舞台を観ていても、ライブを観ていても、時折ステージにいる姿をそっと横目に、壁に映る大きくなった影を眺めることがある。
その影にはステージに立つ姿と別のバックグラウンドを映すように思えて、引きつけられる。
だから「ダディ・ロング・レッグズ」の始まり方や、随所に見える、壁に映る影を大切にした照明演出に胸を打たれた。
【本編を観た上での感想を書きます。】
作品に興味があるかなという方は、こちらの感想を。
すでに観ている方はこちらで大丈夫だと思います。
一番年上の孤児(みなしご)と繰り返す、その言葉の重みを思う。ジルーシャの目に光は無い。
“ジョングリアンホーム”で世話を焼いている歳下の子は、トミー・ディランという名前らしい。
くるりと回って座り込むと、ジルーシャだった上白石萌音さんがたちまち少年に演じ変わる。
ミセス・リペットを再現する一人芝居もすごい。
ミセス・リペットの声で「座りなさい」と、顔を下げているジルーシャに声が聞こえるから、本当に別の人が声を出しているのかと思った。
差し出された手紙についても、スタッフさんが協力しているのかと。
アーカイブのおかげで二度目の鑑賞をした時に、一番初めの手紙はダディ(名乗りはミスター・スミス)からだったんだ…と実感して、感慨深く思った。
“毎月の手紙で”と歌うジルーシャの『の〜』の伸ばしとビブラートがとても好きだった。
“人と成りを感じさせる手紙”という言葉が、きっとこの舞台の鍵になると思った。
“自分に興味を持ってくれる”と喜ぶジルーシャの真っ直ぐな喜びが胸を打つ。
18年間、目の前を通り過ぎて行かれるのを繰り返してきた…そのことを思うと。
手紙を書きながら、“じゃあこう呼ぶわ ミスター・リッチマン”と歌っている時の『ミスター・リッチマン』のメロディーと上白石萌音さんの歌声が好きだった。
「それとも、ほどほど?」の言い方がチャーミングなのも可愛い。
ジルーシャからの手紙に驚嘆するダディが、口元にグーにした手をあてながら嬉しそうな顔をするところにぐっとくる。
“上手い文章 味がある 退屈だとは思えない この手紙読むのは”
「頭脳、ウィットに富んだ、恐れを知らない 文章の切り返し」と、この手紙の魅力を饒舌に語る姿から、抑えきれない好奇心が伝わってくる。
“世界が誇るライター”と歌い上げるところに心掴まれずにはいられなくて、そんなふうに期待を寄せられているジルーシャへの憧れと、真っ直ぐに見る目を持ち信じられるダディへの尊敬、どちらともが自分の心の中にある。
ダディが最初に送った手紙でも、文筆家という言葉が出てくる。
双方の呼び名が使われているところも好きになった。
「18年間、20人と同じ部屋で暮らした後ですから、1人きりというのはほっとします。」
ジルーシャがそう語る。プライベートなどというものが無い生活から、静かに自分と向き合うことのできる生活へ。
「これでやっと、ジルーシャ・アボットと知り合う機会ができたわ。私、彼女のことを好きになりそう。」
この台詞がとても好きで。
自分と知り合う機会も無かった事実に、切なく思う。そして同時に、私の生活!自由に出来るわ!ではなく、「知り合う機会」と書き表す感性に魅力を感じた。
アーカイブで、ほんのり音調整をしてくれている?と感じる箇所があった。
マイクのボリューム、客席の笑い声の加減など。
ドレスをただトランクに入れるのではなくて、折り畳むように入れる動作には、ジルーシャの暮らしを感じる。
ウイスキーを瓶からグラスへ注ぐダディの所作には、大人としての嗜みを感じる。
このダディの所作は、喋り歌い続けて、舞台からはけられないので、水分補給の役割もあるのかなと何度目かの再生で思った。
上白石萌音さんは暗転中に、滞りないタイミングで給水している様子があった。
ジルーシャ・アボットの名前が出てくる度に心躍る不思議。
ジルーシャ(明るく幼く)・アボット(暗くふてくされたように)発音する時の、上白石萌音さんの名前の言い方が好きだ。
「いつか私も、手紙を受け取る日がくるかしら?」
その一言に込められた期待と切実さを思って、心がギュッとなる。
ミケランジェロを「ミカエル・エンジェル」と学校で言い間違えたジルーシャ。
「そんなふうによめません?!」の必死さがかわいい。
“知らなかった こんなにまで 想像力が働くとは。”
こちらはダディのソワソワが可愛くて、しかも感動する着眼点が“想像力が働く”だというところに、2人の共通の価値観を感じるシーンだった。
「2月に試験が」と手紙を読んで、微笑むダディには、
学生らしい苦悩に表情を緩める様子が、自身の学生生活を思い返しつつ、ジルーシャを手紙ごしに見守ることを大切なこととし始めている雰囲気をうっすら感じた。
手紙の文体や、書き出しに締め括り。
一通一通に魅力が溢れている。
「どこにいらっしゃるにしても」という手紙の締め括りの言葉の美しさを、気に入ってしまった。
「人生が完全に1色に塗りつぶされているという点ではね」
ダディの声で聞きながら、ジルーシャの深刻な心の内から立ちこめる暗雲を感じる。
そして、「ダディ・ロング・レッグズ」のなかで特に記憶に刻まれた言葉。
「わかるかしらダディ いかなる人間にとっても重要な資質って、想像力だと私は思うの。
