泣くつもりはなかった、こんなに思い入れがあるとも気づいてなかった。
あの頃の私たちと、今の私たちが出会う待ち合わせの場所、MAHO堂。
映画「魔女見習いをさがして」
「おジャ魔女どれみ」の放送開始から、20年。
はじめは、ああ懐かしいなぁと何となく。
プリキュア初代は、わりと居残り続ける気持ちで見ていたから覚えているけど、「おジャ魔女どれみ」は初期の放送を見ていた記憶がうっすらと残っていて、親に聞いてみると初期のアニメーションを食い入るように見ていたんだよと教えてくれた。
あの変身した衣装が欲しいとねだったことも、ブルーがよかったのにピンクをプレゼントされて密かに拗ねたことも覚えてる。
親戚が集まる中で、注目されるのはきらいなくせに、着替えて出てきた時の盛り上がりが実は嬉しかったのも。
とんがり帽子と、ツンとハネた靴もちゃんとついていた。
持っていたのは、音符がたくさん入ったスティック。
中にカラフルで小さな音符が入っているのが好きで取り出して遊ぶから、どんどん無くしてしまって、いつの間にかほとんど空っぽなスティックだけが残った。
ブルーが好きだから、あいこちゃんが好きかと思えば、あの頃はまだ関西弁の魅力に気づいていなくて、おんぷちゃんが好きだった。
お菓子作りがテーマになって、エプロン風の衣装になった時に、衣装へのときめきを知った。ヘッドセット型のマイクも大好きで。
ももこちゃんのハイテンションには中々ついて行くのが難しくて、大きくなったハナちゃんにも戸惑いは隠せなかったり。
今回は、「魔女見習いをさがして」
描かれるのは、大人になったどれみちゃんたちではなく、
当時「おジャ魔女どれみ」をリアルタイムで見ていた『ミレ』27歳。途中からリアルタイムで見始めた『ソラ』22歳。再放送と配信で見るようになった『レイカ』20歳。
彼女たちが、“おジャ魔女どれみが好き”ということをきっかけに知り合い、ゆかりの地を巡りながら、それぞれに持つ迷いも悩みも溶け合っていく。
どれみの続編でないことは心に留めて行かないといけないなと思っていたけど、序盤からこれは見たい!を満たしてくれる演出で、泣かさないでーと思いながら観ていた。
共感する年代が、最年長のミレであることに感慨深さを感じながら、
鎌倉で出会った3人が、飛騨高山・京都・奈良と新幹線などに乗って旅をする様子に、ライブの遠征を思い出して、年代に境なく関ジャニ∞をきっかけに出会った友達のことを思った。
不意に訪れる見覚えのある場所は、東京ドームホテルのエレベーター前。あの場所を、おジャ魔女どれみタッチで見られるなんて。
個人的には石田彰さんが声をしていた、ミレの同僚・矢部隼人さんが、とても魅力的なキャラクターでときめいた。
ミレの声は、松井玲奈さん。落ち着いたトーンで話してくれるキャラクターがいる安心感。
ソラの声は、森川葵さん。あれ?吹き替え誰だったっけ…と一瞬わからなくなったほど、裏声すれすれのトーンで普段とは表情の違う声をしていて、すごいと思った。
レイカの声は、百田夏菜子さん。特徴的な声の印象でいたけれど、広島弁のキャラクター性と馴染んで、“おジャ魔女どれみ”のエッセンスを特に含んだ発声をしていたように感じた。
どれみたちが常に登場しているわけではない分、物足りなくなりそうなところを、ソラもレイカもどれみにある独特の喋りの音運びで話していることで、満ち足りるものがあった。
大人になるって、そう扱われるようになること?
自分がそう思えるようになること?
ここ最近、自分の該当する年代は、今がまさに主にエンタメや企業マーケティングのターゲットになっているのだろうなあと感じることが多くなっていた。
消費者として楽しいのはきっと今なのかなと、俯瞰で思う自分がいる。
車のCMでGReeeeNの曲が使われていたり、キューピーのCMで「たーらこー♪」のキャラクターが再登場したり。
考えると確かに社会人として数年過ごし、車が買えるかもしれないタイミング。家族が増えてファミリーカーを買う人も増える頃合い。
歌番組での懐メロ特集は、リアルタイムで追っていた思い出深い曲ばかりになった。知らない曲が無い。
そう実感しているうちにも時間は流れて、つい最近だよと思う曲が増えつつある。
「魔女見習いをさがして」も、その流れのひとつかなあと、どこか思っていた。
けど、観てよかった。おジャ魔女どれみを好きでいたことにも、今をなんとか歩んでいることにも寄り添う映画だった。
映画の中で、魔法玉が光を失う瞬間の描写が印象的で。
ただのビー玉と見ればそれもそう。でも思い入れを持って大切にしつづけてきたそれは、彼女たちにとってはあのどれみちゃんたちの持っていた魔法玉。
放っている光と言うより、当たっていた光が失われた時、一気に力は失われてしまったように見えた。
幼心に何度も聞いて、空でだって歌える「おジャ魔女カーニバル‼︎」
不思議なチカラがわいたら どーしよ?(どーする?)
無邪気に問いかけてくる、どれみちゃんたちの顔が思い浮かぶ。
ミレ、ソラ、レイカたちにそれぞれあったもの。
私は…書くことが好きだと変わらず言える。それが“不思議なチカラ”になるか、このままか、わからないけど。エッセイもコラムも、作詞だってしたい。
思いつくものがあることに嬉しくなった。
宿題をゴミ箱に捨てられちゃうパッションは昔も今も無いけれど、
でもね もしかしてほんとーに できちゃうかもしれないよ⁉︎
この一言で、出来ちゃうかもしれないって思えるから不思議だ。
「おジャ魔女どれみ」を見たいた頃は、ひとりテレビの前。
同じようにどれみを見て、好きでいたみんなが実はこんなに居たことを、大人になって知る。
子供の記憶のまま、最終話がどれみちゃんたちとのお別れだと思っていたけど、また会えてうれしかった。
リアルは大変がいっぱいだ。納得いかないことも、向き合えないこともいろいろ積み重なるけど、子供心はまだ胸にある。
どれみちゃん、はづきちゃん、あいこちゃん、おんぷちゃん
その声を聞くだけで、私は無限の想像力を掴み直せるような気がしてる。