ドラマから韓国語に興味を持った頃、韓国のアーティストの曲をYouTubeで見るようになった。
CNBLUEやBOYFRIENDなど、気にいる曲を見つけると繰り返し聴いて、韓国語の発音を耳でコピーするのが好きだった。
そんな時、私が特に惹かれたのは、IU【アイユ】という名前の女の子のソロアーティストだった。
「Good day」という曲のMVを見た瞬間、一目惚れだった。
6分間あるMVのなかで、ミュージカルを観ているようだった。圧倒的なストーリー性と可愛さの溢れた映像。MVとしてセンスの良さが革命的だと思った。
印象的なワンピースを着て、折れてしまいそうなほど華奢な彼女が、堂々とパフォーマンスをしている。けれど彼女の歌声の安定感には貫禄さえあった。
大サビでくる難関パートのことを、「三段ブースター」と命名されて注目されたりもしていた。確かに、ただでさえ高いキーから段を上げるように音程に変化をつける凄さは間違いない。けれど、私はこれまで邦楽で見たことがなかったほどの世界観の創り込まれ方と徹底したテーマの一貫性に心惹かれた。
2011年2月にYouTubeに掲載された作品であるにも関わらず、今MVを見たとしても、見劣りしない。それほど最先端を行っていた魅せ方だったと思う。
おそらくプロデューサー陣がとんでもなく緻密に計算をして、しっかりとプロデュースされているんだろうと感じて、それからIUの新曲を見るのが楽しみになった。
心配だったのは、もし「Good day」のみがそういったテーマだったのだとしたら、今後の曲の方向性はどんなものになるのだろうということだった。
2011年11月に「YOU&I」という曲のMVが載った。
こんなにツボど真ん中のストーリーがあるだろうかと、パソコンの前で鳥肌が止まらなかったのを覚えている。怪しげで、少し怖ささえ感じるイントロから、段々と時計の針がリズムを刻むように胸が高鳴っていく感覚。
韓国版の約9分のMVでは、時空を超えるをテーマに、未来の時間にならなければ起きることがない青年と、それを傍で見守る少女のストーリーが進行していく。どうしても彼に会いたい彼女は時計の針を進める研究を重ね、それがついに成功する。しかし。というストーリー。
こんなに切ないMVを見たことがない。
長編小説を読んだかのような重厚感と、心が揺さぶられる感覚は、それまで見てきたMVで感じたことのないものだった。このストーリーが大好きで大好きで、やるせなく悲しい切なさの中に見える希望が胸をくすぐった。
この曲は、二重の意味合いがある曲だと思っていて、歌詞からイメージを膨らませるとMVのストーリーとは別の世界観も見えてくる。年の差のある相手に恋をした女の子が、早く追いつくから待っていてというメッセージ。彼を追い越すように大人になっていく女の子の歌のように感じた。そう考えると、益々この“時計”というキーワードが焦ったく、切なく作用する。
こんなに繊細に、直球すぎない可愛らしさで心境を歌う曲があったんだと感動したことを覚えている。「Good day」も、年上の先輩に想いが伝わらない焦ったさを歌っていて、この頃のあどけなさが残るIUだったからこそ活きた素晴らしい作品。
これは映画?と思うほど、壮大な映画をひとつ見たような驚きと悲壮感。ファンタジー的な魅力で完成されたエンターテイメントだった。エンドロールまでしっかり流れてすごいので、ぜひ見てほしい。
日本語版もMVがあるけど、韓国版をおすすめしたいです。YouTubeで検索すると、日本語解説付きのものもあります。
「Good day」を韓国でリリースした時が2010年で、IUはこの時おそらく17歳。
この曲をリリースする前「マシュマロ」という曲を歌っていた頃はさらに幼く、アイドルのイメージがもっと強かったのかなと思う。それからしばらく経って、2AMという男性グループのメンバーの一人、スロンさんとデュエットで「小言」(韓国語ではチャンソリと言う)というカップルソングを出した。
カップルソングというものが新鮮だったけど、実際にカップルという話ではなく、リアルなカップルの日常を、リアルなカップルのように歌う。歌の歌詞も、小言は言いたくないのよと伝えながら日頃の不満を可愛らしく伝える彼女と、なにを言われてもそんな彼女が可愛いとデレデレな彼の構図が最高に微笑ましい。
