「ダディ・ロング・レッグズ」へ送る長ーい手紙。【第二幕】

 

大学2年生になった得意げなジルーシャからの手紙を、なるほど?と言いたげに微笑みながら読むダディに、この日課がいかに楽しいものなのかを感じる。

プリンストン大学、3年生のお兄さまジミーとはどんな人だろう。

手紙を読んでいるダディのように、想像を膨らませた。

 

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チョコレートの箱。それも100個入りの。

リボンまで付けてもらって持ってきているのに、テーブルにドスンと置くあまのじゃくさが可愛い。

チョコレートでも買っていかなくてはと思ったのだろうか。ショーケースに並ぶボンボンショコラに、もうこれ全部で!と大盤振る舞いをしたのだろうか。

 

ニューヨークへ招待する場面には心が躍る。

二人舞台で、セット展開が大きくなくとも、呆気に取られるほど未知の景色ばかりの、きらびやかなマンハッタンが見える。

“見せたいマイ・マンハッタン”の歌詞に、見せたいものがあると思い始めたらもう…と先走って考えずにはいられない。

そして井上芳雄さんの、“光照らしだす 君の夢を”『め』の伸びやかな声!!最っ高…

マンハッタンの摩天楼に沈む夕陽が見える。

杖で指し示すダディに、ジルーシャは目を細める。繊細なお芝居に心惹かれる。

「あの2日間から立ち直るのに数ヶ月はかかりそうです」と言ったジルーシャに、その感覚わかるな…いっぱいの情報を吸収して、落ち着くまでに時間を要するのはわかるよ…と思った。

第2幕の幕開けにぴったりの曲調と演出。一気に引き込まれていく。

 

そんなふうに仲良くいられた2人だったのに、暗雲立ち込めてからの「敬具ほか ジル…ミス・アボット

閉じてしまう扉みたいな手紙の締め括り。この言い直しには大きな意味がありそうだと思った。

 

2ヶ月ぶりの手紙で、“理由があるのよね 意地悪じゃないわね”と問いかける瞳が、信頼していたい落胆したくないという切実さで伝わってくる。

「わからない人ね」の一言に込められた、腹立たしさ、困惑、親しみ、マーブル模様に入り混じる感情を感じた。

“いつかこの目で見たい”と歌うジルーシャには、リトル・マーメイドのアリエルのような渇望と希望を思った。

最後の“わーからない人ねー”の気迫。

曲調的に、歌として歌い上げてしまうことも出来るかもしれない自然な音程と詞を、バランスを取りながらミュージカルの台詞として語るように歌うことから外れない、上白石萌音さんの努力を感じた。

 

デスクから引き出して、また手紙を書こうとするダディ。

下段ではジルーシャがうつ伏せに寝転がりながら小説を書いている。その構図が美しくて。

台詞を言いながら、歌いながら、手紙を書く動きをしながら同時に行うのはどんなに大変だろう。

少しでも集中の配分を違えたら、頭が真っ白になりそう。

 

ダディが思い悩むようになった場面で歌う。

“溺れもがいてる”のメロディーの切実さに、こちらが泣きそうになる。

“ついた嘘の湖で。救いは君の笑顔…”の、“ついた嘘の湖で”という描写がとても好きだと思った。

海でも川でもなく、循環の薄そうな抜け出せない空気が表れている。

“あ じゃあ!友達のままでいよう”このトーンが…気丈に振る舞う少年のようで…

そしてまた…手紙をくしゃくしゃに…

私がこの家のばあやだったなら、またお送りにならなかったのですか…!お送りになってください…!と激励してしまう。

 

「気にしないだろう?」の努めて明るい様子も健気だった。

釣りもクレー射撃も、全部全部ジルーシャがしたかったこと。ジミーと出来なかった、ダディが取り上げてしまったことだと、2回目に見て気づいて、ギュンときている。

 

ペンドルトン家について報告を手紙に綴るジルーシャが、

「本物の会話を一言も耳にしなかったのよ」

と心から憂いている言葉が心に残っている。

“気取った意味のない会話”と言うほど、その空虚に哀しみを感じたことがわかる。

“みなぎる虚栄 苦しい 呼吸ができない”での歌声、“苦しい”の伸ばしの美しさにも引き込まれた。

 

その思いが募り募って、

“哀れなジルーシャ 社交界のみなしごよ”

と言葉になった時、だからジャーヴィスからの申し出を苦しみながら断ったのか…と切ないながらも理解した。

 

「ジルーシャ・アボットをご想像ください」とダディが読む手紙に合わせて、やれやれの表情をするジルーシャ。

上白石萌音さんから溢れてくるジルーシャへの解釈がとてもチャーミングで、たくましく、魅力的だった。

 

