「海猿」の音楽がオーケストラで演奏される。
一夜限り、数々の場面と共に、観て、聴くことのできるコンサート。
そんな夜が、2012年7月9日にあった。
映画「BRAVE HEARTS 海猿」の公開を2012年7月13日に控えた、あの夏。
9年前になるコンサートのことを今になって書くのは、当時は胸に仕舞うしかなかった思い出も今ならこうして書く方法を理解できていて、可能な限り鮮明に思い出せるうちに残しておきたい気持ちから。
それと、好きなだけ海猿の話をしたいから。これは一旦放出しないと、内に秘めるには膨らみすぎた。
なんの話?と困惑させてしまっていたら、申し訳ないです。
「シネマ・ミーツ・シンフォニー 海猿 ザ・コンサート」
開演19:00
東京国際フォーラム ホールA
指揮:梅田俊明さん オーケストラ:新日本フィルハーモニー交響楽団
特別ゲスト:伊藤英明さん、加藤あいさん、佐藤隆太さん、三浦翔平さん、羽住英一郎さん(監督)、佐藤直紀さん(音楽)
サプライズゲスト:シェネルさん
行けるかどうかを迷いに迷い、一般発売の時間直前に決意してコンビニへと自転車で向かって、購入・発券をした。
あの時のドキドキ、上がる息まで思い出せる。
発券すると、そこにはもう座席が明記されていて、1階3列目中央ブロックだった。こんな地元のコンビニでそんな席が出るはずがないと、信じられなくて4度見5度見した。レジの店員さんにこの動揺を打ち明けたい気分だった。
チケットがどうにか取れて、座れればよかった。一度しかない空間の、同じ空気の中にいられるのなら。
思いがけない座席。なんとしても守り通さねばならないチケットを手に、私はその日を待ちに待った。
画面に写された文字だけで感無量だったんだと、当時の写真フォルダからわかる。
本当にコンサートがあるんだ…とじわじわ湧いてくる実感を噛み締めていた。
国際フォーラムにあるレストランでは、海猿特別メニューが出ていて、看板の書き方にも愛が表れていて嬉しかった。
食べたい!と思ったけど、東京価格に驚いたのと、開演前は何も胃に入れるつもりになれず。終演後では遅すぎて間に合わなかったのが悔やまれた。
この頃はディズニーには一人で行っていても、ライブやコンサートには行く機会が無くて、
「東京国際フォーラム」に来るのは初だった。建物自体のあまりの天井の高さ、広さにポカーンとなって、なんじゃこの建物はと建築物への感動がまずあった。
一番広い、ホールA。ロビーの床は白タイルで、そこから大階段があり、上へと登って1階2階と別れて行く。
スタッフさんに見せるためにカバンからチケットを出すのも緊張した。入場を待つ沢山の人を目の当たりにして、すごい規模だと実感したからだった。なんということだ…と上がる心拍数。そばにいた奥様が、持っているチケットを2度見した。
目の前にオーケストラ。ステージにはスクリーンも用意されている。
佐藤直紀さんの作る劇中音楽はすごい。緊張感、高揚感、繊細さと緻密さがありながら、映画館で聴いた時に臨場感が最大限に活きる音楽。
海猿の音楽を生で浴びることができる。ここにいるのは、海猿を大好きな人たち。そんな空間がすでに夢のようなのに、特別ゲストが登場する。
記憶が合っていれば、伊藤英明さんも加藤あいさんも佐藤隆太さんも客席側から歩いての登場。ステージからじゃないの?!と驚いた。
客席全体が立ち上がって拍手のなか迎えるかたちで、右側の通路が近かった私は、もしかしてこちらに来るのではとさらにドキドキした。
右隣にいたのはお一人で来ているお姉さんで、「もしこっちに来たら、ここから見て大丈夫ですからね」とスペースを作ってくれた。
結局こちら側の通路を通ることは無かったのだけど、見えるようにという気遣いからの声かけが嬉しかった。
なんと出演者のみなさん、監督も一緒に客席に座ってオーケストラ演奏を聴くというお知らせに、
そりゃそうだよね聴きたいよねとわかる気持ちと、このコンサートの時間を一緒に過ごす…!?と凄さがキャパオーバーする感覚とが混在した。
どんな構成で、どの時期までの作品から演奏されるのかは未知だった。
