照らされた月と、影になる月 - 上白石萌音さん「夜明けをくちずさめたら」

 

夜になると空に明かりが灯る。ゆえに儚くて、吹けば消えてしまいそうな思いに寄り添ってくれる。

朝、夕、夜にニュースの音が聞こえては気持ちに霧が掛かり、情報の海に開くのもつらくなる画面の中、スクロールしているうちに漂ってたどり着いたのは、上白石萌音さんの歌声だった。

 

歌声との相性が抜群な、穏やかなメロディー。

誰かの曲をカバーしているのだろうかと思って、耳で覚えた歌詞の端切れを頼りに検索してみると、上白石萌音さん自身の曲だとわかった。

作詞作曲をしたのは、水野良樹さん。

上白石萌音さんの持つ雰囲気に、とてもぴったりな曲だったから、カバーだと音源は無いかもしれないと先回りして残念に思っていた気持ちが、嬉しさで一気に湧き立った。

リリースされたのは5月11日。つい先日、配信されたばかりだった。

 

MVもあるのだけど、インスタグラムのライブ配信でその場で歌った声と表情が本当に、本当に素敵で、ご自身の部屋で音を流してアカペラのようにして歌っていることでひたすらに真っ直ぐ声が聴こえた。

上白石萌音さんが歌う曲のお気に入りは、長いこと「カセットテープ」だったけど、そこへ並ぶ勢いの彼女の魅力が溢れる曲。

こういう世界観で歌う上白石萌音さんを見てみたかった…が具現化されたような。可憐だけど、月の似合う女性の空気感にハッとする。

 

誰もがひとりぼっち

やりきれないほど

かなしみがあって

 

歌詞として『、』は振られていないけど、この歌の間合い『、』の置きどころに惹かれる。

段落ごとに間があって、夜に電話でぽつりぽつりと話すような空気。“って”と語尾が終わることで、投げかけるでも押しつけるでもなく、コトンとここに置く感じがする。

 

ぼくも月をみてる

きみとおなじ月を

 

詞が私じゃなく“ぼく”なこと。上白石萌音さんが歌うと、飾らなくても上品になる魅力を理解して、あえて視点を“ぼく”にしてるのではと感じられて、そのバランスがよかった。

月の寂しさが表現された歌だと思う。

どこか哀しくて、それでも温かい。

私は、月や星、海や手紙というテーマが詞にある歌に惹かれる傾向にある自覚はあって、なかでもこの歌は琴線に触れた。

 

“寂しさこそぼくらのきずなさ”と歌うところと、“それはもうきれいごとだと”と歌うところ。

歌の空気をまとった上白石萌音さんの表情がふっと影になるような、虚しさを胸に秘めたニュアンスが素敵だった。

メロディーには歌謡曲のような美しさもあって、凪の穏やかさの中でふとドキッとさせられる淑やかさがある。

 

“分かち合うことをあきらめたりしない”という詞からは、しないでと語りかけるのではなく、“しない”と自分の意思で決められることの逞しさを感じて、それは“心のなか奪われはしない”という詞からも同じように。

“自分で責めたりしないで お願い”の「お願い」を、上白石萌音さんが切実さをこめて歌った時、ずしんと響くものを実感した。

歌詞の言葉を読み込んで考えて、自分の声で歌っているのが伝わるから、切々としたその声に胸が締めつけられる。

 

 

「夜明けをくちずさめたら」を聴いて心揺さぶられた理由は多分もうひとつあって、片割れを見つけたような気がしたからだと思う。

どんなことに傷ついて、どんなものを大切にしていて、どんなひとの隣に居たいのか。もし問われるとしたら、この歌に漂う余白を感じとることのできるひとがいい。

ぼくは月をみてる

この言葉に込められた、語られていない思いのことを考える。

望みを述べるのでもなく、ただここにいて、見上げる月。静かだけど芯は揺るがず、思いのこもった言葉に、何よりの輝きを感じる。

 

 

上白石萌音さんのデビュー作になった、映画「舞妓はレディ」を映画館で観た時。歌声に聴き入って息を飲んだ。

映画「ちはやふる」で、日本文化と古典をこよなく愛する大江奏ちゃんを演じた時には、彼女の持つ和やかな雰囲気がぴたりと当てはまっていた。

美女と野獣インコンサート」でベルとしてステージに立つ姿は、聡明な空気を持ちながら可愛くいきいきとしていて、目が離せなかった。

「夜明けをくちずさめたら」を歌う彼女の姿は、時を重ねていく魅力を感じる表現力だった。

歌声がパーフェクトに綺麗だから、そこからもう一歩聴き手に関心を向けてもらうことがハードルになることもあるのではと思っていたけれど、今の上白石萌音さんはさらに新しい表現を吸収して、いろんな場面でその引き出しを発揮していく予感がしている。

いろんな世界観の作品に出演する姿を観たい。いつかジャズにのせて歌う声も聴いてみたい。

 

光に照らされた月の温かい色も、照らされていない寒く暗いもう一つの月の面も見える気がした「夜明けをくちずさめたら」

部屋にひとり。ゆったりとした上白石萌音さんの空気感でメロディーに身を委ねて、次第に歌声にのる気持ちが高まり。抑えず溢れた声色に、人の心の機微を感じた時間だった。