レッドが最高に似合うあなたの名前はローラ。ミュージカル「キンキーブーツ」で弾けたレディへの憧れ

【この記事では作品内容、ラストについてのネタバレがあります】

 

レッドがこんなに美しい色だとは

ローラの立ち姿に見惚れ、その気品に憧れ、私もこんなふうに凛々しくありたいと思った。

 

ミュージカル「キンキー・ブーツ

ブロードウェイで公演されてきた作品で、映画にもなっている。その日本版があるというだけでも奇跡なのに、主役のローラを演じるのは三浦春馬さん、チャーリーを演じるのは小池徹平さんというミラクルでスペシャルなコンビ。

 

父親が営んできた靴工場を、突然受け継ぐことになったチャーリー。傾きかけた工場を立て直すため、頭を抱える毎日。そんな最中、夜道で絡まれている女性を助けようとしたチャーリーは、思いがけない女性の反撃でハイヒールのビンタをとばっちり。

チャーリーが“女性”だと思って助けた彼女は、ドラァグクイーンの男性、ローラだった。

きつそうな靴を履いているのを見たチャーリーは、大柄であったとしても体重を支えることのできる、ベストなハイヒールを作ろうと思いつく。そのひらめきは工場の今後とチャーリーの将来、そしてローラの未来までも大きく変えていく。

劇中の音楽を作詞作曲しているのは、シンディー・ローパー

「True Colors」を歌ったシンディー・ローパーの作る、キンキーブーツの曲たちというのは感慨深いものがあった。

 

初めてこの作品を目にしたのは、YouTubeに載せられていたエンタメサイトのゲネプロ映像だった。

ローラを一目見た時の衝撃。三浦春馬さんが演じていることを脳が思い出した時の混乱。誰?!えっ本当!?と目が点になる。衣装メイクをする前の稽古映像を見たら、それでも美しい風格の変わらないローラに釘ずけになった。

立っているのも困難なはずの高いピンヒール。腰を引かず、背筋を伸ばし、指先まで神経を集中させているのがわかる。

観たい。そう思ったけど、あの時の自分ではチケットを取る予算も、勇気もなかった。三浦春馬さんと小池徹平さんをキャストに迎えた「キンキー・ブーツ」2度とないかもしれないと思いながら、通り過ぎてしまったことを悔いていた。

 

2年後

キンキーブーツ再演の知らせ。

ほんとですか!!!!と飛び上がった知らせ。しかも初演キャストのままでの再演。

ドラァグクイーンのメンバー、エンジェルスの一員として今回から参加になった佐久間雄生さんも含めたキンキーブーツキャストが2019年の舞台にやって来る。今回こそ、逃してはならぬと観に行くことを決めた。

 

 

3年越しの思いが実った当日。

心なしかメイクをする手もはかどり、いつものアイシャドウから変えて今日はゴールドを下地に塗ろうと思いつく。リラックスした気持ちのなかに堂々と胸を張る高揚感が同居して、強いレディになれた気分。

3階席から見るステージは見晴らしが良くて、“PRICE & SON”と掲げられた看板にレンガ造りの工場が老舗としての存在感を放っていた。

 

そろそろ開演?と待っていると、何気なくステージを歩いてくるのは工場で働く“ドン”

鳴っているスマホを取り出して、彼女と通話をしながら「電源はオフに。バイブもやめてくれよ」と、粋な観劇マナーのご案内。禁止と言ったはずの写真を、客席を写りこませて撮るそぶりで、「フー!とかイエー!とか騒いどいてくれ」と煽って、客席のボルテージが上がったところで「ありがとな」と工房に入って行くドン。なにそれかっこいい。

物語が始まれば、たちまち目の前には靴工場が。

チャーリーの父の工場。ベルトコンベアで運ばれてくる革靴。グリーンの箱に詰めてカバーを織り込み、プライス&サンの冊子を入れて蓋を閉じたら、完成。

華やかではないけれど、賑やかでいきいきとした工場の雰囲気は輝かしいものだった。

 

それでもチャーリーは、僕は靴は作らないと家を出た。フィアンセのニコラとロンドンで暮らすことにしたはずが、父が亡くなった知らせを受けて飛び帰る。

4代目であることの苦しみ。父に重ねられ、常につきまとう父の期待。弱さを見せる勇気を持てないチャーリーは、ひとり頭を抱える。自分自身の中に渦巻く葛藤、従業員たちとの関係性。問題は山のよう。