メインは「THE LAST MESSAGE」からだった気がするけど、「海猿 ザ・コンサート」の名の通り、
始まりである第1作の映画「海猿」から、ドラマ「EVOLUTION」映画「LIMIT OF LOVE」の音楽も演奏された。
海猿と言えば、で思い浮かぶメインテーマも演奏。
環菜からの“チェックイン”も大スクリーンで映された。オーケストラの演奏がしん…と止んでからの環菜の台詞。確かそのシーンが第一幕のラストになっていた。
サプライズで「BRAVE HEARTS 海猿」の主題歌を歌うシェネルさんが登場して、「ビリーヴ」の生歌唱を聴けたのはすごく嬉しかった。
音源でもわかるあの高音、声量は、直に聴いても全く変わらず迫力いっぱいで、まだ本編を観る前だったけど、もう胸いっぱいな気持ちだった。
上映前の「BRAVE HEARTS」の映像も、先駆けてすこし公開されて、飛行機の悲惨な状態や吉岡の危機的状況が見えたことに気が気ではなかった。
オーケストラの演奏に、いち早く立ち上がって客席から拍手をする伊藤英明さんたちの姿。
ステージでシェネルさんに大きな花束を渡す様子。
仙崎大輔を演じた伊藤英明さん。伊沢環菜を演じた加藤あいさん。吉岡を演じた佐藤隆太さんが、すぐそこ、目の前にいる。
夢じゃなかろうか。この空間、この場所だけで起きている奇跡だと思った。
一度きり今夜だけの「海猿 ザ・コンサート」は幕を閉じて、この胸いっぱいの気持ちをどうしたらいいだろうとそわそわしながら座席を立ち、ロビーの大階段を降りた。夜になったロビーは床の白いタイルが光っていて、ホールを出てもまだ非現実な景色は続いた。
コンサートの思い出はここまで。
ここからは、後半の2作を観て感じたことを自分なりに整理したい。
制作側にとっては、こういうことを知った顔で言ってくる存在こそ圧になっていたのかもしれないと思ったりもする…
なので当時すぐには言うまいと年月を待ったので、せめてここに静かにあの時の感想を書きたい。
映画があって、ドラマになって、再び映画としてスクリーンに戻るという形に感動していた。
「LIMIT OF LOVE 海猿」の公開が終わり、2年経った頃。
地上波で映画「海猿」「LIMIT OF LOVE 海猿」の2週連続放送が決定した。テレビで見られるの嬉しいなーともちろん齧り付いて見ていたら、エンドロール終了後、一つの間を開けてドーンと画面に出たのが『続編制作決定』の文字だった。
えー!と絵に描いたようなリアクションで声が出た。嬉しかった。見事に気を抜いて見ていたから、しっかり驚いた。
続くことでまだまだ描けることがあるんだとワクワクして、期待も予想も上回るものを受け取る度、どこまで行くんだと期待を胸に見つめていた。
続きがあるのは嬉しいことだけど、シリーズとして続いていくことの楽しさも難しさも、観ているだけの側ではあるけれど、どちらも感じていたのが率直な感想だった。
人気が無ければ続かないし、大きくなればなるほどエンタメとしての期待やイメージが出来上がっていくのも自然なことなのだと思う。
演劇だと、カンパニーとして意識が統一されていくのは作品が磨かれていくことに繋がっていくけど、
映像としては、プロデューサーや監督、演者、スタッフのバラバラな意識から徐々に寄せて合わせていって、その積み重ねの天辺で、結果素敵な化学変化が作品に起こるのではと思う。
だからシリーズになればなるほど意識が統一されていくのはメリットになるとも限らなくて、
この作品の色はこう。ここはお決まりとして外せない。期待されているのはこの感じ。と型が出来ていってしまうように見えた。
作る側も演じる側も、作品にイメージが元から完成されてしまって、新しくなることが難しい。
ある意味、事故が起こって始まる作品だからこそ、どの話をどのように映像化するのかは慎重になった面もあるはずで、
けれど後半の「THE LAST MESSAGE」は、原作漫画にはないオリジナルストーリーになったガス塔をメインに起こる出来事をどう受け取っていいか戸惑った。
“LAST”と付いていたこともあって、これが最後に伝えたいことだとすると、最後に置いて行かれてしまったような寂しさが残っていた。
