すうっ…と息を吸う音もメロディー。
シルクのように柔らかく風を通して、その声は時に凛とした芯を見せる。
一生のうち、いつか聴くことが叶ったらと思っていた、手嶌葵さんの歌声。
手嶌葵 15th Anniversary Concert ~ Simple is best ~
説明書きにあった、「The Rose」 「明日への手紙」 「ただいま」他の文字に、行こうと思いは決まった。
手嶌葵さん 15th Anniversary のコンサートに行くことができて、それが今だったのは、必然であったような気さえしている。
ステージには、ドレープ状につれ下がる柔らかいホワイトの布が背景に、少し前の位置で両側に抽象的な模様のある壁が置かれている。
右側には、2本のアコースティックギター。
左側には、グランドピアノとエレクトーン。
劇場へと入ってぱっと目に飛び込んできたのは、茶色でキルティングのふかふかそうな1人掛けのソファー。そして横に並ぶ、傘の大きなシェードランプ。そっとそこにあるけど、時代を語るように重みのある黄色の灯り。
譜面台がそれぞれの前に置いてある。
JAZZの雰囲気に温かさもあって、パリのおばあちゃんの家のみたいな可愛らしさもある。
ステージ横から、すっと歩いてやって来た手嶌葵さん。
黒とグレーの間の色をしたチュールの生地に、細かく施された白のレースがキラキラと時折光を返していて、足首までの長いワンピースを見に纏う手嶌葵さんの美しさに、こちらの心がしゃんとした。
一曲目「The Rose」
朝の日差しのように今日の新しい光で包まれる。
息ひとつ。消えゆく声も大切なメロディー。
二曲目「Can't Help Falling In Love」
“今年も海に行かんかったな”と、エルヴィスプレスリーの歌声からハワイの海を思い浮かべることを話してくれた。
この歌、好きで…歌い始めでこれ聴けるんだ…!と胸が高鳴った。知ったきっかけはディズニーのステッチで、夏の思い出と淡い恋の記憶がここにある。
恋に落ちてしまう自分を表現する歌詞に、“Can't Help”と言葉を選ぶ可愛さにぐっとくる。
息ひとつも取りこぼさない緻密なマイク。
コードが付いていて、それを丁寧に持ち上げ整える所作も印象的だった。
動き一つ一つ、飲み物を飲んで、手についた水滴を置いてあるタオルでぎゅっと握って拭いてから、マイクを触る。
急いでしまわないように、気持ちを整えるように、手を添えて“ふぅ”と息を置いていた。静かにさりげなく、しかしその厳かさはある意味で野球選手のルーティンのようにも思えた。
「テルーの唄」「朝ごはんの歌」
ジブリアニメーションから、歌が続くほど手嶌葵さんの声がジブリに馴染んでいることを感じた。
「テルーの唄」でデビューをしたのは、18歳のことで、今でも歌うたびその気持ちが蘇るとお話しされていた。
「朝ごはんの歌」をしっかりと聴けて、ワクワクした。
第一部の最後は「ただいま」
きた…と喉がきゅっと狭くなる。
唯一歌った歌番組を何度も再生しては、蓋をした箱がひらいて胸に込み上げた。
直接に聴いてしまったら、どうなるだろうと不安になるくらいに、コンサート前に頭の中で再生するだけで、あっだめだと思っていた。
落ち着いて歌えるよう、自分をなだめるように胸元をトントンとする手嶌葵さんの仕草。
愛していると素直になれば
思いはすべて伝うでしょうか
頬をしずかに流れる星に
祈る願いは叶うでしょうか
“思いはすべて伝うでしょうか”という言葉に、これ以上ない切実さを思う。
余韻を浸透させながら、第二部
「Voyage a Paris」「ちょっとしたもの」
どちらもチャーミングなパリの雰囲気に、心躍る表情の手嶌葵さんが素敵だった。
ワンピースをお着替えされていて、花柄に見える優しげなロングワンピースはパリの風に似合う。
第一部ではハーフアップで前に流していた髪も、第二部では後ろに一つの三つ編み結びにしていた。
初めてパリに行ったのはジャケット写真を撮るためだったそうで、ああ好き…!と思ったとお話しされていて、それからもお仕事に旅行にと尋ねたそう。
“前世はパリの人だったんやないかいね?と…思いたくなるくらいなんですけど…”と照れ笑いをされていて、その語りかたも本当に穏やかで。
ああここだ、と思える場所にたどり着けた喜びは、私にも理解することができて嬉しかった。
「I Wanna Be Loved By You」
マリリンモンローの映画「お熱いのがお好き」からの一曲。
手嶌葵さんの歌声で聴く、ププッピドゥやポゥの可愛らしさがたまらなく、ふわっと溶けるメレンゲのよう。
ディズニー作品の中から歌を聴けたのも嬉しかった。
「Crueralla De Vill」