夜道のシーン。品なく絡むチンピラ2人をさけるため後ずさりをするローラの姿が、暗くてシルエットしか見えていないのに綺麗で。うわあ綺麗なお姉さんだ…と影にさえ見惚れた。

止めに入って後ろに庇うチャーリーのジェントルさと、一度は守られるポジションで隠れるローラの行動がすごくキュート。その後で「おどきになって、もう我慢できない!」とハイヒールビンタに出る前の勇ましさを足して引いたとしても、2人のコンビ感にときめくシーンだった。

 

 

そしてやってくる、ローラの最大級の魅せどころショーステージのシーン。

ローラを呼ぶエンジェルスの歌声に、赤のキラキラのカーテンからザンッと登場するローラ。真っ赤なタイトドレス。虎のような表情の迫力と、動きのしなやかさに見える優美な魅力。

これ!これが観たかった…!!と夢にまでみたローラのオンステージをしっかりと堪能できるひとときは、最高の贅沢。

 

そんな華やかなステージで、なにも怖いものなどないと見せつけるかのように歌い踊るローラが、バックステージからオンステージへと戻る時チャーリーに言った、私を見て自分は正常だと安心する人たちのために(ステージに戻るわ)という静かな一言がつらかった。

輝かしいステージ、のはずでも、その上にいる時でさえローラは自分に向けられる視線や意図を理解していた。

 

 

ローラが描いたブーツのデザインを見て、デザイナーにならないか!と提案したチャーリー。

本当はしたかったこと、に心躍ってはしゃぐローラが可愛かった。その影には、したかったことを言えずにきた過去が垣間見えて、ズキッと痛んだ。

提案の後、ローラは女装をせずに工場へとやって来た。言葉を失う従業員たち。

この行動にどれほどの勇気がいっただろう。チャーリーと、互いに自分がどんな息子であったかを語らうシーンに、唾を飲み込むのも忘れて見入った。

 

イギリス制作の映画「キンキーブーツ」とアメリカ版の舞台「キンキーブーツ」では、アフリカン・アメリカンともいう黒人の俳優さんがローラを演じている。何重にも重なっているバックボーンを思うと、日本版のキンキーブーツの見えかたもさらに変わってくる。

ローラの持つ、痛みに慣れた優雅さは切ない。偏見を隠さないドンに対しても感情的にはならず、剣に剣では返さなかった。

“品”とは?と考えたくなる、ローラの美しい佇まいとドンの俺様な態度。女が好きな男はこうだろ?と語るドンに、本気の“モテ”の何たるかを指南するローラは誰よりも紳士で淑女だった。

工場にいる女性たちをローラがリードして、タンゴのようにダンスを踊る。それもローラはハイヒールを履いたまま。ペアをリードする立ち位置は、軸のブレなさと力を入れる踏ん張りが必要になるはずだけど、危うさはなく、見事なペアダンスが成立していた。

リードしてダンスを踊るローラを見た時のときめきはなんだろう。かっこよさでもあり、宝塚を見ているようなときめきでもあった。あの瞬間は、ローラの性別がどちらであるとか、それを演じている三浦春馬さんの性別など関係無くなって、とにかくその人としての魅力。所作と考え方のスマートさが光って、憧れた。

 

ドンとの交換条件で、“ボクシングの試合で勝負”をかなえた代わりに、ローラは“あるがままの他人を受け入れる”ことを伝えた。

この言葉に感銘を受けたのは、“他人”と呼ぶ距離感のままで、自分の中に入れ込みなさいということではなく、あるがままを受け入れるということ。距離を保ったままでも、それは成立するということだった。

「お前(ローラ)を受け入れろってことか?」と噛みつくドンに、「すべての人よ」と答えるローラは印象的。

私を受け入れなさいとは言わず、自分の立場よりも、ローラはドンのこれからを優先した。そのままでは彼が直面しそうな、生きずらさを回避するすべを教えた。寛容性は負けることではなく、広く生きるためのコツになる。

ローラからのアドバイスが鍵となって、考え方の変化はチャーリーの危機を救うことにも繋がった。

ドンが受け入れたのは、ローラのことというよりチャーリーのこと、というポイントは素敵なフックになっていると感じた。

 

