空を飛ぶ少年が姿を現してくれるのは、大人になる前、だけだろうか。
大人になってようやく、空を飛ぶ少年と出会ったなら?
ずっと少年でいてと願わなくても、
時折、窓を開けておくのを忘れたり、日常で余裕を無くして空を飛ぶ方法を忘れたとしても、再会を繰り返して、きっとまた思い出させてくれると思っていたい。
最初に聴いた時、ちょっと待ってーとためらった曲。だけど、時間を置いて聴いた時、すとんと胸に落ちた曲だった。
Hey! Say! JUMP「ナイモノネダリ」
作詞・作曲:橋口洋平さん 編曲:wacci
アルバム「Fab! -Music sparks.-」に収録されている曲。
このアルバム全体で『音楽×童話』がモチーフになっていて、カラフルでふわふわのファンタジー要素が半分に、もう半分はグリム童話のようなドロっと不穏な空気も含んでいる。
バンド「wacci」のミニライブを観たことがあって、あの時もバラードに惹きつけられ最後まで観ていたなと思い出した。
テーマパークのパレード音楽好きに、楽しみどころいっぱいな「Last forever」
パステルカラーのマシュマロみたいな可愛さの「Muah Muah」
などなど、アルバム1枚を通してパレードルートを進んでくるフロートを見つめているような楽しさがある。
なかでも、いま繰り返し聴いているのが、
「ナイモノネダリ」
聴いているとなんだか落ち着く。
明日の朝はとても早いの ドレス纏って神に誓うの
結婚前夜。早く寝なくちゃなのに、止まらないまま溢れる気持ちから、ぽつぽつと柔らかな声で語られる言葉たち。
知念侑李さんの歌声が、この曲の世界観をふわりとウェディングベールのように広げる。
ファンタジーな空気に染まれるのはもちろん、日常のなか、早く起きないといけない予定に気が重たい時、落ち着いた雰囲気のこの歌詞を聴くと、深呼吸するような安心感がある。
とても優しい 素敵な人よ 私ね 随分大人になったよ
素直な気持ちならいいけれど、少し寂しげなのが気にかかって、段々と“私”の人物像に引き込まれていく。
夢に溺れず 未来見据えて 空も飛ばずに 地に足つけて
聴いていて切なかった。あまのじゃくな気持ちなのがわかるから。
この曲の主人公が誰なのか、強がるみたいに並べられる言葉を反転していくとすぐにわかった。
ブルーのワンピースに、リボンで後ろ髪を結んだ、彼女。
アニメーションとしてその作品が好きだったから、生々しさを増したこの曲なりのアナザーストーリーが最初は受け入れ難くて、わー!と再生を止めた。
モチーフからインスピレーションを受けて作られた曲だから、忠実である必要は無いのだけど。
でもある時、そのことも忘れて再生すると、
これはこれ、それはそれとして聴くことができた。タイミングだったのだなと思う。何より、Hey! Say! JUMPメンバーの歌声が穏やかに聴ける、この曲の魅力を感じるようになった。
全体を通して、しっとりと“私”の視点で語られる物語。
どんな声色で歌うのかが大切になるこの曲で、統一された雰囲気と、それぞれにある声の色の違いが心地いい。
なかでも、知念侑李さん。「Come On A My House」を聴いて、知念侑李さんの声は少年感を魅せる個性があるんだなあと思っていた印象が変わった。
歌詞の“〜なの”と柔らかく止める語尾の自然さに、一気に大人な表情を見て戸惑うくらいの魅力があった。
まだ誰のものでもない 私の最後の夜に
これまでも随所に発揮されていた、山田涼介さんのしなやかさのある声色がここでさらに輝いていて素敵で、聴き入る。
“まだ”の溜めて伸ばした歌声。その後にバッと広がる音の鮮やかさ。後ろ髪を引く物語性を表していて息を飲む。
この曲から、空を飛ぶ少年と彼女の関係性のほかにもう一つ思い浮かんだのは、
空を飛ぶ少年でもある彼とファンとの物語。
すると“誰のものでもない”という言葉の意味が、わかるものになってくるのが、なんとも言いがたく胸が苦しくなった。
反転してわかる世界なのかもしれない。
彼と彼女のストーリーであり、アイドルのあなたを思い出す私のストーリーでもあるなら
その私が結婚前夜に“まだ誰のものでもない”と語ること。選べるからそう言えてしまうと思うと、少し、こわくなる。
でももし、それぞれに選べた道の先なら、その時は。
明るく、少しだけ立ち止まる気持ちで思い出す存在が、自分にもあるのだろうか。自分なら、このまま“大人”になることを選ぶ気がしている。
「ナイモノネダリ」の中で、星という言葉は出てこなかった。
唯一、使わないことを選んだように、そこまでの描写はしない。それがこの曲のバランスを生み出していて、好きだなと感じる。
ベタにキーワードを盛り込みすぎると、オマージュではなくてパロディになってしまう。けれど、この歌詞では伝えるラインの見極めと触れすぎないセンスが、世界観を保っている。
それでも曲を聴いていて星空を思い浮かべるのはなぜだろうと考えると、曲の最初にあるメロディーラインと、最後にあるメロディーが鍵になっているからだと思った。
まるで雲の切れ間に見下ろす夜景が広がるかのように、下っていくメロディーライン。
どこか耳馴染みもあるような絶妙な音階。物語の始まりを感じたメロディーから、終わりには幕を下ろすニュアンスを感じるメロディーになっているところがいい。
曲中にも終盤に耳を澄ますと、星の瞬きにピクシーダストを表すみたいに、ウィンドチャイムの音が微かに聴こえる。
2番の歌詞に入ると、彼女が彼を見て感じていた寂しさの情景が描かれる。
私はそんなあなたの影を 抱きしめてあげたい そう思ってた
物語の中で大切な、“影”を取り入れてくれたことが嬉しかった。
本人の意思さえ無視して勝手に動き回る影。それを捕まえて、しっかり彼の足元に縫い付けて。でもこの曲では、“私はそんなあなたの影を 抱きしめてあげたい”という表現で二人を描いた。
あなたとの出会いがなければ 今の私はここにいないでしょう
大切で、特別なことで。振り返れるようになった思い出は、かけがえのないものになることを思い起こした。
そうして最後に、もう一度戻ってくる歌詞。
明日の朝はとても早いの ドレスまとって神に誓うの
知念侑李さんの伝えるニュアンスが、繊細で温かい。
独りよがりに自分に酔ったふうになる可能性もある言葉を、儚く、でも揺らがない決意として届けてくれる。
早く寝なくちゃ 肌に響くと 窓辺に頬杖 空を見上げて
明日は結婚式。ドレスに似合う私でいたいと、結婚前夜にお肌を気にかける心情。
肌に障るではなくて、“肌に響く”という表現を選ぶんだなあと感じながら、現実を選ぶ彼女らしさも表している気がした。
“頬杖 空を見上げて”と聴いて、やっぱり彼女だと確かなものになったイメージが、
大きな窓を開けて、ソファーのような段に腰掛け頬杖をつく姿を思い浮かべさせる。
“私ね 随分大人になったよ”と呟く中島裕翔さんの歌声で閉じられる物語。
ずっと同じ時間を過ごすわけにはいかなかった二人の、“大人”になることを選んだ彼女とこれからも空を飛ぶことを選んだ彼の物語。