私にとって同志だった、超小型犬とは思えないガタイの良さで、トライカラーのまろ眉なチワワ。
いたずらをすると、バレる前から顔に出てしまう彼のことを、以前に書き留めたことがある。
同じ頃に、ボーダーコリーとヒマラヤンも家にいた。
犬2匹、猫1匹のいる生活は、3種3様に暴れるので、大変さに頭抱えることも沢山あったけど、想像していたよりずっと人間味に溢れる関係性を築きながら過ごす生活だった。
ボーダーコリーが1番乗りに仲間入りをした。
私はずっとずっと犬を飼いたいと言い続けて、わんわんパークのような場所で有料お散歩に通い、ペットショップに行けば今日こそは連れて帰ると2時間は粘って見つめ続けた。
「ボーダーコリーを飼うよ」と言われたのは突然のこと。
私はダックスフントが長い間好きだったけれど、飼うと決めた親はボーダーコリーが好きだった。
ブリーダーのサイトで親が見つけたその子は、すでに成犬で、しつけ済みとされているけど飼い主が決まらずにずっとそこに居るようだった。
パタンと畳まれている耳がぴょこぴょこ揺れる、白黒ボーダーコリーの彼女は、
物凄く頭脳派で、親への愛一筋で、私のことは同居人もしくはなんか居る妹みたいなやつ、だと思っていたに違いない。
親に近づくだけで間に割って入ってきて、親とハイタッチなんてしようものなら「キャン!」と吠える彼女に、姉妹喧嘩のようなバチバチを繰り広げたりした。
でも息が合ってくると面白いもので、散歩の時は阿吽の呼吸でどちらに行こうとしているか、何をしようとしているのかが分かった。
家に来てすぐの頃に私が試しに教えた芸は、わずか数分で覚えた。
「顎」と言うと、手のひらに顎を乗せる。
「スポッ」と両手で輪を作りながら言うと、口先をスポッとはめる。
「つけ」には、左足側にピタッと体を寄せて応える。
難点なのは、自転車とスケボーが大好きで、目にした途端にギュン!と引っ張ってしまうこと。
散歩で腕力が鍛えられた。
留守番をさせれば、その賢さを用意周到に使って、ドッグフードのありかを突き止めて好き放題。
天井の無いケージでは飛び越えて、蓋のあるごついゴミ箱だってひっくり返す。
おてんば娘もいいとこだった。
走るのが本当に早くて、遠い距離での「待て」から「おいで」は、距離が遠ければ遠いほど弾丸のように猛スピードで真っ直ぐ走ってきて、体当たりなので受け止めるのが大変なくらい。
イベントでタイムレースに出たら、良いところまで勝ち進んだ。
フリスビーはするけど、持って来る気は無い。遠くに落として、“ここまで来い”という堂々たる態度だった。
ヒマラヤンの猫は、市役所の植え込みにうずくまっている姿を見つけて、逃げないからそのまま保護することになった。
届けを出して飼い主を待ったけど、連絡は来なかった。
その時はガリガリに痩せていて、骨と皮しかないのではと心配になるほどだった彼も、おたべおたべとご飯を与えているうちに、ふくふくと毛艶も良くなっていった。
宝石のようなブルーの瞳に、ふっかふかの白い長毛で、グレーが耳の先や鼻の辺りに入っている。ふわんと持ち上がった尻尾は華麗な存在感で、そこはかとないたぬき感も可愛い。
王家の風格漂う、ゴージャスな猫へと変貌した。
彼はとても無口。たまに「ニャー」と鳴くものの、声量はいつも25%くらいの控えめさ。
親の布団の上には来るけど、私の布団の上には来ない。
それが寂しくはあったけど、同志のチワワがそばから居なくなったあと、私の部屋に入り布団にトンと乗って「ニャー」と言うようになった。
居ないことを察した、彼なりの励ましだったのかなと思う。
保たれた距離の中で、お互いを認識している。面白い距離感だった。
彼女とも、彼とも、お別れは立て続いた。
スポイトでペーストのごはんを食べられるようにしたり、水を飲むようにしたり。
寝たきりになった時は床ずれにならないよう、時間ごとにそっと寝る向きを変えた。
介護をして、慣れなかったり至らないながらも、少しでも快適に今日を過ごしてほしいと世話をした。
家に人間が1人の時でも、視界にはずっと私を入れておきたい遠巻き見つめ型のチワワと、ライバル視がすごいボーダーコリーと、忍びのように後ろを歩き控えめに鳴くヒマラヤンの存在があって、
1人なのに1人じゃない、面白い時間が流れているなと思いながら過ごした時間を、今も大切に思っている。
ずっと一緒は無理だけど、また会いたくなるたびにこういうことなのかもしれないと、ドラマ「カルテット」で巻さんが話した、
いなくなるって消えることじゃないですよ。いないってことがずっと続くことです。
いなくなる前よりずっと傍にいるんです。
の言葉を思い出してきた。
抱きしめていられない分、そっと自分の中に浸透したような気になって、居ないから、いつどこでも思い出せる気持ちになった。
恋しさは今も癒えない。それでも、そばにいてくれた時間が今の私をここに居させてくれている。