レガリアで要救助者になった女性が、仙崎にうっすらと恋心のような表情を見せた描写も、いいーっとなった。
仙崎に助けられて気持ちの動かない人はいないだろうけど、環菜をストーリーに乗せていくためと、環菜への揺るぎない愛情を見せるためとはいえ、その流れじゃないとだめ…?と胸がザワついた。
どれほどベタでも、積み重ねてきた人物描写と、その時々に描かれる細かな日常のやり取りから厚みが生まれると思えていた。
うおーん…となったのは、「THE LAST MESSAGE」で海猿の出動を見た要救助者が、3人で分けて台詞を言ったところだった。
心の声を言わせてしまっているのは勿体なくて、これまでを見てきた視聴者に託してもらえたら、そこは台詞なしの表情のカットだけでも読み取れたのにと思った。
それぞれが自分の気持ちを思わず呟くなら野暮にはならない気もするけど、一行で書いていそうな台詞を分けて言ったことで、登場人物が個人ではなく言わされている集合体になってしまったのが悲しかった。
LIMIT OF LOVEでは、「諦めてないやつがこんなに」と1人が言っていて、救助の指示を出させてほしいと伝えた下川さんに答える司令官はうなずくのみだった。
吉岡の救助に向かう仙崎を見つめる、要救助者の2人は表情のみが映った。その足し算と引き算のバランスが好きだった。
「BRAVE HEARTS」での、吉岡の恋人が旅客機にというのも、環菜は厳密に言えば事故には巻き込まれていないけれど、そうなったことが少し受け取りずらかった。
身内が、という進めかたはどうしても諸刃の剣で、その究極の緊張と苦しさは「LIMIT OF LOVE」でしっかり描いていたと思うからこそ。
それでも「THE LAST MESSAGE」でやり残したことがあると「BRAVE HEARTS」が制作されたのは嬉しかった。
飛行機は描きたかったんだとわかる部分もあって、今度はちゃんと受け取りたいと観ていた。
横浜の大桟橋で、家族揃って遊ぶシーンはすごく好きなシーン。
子供を二人育てる親になった環菜と大輔。
親になっていく二人を見たい気持ちもあったけど、
もしも、この先も海猿が続くとしたら話は子供たちに向かうのではと思ったりもして、それは完全に個人的な広がりすぎた妄想でしかないのだけど、そんなあれこれも自分の中にあって、
自分にとってのベストは「LIMIT OF LOVE 海猿」になった。
環菜と大輔の結婚式を回想の形であっても見られたこと。ついに特救隊になって、イエローのウェットスーツを背中に着けた仙崎を見られたことは、「海猿」が続いてくれたからだと思っている。
物語の先が可能性としてあったかどうかは正確には分からない。
テレビ局側と「海猿」の原作者さんとの間に問題が起こって、ある日、続編の可能性は絶対にありませんと原作者さんが発信したことから、それは無いのだと、受け止めるしかなかった。
どんどん規模が大きくなって、エンタメとして広まって、仙崎大輔がなんでも出来てしまうような役回りにならざるを得なくて、観ていた自分もこの先を心待ちにできていたかはわからない。
なのに切ないなと感じたのは、途中から追いつけなくなっていたとしても、どんなクライマックスがベストか分からないとしても。
ラストは本当にラストのつもりで作ったものであってほしかったなという気持ちが、自分の中に確かにあったからだと思う。
こんなに年月が経っているのに、いま映画館から出てきたのかぐらいの熱で話せるのはまだまだ好きな証拠じゃないかと自覚した。
でもこれ以上を望むつもりはなくて、作ってくれた「海猿」を、いつでも何度でも観ることのできるこの映画とドラマを、私は私なりの形で愛していこうと思った。
一生懸命になることが、必死な姿が、かつては苦手だった。
見るのも自分がそうするのも不得意だったのに、この作品だけは真っ直ぐ刺さった。
胸が熱くなるってこれかと実感して、胸のどこが熱くなるのかを理解した。
あの時、演者さんとスタッフさんたちが一同に集まり携わって、「海猿」を作ってくれたことに、何年経とうと変わらない喜びの思いがある。
大好きな作品がここにあることが、今でも嬉しい。