【ジルーシャ・アボット

その名前は、彼女が孤児院に来てから付けられた名前。

それであっても、ダディにとってジルーシャという名前は間違いなく特別になって、彼女自身、何度も名乗り手紙に記すたび、“私”を知っていったのだと思う。

それはすごいこと。彼女が何度もダディと呼び続け、本当を知りたがってこだわった理由もそこにあるのかなと感じた。

 

「同志愛を込めて。ジルーシャ」と書いた時、

ピアノと息の合った、シャシャシャッとペン先を走らせる音に感動した。

綺麗に鳴らせていてすごい。

 

 

パリかぶれのダディ(ジャーヴィス)の「ジルーシャー マッシェーリー ンーマッ」に、笑ってしまう。

最高にチャーミング。アクセントも流石。

 

「9月1日、ごーめんなさい ダディ 間に合いませんでした!」

で立て続く、手紙のラリーが爽快だった。

手紙を取り出すタイミング、読み合い、ひとつひとつが繊細。

“恥ずかしい どうして”で、万年筆のキャップを閉じる音さえ聞こえることにも、なんて細やかな舞台なのだろうと思った。

 

ジルーシャが一時抱えていたものを、ダディも抱えることになって、“そして なりゆく わからない人に”と歌うことになる切なさ。

 

小道具の使い方、上白石萌音さんの動きでの見せ方の意味でも、編集社から突き返された小説の場面は印象的だった。

この場面で、グリーンの紙を出すタイミングがすごい。

“完璧にやな日(シュパッ)突き返された”の流れ。

自分の手で原稿を投げ入れた。観ていて、その苦しみがわかる…と心がぐうっとなった。手紙を返され自分の手で捨てた私にはわかる。

小道具の取り出し方という点では、卒業証書の受け取り方もマジックのようだった。

井上芳雄さんのダディとしての所作では、ハットを取ってお辞儀をする動きのしなやかさ。手紙を開ける時にペーパーナイフを走らせる、手元が好きだった。

 

手紙の書き出しが変わる場面がまたやってくる。

「ダディ Dear.」この順番の変化は、遊び心と砕けた空気感での親しみの表れ?と思った。

“哀れなジルーシャ”

繰り返されるこの言葉は、ジルーシャが本当にそう思っているというより、繰り返し言われてきた言葉が耳にこだましているのかなと感じた。

映画「スチュワート・リトル」を思い出す。2人がもし一緒にいたら、良い友達になっていただろうなと思う。

あとは、アニメ「明日のナージャ」のナージャとも、場合によっては仲良くなれたかも。でも似たもの同士は上手くいかないこともあるから、歳の差がどれくらいかによるだろうか。

ジルーシャは、何人もの子を見送り、世話役になっていた。

もしかすると、孤児院にいいように使われていたのかもしれない。その様子を知っていたダディが、ジルーシャの作文から聡明な面を垣間見たことをきっかけに支援を決めた情景を、表情を思い浮かべてみる。

 

ダディの部屋で、引き出しに仕舞われるジルーシャについての書類。形式的で悲しい。

そこで歌われる『チャリティー

「十分に足りるなんてことはあるのか?」

その問い掛けに、観ながら考え込んでしまう。

“チャリティー。 なんて簡単 与えることのほうが ずっと 受け取るより”

親切を示すことの方が簡単にできて、いざ自分が受ける時に上手くできない感覚を知っている。だからこの歌詞がとても胸に刺さった。

そしてジルーシャは、その難しい受け取ることを続けてきた。

シンプルに真っ直ぐに受け取って、感謝を伝えることは封じられているけれど、手紙を通してありったけの喜びを伝え続けた。

“誰が誰を 助けている”

泣き叫ぶより悲痛だと感じた。

施す側に居続けたダディが、自分の立場に初めて苦しんでいる。対等ではなく、むしろ助けられていたと気づいて、これまでの行動を振り返る。

 

ジャーヴィー坊っちゃまの様子を伝えた手紙。

“でも何かが欠けていて…それが何なのかは分かりません”で、目線を横へと手紙からそらすダディの仕草に人間味が溢れていて好きだった。

手紙を(声に出して)読んでいる時だけではない、静かに手紙を見つめている時のそれぞれの表情。

一つ一つがとても繊細で、舞台上に二人とはいえ、どちらを見つめるか迷って、目が追いつかない。

 

ボストンへという場面で、「彼女が…定住している間に。」の含むユーモアを好きになった。

英語で言う時の遊び心が、翻訳で引き継がれて日本語でも表れているところが素敵だと思った。

 

“信じてた才能。驚くなぜか”

ダディとジルーシャの関係性のなかで、ダディがジルーシャの文才を心の底から信じていて、胸躍らせているところがいい。

それでも“驚く”瞬間にぐっとくる。

“マイマンハッタン”で鳴る弦楽器の音が好きだ。

 

