入させていただくことができた。
選んだ蝶もブルーで、カフェのイメージもブルー。
11月でも残暑みたいに陽が照ったあの日の記憶は、私の中でブルーの涼しげな色に染まっている。