手嶌葵さんがとても好きだと言う“クルエラ”「101匹わんちゃん」のヴィランズで…とにこにこ話す様子がキュートで、ギャップも感じた。
爪を表すみたいにキッとピースの指を曲げて、ガオーっとしているのが楽しそう。
歌いかたも、まるで真っ赤なリップにツンとした微笑みを見せるクルエラの雰囲気で、ふふんと艶のある強気さが乗った声色が魅力的だった。
「月明かりのトロイメライ」
“岡崎体育さんからの楽曲の提供で…”と聞いた時の驚き。
ここで岡崎体育さんのお名前と遭遇するとは。一気に関ジャニ∞と関ジャムへのルートが頭の中で一致した。
“岡崎体育さんは楽しい曲を作られる方だなぁと思っていたら、素敵なバラードを受け取って驚いた”とお話しされていた。
一曲もしくは二曲を紹介して、お話しつつ進んでいくコンサート。
1ページごとめくられていく譜面が、名残惜しくも心地良かった。
最後の一音まで耳にしたいという思いが劇場全体にあって、ほんとのほんとに最後の音が鳴り止んでから。
手嶌葵さんがちょこんとしゃがむように、おじぎをしてようやく鳴り響く拍手がなんとも優しくて、その時の笑顔も素敵だった。
“最後の曲になります”と言って、
伝えられた曲名は「明日への手紙」
すべてを吸収して、そして手放さずにいたいと思いながら。大切な時間を過ごした。
手嶌葵さんの歌う「明日への手紙」を、いま自分がここ、この席に座って聴いている。
ドラマの中でも日常の中でも、幾度となく聴いたあの声が、ここで聞こえる。
ピアノの旋律が鳴った時、ぶわっとその空気に包まれた。音ちゃんのこと、練くんのこと。朝陽くん、小夏、晴太。オレンジ色のキルティングコート。猪苗代湖。
みんなの生きている姿も表情もいっぺんに蘇って、ちゃんと手嶌葵さんを見つめたいのに視界が霞んだ。
こんなにも、この音に。ピアノの音ひとつずつに物語を込めて記憶していたんだと気がついた。
そこに重なっていくギターの音色。ギターとピアノ、手嶌葵さんの歌声で完成されていた。
いつか必ず直接に聴くと思いながら、それをいつとは決めていなかったけど、今になるとは思わなかった。
どんな時もそばにあった作品「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」
ここまでやってこられた自分にとっての記念にできるんだと思いながら、開催を願って握っていたコンサートのチケット。
チケットを取ってから、それまでの間に予想しなかった七転八倒があって、記念どころではないと感じるほど打ちのめされていた。
これまでの歩みを台無しにされたような、その選択は私にも責任があったのかと自分を責めたくなるような事だった。
それでも、折れてしまいそうな今聴くことに意味はやっぱりある気がして、私はその席に座っていた。
どこで歌うだろう。受け止めきれるだろうか。
そして、最後に歌われた。
元気でいますか。
大事な人はできましたか。
いつか夢は叶いますか。
この道の先で
明日を描こうともがきながら
今夢の中へ
あの頃はまだ、もがいている自覚はなかったけど、今私は眠りにつくたび願って、もがいている。
私の居る場所、ずっとほしかった生活。
どうかそれを守らせてほしいと、懸命に生きている。
前には進んでいるはずで、だけど振り出しになったのかもしれないと落胆した気持ちに、浸透していく手嶌葵さんの声が、そっと自分の元に語りかけられているようで。
私はまだ、ここで手放すことはできないと思った。今度も、つっかえ棒になった。
拍手のなかコンサートが終わり、にこにこでステージ袖で振り返ってぺこりとおじぎをする手嶌葵さん。
止まない拍手でもう一度登場した三人は、和やかに談笑しながらの雰囲気そのままで、“いつも舞台袖にいくとおしゃべりをして笑っているんですけど、そのままな感じで出てきてしまいました…”と照れ笑いをしていた。
アンコールは「散りてなお」
映画「みをつくし料理帖」の主題歌でもある。紹介の時に、“大好きな時代劇の…”と話されていて、時代劇がお好きなんだな…と知った。
そして「Edelweiss」
英語詞で、ポッと花ひらくような様子を手で表していたり、楽しげに肩を左右に揺らしてリズムに身を委ねる動きが歌声と一緒に届いて、楽しいなぁと身に染みた。
開演前に、だって聴きたくなるから…と購入した15th Anniversary のアルバム。
ポストカードに書かれたサイン。私はこれを手帳に入れて、来年1年も歩いていこうと思う。
テレビで、歌番組で、聴いたままであることの感動と、マイクにのった歌声が、息もなにもすべて含めて耳に届く感動。
そこに手嶌葵さんがいらっしゃることは確かだけど、幻のようでもあった。
可憐でありつつ、芯が伝わる声。時折、ドキッとさせる魅惑の遊び心も。
大切な記憶が、私の胸にひとつ。ぽっと灯った。