 

チャーリーは工場の立て直しに懸命になるあまり、従業員の仲間たちに威圧的な指図をして、ローラの話しにも聞く耳を持たず一方的に自分の言葉だけをまくし立てる。

それはあまりにも乱暴で、偏見に満ちていて、実のところ思っていたことのなにもかもが顔を出していた。

 

すべてを失ったとひとり心を沈ませていくチャーリーに、工場で働きながら彼のことを見てきたローレンは寄り添った。物理的に、ひとりにさせないというローレンの行動がいい。

「よく吠えるのは怯えているからよ」という言葉に、犬じゃないかとチャーリーは苦笑いをするけれど、単純なようで気づけない要点を捉えた言葉だった。

攻撃は防衛が行き過ぎた末の行動であることがある。それを頭に入れておくと、吠えられたとしてもなぜなのかを想像する余地が持てる。逆にやたらと自分が吠えてしまっている時は、怯えている自分に気づくことができる。

 

チャーリーのひらめきと暴走とも言えるエネルギーを、ローレンはいつも、もうどれだけ驚かせるのとワクワクしながら見つめていて、呆れるのではなく一緒になって楽しんでいるローレンがとても魅力的だった。

 

 

完成した新作のハイヒールブーツ。でも、ローラとは喧嘩別れのまま。

ミラノのコレクションに出展だと意気込んでも、デザイナーでありモデルのローラがいなくては、チャーリーには為す術もない。

もうおしまいだ…あまりの惨事に顔を覆いたくなったその時。

怯えてた 私の前

現れて勇気をくれた人

迷い子は 見守られてた

今度はローラがやる番よ

現れたローラは、レッドのタイトドレスとそして、プライス&サン製のレッドのブーツ。ボリューム増し増しのウェーブが掛かったヘアスタイルが最高に似合っていた。

 

愛はFire 炎がHigher

火花の飛び散るWire

お祝いよ!立とうとして

もがくあなた この手をどうぞ!

 

お祝いよ 立とうとしてもがくあなた この手をどうぞ

この歌詞を聴いて、私はこのミュージカルが観たいと思った。

励ますだけに留まらず、お祝いしちゃう弾け具合。そして、立とうとしてもがいているからこそ、差しのべられる手があることの意義深さ。これまで手を差しのべられたことなど彼女たちは無いに等しかったかもしれない。なのに、手をどうぞと差し出す心意気に、憧れが増した。

 

三浦春馬さんの演じるローラは、喋り方、声のトーンに気品があって素晴らしくセクシー。

ヒールを履いてしゃんと伸びた背筋。腰の曲線美、太ももからふくらはぎのライン。プロポーションとしての美しさ。しかしそれよりもなによりも、私はあの声に惹かれていた。

 

高揚感でいっぱいのステージでフィナーレを迎え、ミュージカル「キンキーブーツ」の幕は閉じた。

後日談的なシーンが最後にあったりするのかなと思ったけど、大盛り上がりのままスパッと終わる潔さが良かった。

鳴り止まない拍手へのカーテンコールも、真っ赤な幕の下りているステージにローラとチャーリーだけ登場して、最後はステージ端でローラがチャーリーに腕を組んで手を振って、片足ぴょこんと上げて行った姿でおしまい。

なんって可愛い2人なんだ…と三浦春馬さんが演じるローラ、小池徹平さんが演じるチャーリーの魅力に完全にハートをロックされた。

 

 

ヒールのある靴を、私はひとつしか持っていない。

それでも、あの靴を履くと自分がキラッとできている感じがして、自信がついて、なんか今日はいけてるぞとごきげんになれる。

個人の価値観でいい。美しさの意味で強くなれるものが自分のそばにあって、身につけていられると、思い描いていた以上の自分になれることがある。

キンキーブーツを観に来た自分も、それと同じ効果があったのだと思う。いつもなら照れて撮ることもないはずのフォトブースで、ローラとチャーリーのパネルに並んだ真ん中でレッドのブーツのパネルに足元を合わせて、なんと腰に手を当てたポーズまでとって堂々と笑顔を見せることができた。

 

女性、というよりも。レディでいることは楽しいことよね?とウインクするローラが思い浮かんで、そうかもしれないと顔が前を向く。そんな楽しさが溢れたミュージカルだった。

 

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