それは、相手の立場に立って考える助けになります。親切で、同情心や理解のある人間にしてくれるのよ。」
想像力。本質ではなく、資質。
なんだわと言い切らずに「私は思うの」と伝えるところに聡明さを感じる。
ポイントだと思ったのは、「考える助けになります。」と表すところ。考えられるようになるということではなくて、手助けのようなものになってくれるのが想像力。
ジルーシャが大切にしようとしている価値観に、何度も頷きたくなった。
ダディは“探し出そう隠された意味”と、ジルーシャからの手紙に好奇心を駆り立てられる。
どんな名著も飽きるほど読んできた彼が、この手紙を夢中で読んでいる。
誰よりの読者ではないかと、観ている私たちは感動するのに、それをジルーシャに届けていないことに歯痒くなった。
だから、“ひどく傷ついてた 無視されてると”と歌うジルーシャの気持ちに感情移入して、その万年筆で一言、便箋にWonderfulと書くだけでいい。あとはポストに出して!と思わずにいられない。
“もう返事はいらないわ”と言わせてしまったことの重さ。
ジルーシャの心の中に、ニ人分もの居場所を取るなんて。ダディとジャーヴィスとして。贅沢な人。
学校の風景を伝える手紙に「芝生は黄色の水玉模様で彩られ」と書く。
タンポポの描写として素晴らしいと思った。
ついに学校へ表れた彼については、「足が長〜〜〜いのよダディー…」の言い方とジルーシャのチャーミングな表情がすごく好きだった。
ペンドルトン家の人、であることの苦しみが彼にはきっとある。
正直なところ、初めて観た段階では登場人物と相関図が把握できていなくて、ダディは全く関係のない人物に成りすましたのかと思っていた。
2回目で、ああ!本当にあの子と親戚だからあんなに驚いていたのね!と分かった。
“見つめる茶色い瞳”
“あなたの目の色を”
ジャーヴィスとジルーシャが、テラスで向かい合う様子が可愛くて。
知りたいと思い続けた瞳が目の前にあることを、気づいてほしいと思いながら観ていた。
“大人になった、今はもう”と歌う時の『今は』のビブラート、節回しが素敵だった。
物語序盤で出てきた、“毎月の手紙の”にあった『の』と近い感じもある。
上白石萌音さんの澄んだ声色も魅力でありつつ、音のゆらぎ、低音でどしっと重心を下に置く声を聴くことのできる時間が嬉しかった。
ジョングリアンホームに夏休みの間は戻れと言われたジルーシャに、ロックウィロー農場へ行くよう手筈を整えて、招待状を送ったダディ。
「親愛なる 優しいダディ・ロング・レッグズ。あなたってなんて…良いやつ!」
「良いやつ!?」
砕けた表現に振り切る無邪気さと、面食らうダディがおもしろい。
ニ人が両側の窓を大きく開けて、舞台上の景色がふわっと変わる瞬間がすごく良い。
「人生でこれまでないってほど食べているわ」と書いた手紙に、よかった…と親のような気持ちになる。
ジルーシャお気に入りの本、「ジェーン・エア」を読んでみたいと思う。
上下巻で出ている本のようなので、時間をかけて読みたい。
書籍化で言えば、今回初めて知った『あしながおじさん』のお話を、もちろん様々出ている翻訳で楽しむこともしたいけれど、「ダディ・ロング・レッグズ」として今井麻緒子さん訳の文庫本を手元にいつでも読める場所に置いていたい。
「わかるでしょ?ダディ。人が性格を問われるのは…」
で始まる、もうひとつの忘れたくない言葉。
まず「わかるでしょ?ダディ。」の問いかけが、なんとも言えず親しみも懇願も含まれている気がして、ぐっと引き込まれる。
気づいていたような、気づかされたような、そんな感覚。
「人生最大の困難に立ち向かった時ではない」
「でも、日々のちょっとした障害を笑い過ごすために必要なのは」
実際にそう言える面があると噛みしめた。
どかんとくる困難には、身構えて足の裏に力を入れて立つことが出来るけど、日々のちょっとした障害ほどジクジクと傷んでいく。
だから、そのための心得を見つけていこうとするジルーシャに胸を打たれた。
そして、『幸せの秘密』
“来ない未来恐れない”
“急がない”
二つが私にとっては鍵だと思った。
予測して、考えて、来る前から未来を恐れている。急ぎがちで、手に負いきれない量のボールを全て完璧に回そうとする。それは無理があるのに。
ジャーヴィー坊っちゃまとも呼ばれてきた、ジャーヴィス。
11才でお母様を亡くされた。お母様の名前は、センプル夫人。
「私が不思議がるのを止めることは出来ないわよ」といたずらっぽく笑う、上白石萌音さんの表現するジルーシャに魅了された。
“でも いつの日にか知りたい あなたの目の色を…”
相手を知ることと通じる、目の色というキーワード。
ダディが手紙を書きながら言葉にした、「書くのを止めた。止めるべきではないのに止めた。」
このニ重にした言い回しが、英文的で好きだと思った。
歌声のハーモニーと高揚感が頂点に来る時、
破く手紙と、ブォンッと楽器の音がぴったり合った瞬間に鳥肌が立った。
もしも破れる角度が違って、早くに斜めに破れたら、歌が早く終わってしまう。井上芳雄さんが培ってきた見事な魅せ方だと感じていた。
第一幕についてはここまで。
第二幕の好きな点については次へ続きます。