ジルーシャが放つ「あなたが?」の声の低さがすごくいい。

「彼は絶対にそんなことしないわ」と言うのも、手紙をそんなふうに扱わないと言い切ることのできる信頼が、ジルーシャからダディへとあったと感じられる。

「ペンを持つのにどれだけ強くなる必要があるの」

大好きな台詞。

ジルーシャにペンを握る勇気を鍛えさせたのはダディなのだから。厳しく批評を受けても、筆を折らない彼女に育てたのは、彼だから。

“そう、何度も言いかけたが”「いつ!?」怒っているジルーシャの可愛さと、完璧な間合い。

“おぉっ…”と怖気づいているダディの様子がまたチャーミング。

下から煽りのカメラアングルで映った時に、本棚に貼られた手紙と相まって、ハート型に縁取られていると思った瞬間ときめいた。

そこに2人が綺麗に収まる。本棚に貼り続けてきた手紙と被ることなく。

 

「すべて君のせいだっ」からの矢継ぎ早な弁明は、暗唱したいほど好きな場面。

「……続けて」

「うおう…」

2人の今の関係性がよく見える。

本人も自覚が無さそうなスピードで口をついて出る真っ直ぐな甘い言葉に、椅子に座りながら愛おしさで笑みが溢れるジルーシャ。

配信のカメラワークで、ジルーシャがダディを目で追う表情がアップになっているところが素晴らしかった。

彼女はきっと、彼のこういう可愛いところを沢山知っている。

 

“目の前にヒントはあった”メロディーがとても好きで…配信から約1ヶ月は経った今でも、耳に心地よく残っている。

目の前で丸まる背中がどんなに愛おしく思えただろう。愛おしさ溢れるジルーシャからの眼差し。ジャーヴィスは気づいていない。

“なぜ何も見えなかったの”『なぜ何も』でぐっと深めるトーンと声の厚みが本当に美しい。小切手に触れる指先も。

“すうっ”とする呼吸さえ、心の機微を表している。

そこまでは叱られている気分だったジャーヴィス坊っちゃまが、“失っていたのよ 大事な あなたを”でハッとする。

大事なわたしではなく、あなたと言ったから。

“この愛だけは”でようやく…ようやくお互いが向き合うところに、舞台を見つけてきた観客として念願が叶った気持ちになる。

 

手紙が次々と届くように、日々もあっという間のことのように感じさせるけど、大学に入り、4年生になり、卒業…というその年月。

ずっとまともな返事も無く、会っているのに言うべきことが言えず、なんて切実で大切な日々を積み重ねていたのかと思う。

だからこそ、“失っていたのよ 大事な あなたを”の言葉に語気が強まる。

怒るくらい大切で、失いたくないものだったから。

 

ダディの書斎にある本棚にあんなに並ぶ名作の物語。

一家の中にいた頃、どんな居心地の悪さを感じていたか。ジルーシャが自然と自分の本棚にある本に触れて感化されていくのはどんな気持ちだったのだろう。

本棚が平面ではなく本をしまえるしっかりとしたセットなので、手紙をピンで刺す位置も、ちゃんと本棚の木枠に合わせて留めていく細やかさに感動した。

マンハッタンやロックウィローにいる時には、その本棚の向こうが窓のように景色を映しているのも素敵だった。

 

ジルーシャからの手紙と心境で、物語の多くが進むなか、『〜だわ』『なの』という語尾の語りもハモりも馴染んでゆける、井上芳雄さんの表現の広さと細やかさを感じていた。

 

終盤にダディがとった姿勢に、しきたりを重んじる彼の生い立ちを感じた。

男たるもの、という力みも。

だからこそ、すっと両膝をつく彼女の躊躇いのないその行動に胸を打たれる。そして彼も驚きながら両膝をつく。

“心から 愛を込めて ジルーシャよりジャーヴィスへ”

“これで 許してあげる”

ジルーシャの行動のためらいのなさ。

所作の美しさ。前にそっと組んだ手に、気品が宿っている。

“ジルーシャより”の『より』で音程が上がるところ、“ジャーヴィスへ”の『ヴィス』での息の抜け方、『へ』の置き方の優しさ。

“許して”で、頷きながらぐっと声を強めつつ、それでも愛に満ちている声色。

丁寧に紡がれる音の一つ一つが、上白石萌音さんからジルーシャへ送るラブレターのようでもあった。

 

今も全く薄れない感動。

「ダディ・ロング・レッグズ」への愛おしさ。

画面越しに観てこうなら、劇場で観られるその時、どれだけのことを吸収するのだろう。

幕が開く、次なる知らせの日を心待ちにして、それまではダディの背中に歌いかけたジルーシャの眼差しと歌声を頭の中に蘇らせて、日々を暮らしていこうと思う。