歌番組で短めのウエディングドレスを着てベールを頭に着けて二つ結びをしたIUが可愛くて可愛くて、しかも隣に並ぶのは超高身長でタキシードを着て蝶ネクタイのスロン。身長差がたまらずときめいた。
これもエンターテイメント。韓国の音楽エンターテイメントが面白いなと感じるのは、こういうところなのかもしれないなと思った。
4年前の2013年「Beautiful Dancer」あたりから、IUの歌い方が変わってきたような印象があった。曲調も、それまでの勢いある管楽器の音がよく聴こえる音楽から、すぅっと耳に馴染んでいく曲のテイストへと変化していく予感を感じた。
力まず、そよ風が吹き抜けるようなささやく歌い方になり、声に息が多く入るウィスパーな感じに。パーンと突き抜けるような勢いやインパクトをつけるのは難しそうな歌い方と曲調だったけれど、耳を傾けたくなるIUの澄んだ美しい声と、いつの間にか耳に残っているメロディー。ドラマティックな転調。そしてやはりMVの魅力的なストーリー創りと映像美で心を掴まれる。
そう考えると、MVのクオリティーの高さや世界観とこだわりはNissyと通ずるものがあるのではと思う。いつかコラボなんてことがあったら、相性抜群なはず。
韓国で10代から“国民の妹”と呼ばれ、絶大な人気のあったIUが、
「The red shoes」あたりから、当初のコンセプト“エンターテイメント”を保ちながら、大人の女性へと変貌していく間の魅せ方を掴んだように見えた。
あどけなさと可愛らしさで多くの人に愛され注目された彼女が、アーティストとして成長していきたいと望んだ時、周囲はどう動くのだろうかと思い心配している部分があった。大人になることを許されないままでは彼女は歌い続けていってはくれないのではと思ったし、子役と同じように、一度幼いうちに売れてインパクトがついてしまうとその後長く続けていくのは難しいことなのではと思ったからだった。
なんとなく懐かしい思い出として距離が開きはじめた私が、再びIUに引き戻されたのは2014年に載った「My old story」を見た時だった。
「Good day」の頃とは違う、でもあの頃から引き継いでいる魅力が成熟されて、アンニュイさという最強の魅力を手にしていた。この曲はどんなストーリーなんだろうと想像したくなる余白の多いMVと、ぽつりぽつりと語るようなIUの歌声が印象的だった。
シャンソンような、がなりとはまた印象の違う声の揺らぎのつけ方は、IUとしても音楽としても新鮮に感じた。
韓国ではよく聴くことがある感情的な涙声のようになる歌い方を、大げさではなく自然にドラマチックに取り入れられる貴重な技術をIUは持っていると、この曲のサビ前を聞いて感じた。
伏し目がちが似合う横顔。どこか懐かしく切ない空気。気だるげなのに品と清楚さもある。その中にほのかな色気が漂い、魅力的な女性へと変貌していた。
メイクも可愛く、日本よりも早くトレンドが入れ替わっているようで、リップの塗り方なども特徴的に流行を押さえている。歌だけでなく、そういった部分でも女性の心を掴むアーティストだなと感じた。
さらに今のIUのテーマや雰囲気が好きだと自分の中で決定打になったのは、
「Through the Night」
文学的で、レトロな風合い。そこに韓国の風が吹くことで、日本の昔ながらの文学とも違う独特の雰囲気が漂っているところに魅了された。
MVのイメージに連想される、四角が並んだ原稿用紙、花、畳、障子など。
韓国にある筆記用具や昔ながらの物には、日本との共通点もあり。日本で自分が生まれ育ったからこそ、共通点を感じたり、似ている部分を感じて楽しむことができるんだなと思うと、うれしくなった。
IUのMVのストーリー性や世界観に引きつけられ、ミュージカルとしての魅力に興味を待ってから月日が経ち、聴いている自分自身も成長したところで再び好みが重なり、IUの曲と出会えたことが嬉しい。
少女から女性へと変わっていくプロセスが、少しずつ楽曲に表れていくことの美しさを感じ、これからも見ていたいと思った。
関ジャムで蔦谷好位置さんが紹介された曲「25」の通り、これほど積み重ねて来てもまだ25歳の彼女が、これからどんなふうに、女性としてアーティストとして変化していくのか、同性としての憧れと共に見つめていきたい。
[MV] IU(아이유) _ Through the Night(밤편지)