月に何度か立ち寄る場所に時折、パントマイムの人が現れていた。
いつ居るかどうかの法則性はわからなくて、いつも前を通り過ぎては、心の中で近づきたい…と好奇心がうずいた。
この状況になって、もう現れないだろうなと、どうしているんだろうと思っていた。
公園でも、テーマパークでも、パントマイムをするようなパフォーマンスとそれを眺める人との距離感は不思議だ。
遠巻きに眺める人たちは居て、近づこうとはしない。興味なく通り過ぎる人もいる。
なんだろう?と不思議そうな人、内心誰かが近づくのを待っている人。
こうなる前から、多種多様だった距離感。
そんな自分も、好奇心を抱えながら、これは近づいたら周りに注目されるやつだ…と周囲の視線が気になって、何度も何度も通り過ぎた。
今日は急いでいるから。今日は荷物が多いから。何度も何度も。
でも、この日は。
「六畳間のピアノマン」を見たからなのかもしれない。一際気になった。ぴたっと立ち止まって、少しだけ迷って、近づいた。
ロボットのようにほんの少し動いて、前屈みになって。『ピンポン』と音がして、アクションを起こしてくれた。
思わず笑って「ありがとう」と見上げると、被っているハットにサッと手を添えて、紳士におじぎをしてくれた。
手を振って離れた、やり取りはわずか数秒。
でもなんか嬉しくて。ずっとずっと嬉しくて。
歩きながら笑みが続いた。
一歩ほんの少し、近づけた。言葉は無くても、目の前にエンターテイメントを見せてくれた。
表情のわからない、怖くも見える張り付いたマスクは、その瞬間だけ柔らかい笑顔に見えた。
ゼロ距離になるわけにもいかず、思うようにパフォーマンスは出来ないのに。
それをわかっていて、ここに立ってる。
どんな気持ちを持って、今日もここに来ようと決めたんだろう。足取りは重くなかったのかな。
ほとんどの人が通り過ぎるのも、いいことばかりじゃないのも分かっていて、動かず、喋らず。
大道芸は特に立ち止まるも、通り過ぎるも、見ている側にアクションの委ねられたエンターテイメント。
注目されたくない…と自意識から作り上げていた躊躇を越えた瞬間から、周りの景色はすっかり気にならなかった。
距離は保ちつつ少しだけ、半径数メートルの中へと一歩踏み込んだ自分の前には、パントマイムの人の姿だけがあった。
ジェスチャーから受けた温かみは思った以上で、距離の空いたエンターテイメントは、それでも届くものがあることを教えてくれた。