聞こえる時、聞こえた瞬間「MIU404 第9話」

 

サブタイトルの不穏さが、ずっとずっと恐かった。

MIU404 第9話〈或る一人の死〉

もう誰にも無念を感じてほしくない。

警察という職務にあたる以上、困難なことだとわかっているのに、誰一人として欠けず、傷つくことなく。出会った以上、掴んだ手は二度とすり抜けてほしくないと願ってしまう。

 

「伊吹は間に合わなかった。本人が一番よくわかってる」

ガマさんの話を、あれ以降、何もしていない。

やはり志摩は、ガマさんからの伝言をまだ伝えてはいないかもしれないと思った。伊吹の耳に、ちゃんと“聞こえる”時を待つ人だと思う。

まだ心が、やわやわのままの伊吹。いつ泣いてもおかしくない。

第8話をもう一度踏まえた始まり方をしたのは、意外だった。あまりに衝撃が強かったので、後々繋がっていくことがあるとしても、ひとまず通り過ぎた事としてドラマは進むのかなと思っていたからだった。

でも、時間は続いている。それはそうだと今なら思える。

見ている側は週を跨いでいるとしても、ドラマの中の時系列が進んで、伊吹にとっても数日が過ぎているとしても。

そう簡単に気持ちなど切り替わらないし、心に沈んだ鉛は取り除けるはずがない。

リアルな“人の心”を映していると思った。

 

何を引き金にしても、ふいに泣き出してしまいそうな伊吹。

底抜けに明るい、アンバランスで危うい気さえしてしまうあの陽気さが、完全には消えないものの、消えかかっている。

 


防犯カメラの写真に写る、成川岳を目にした九重の表情。

ずっと、あの夜の中、呼び止めてもうあと一言をかけることが出来なかったと、逃げていく成川岳の背中に背を向けた自分を自問自答していたのかと思うと、胸が苦しい。

伊吹さんは、志摩さんは、陣馬さんは。3人が言葉をかけた彼らは、あの場所で立ち止まることができたのに。

「あのとき、成川に当たったのが自分じゃなければ…」九重の心にのしかかっていたもの。

写真を目にした瞬間まで、九重はこの事を話題にすることはしなかったのだろうと思う。九重の思いの内を聞いた陣馬さんが「言ったろ、毎度そんなに反省してたら、身が持たねえんだよ」

「俺たちの仕事は、できなかったことを数えるんじゃなく、できたことを数える」と言った言葉は、伊吹の胸にも刺さる。

そんなに思いつめていたなら、なんでもっと早く言ってくれなかった!と心配する気持ちが、陣馬さんから伝わってくる。

 

 

“間に合わない”ということは恐怖であると、常に思う。

“間に合わない”ことと、“誤解”ほど、不可逆で解くことが出来ず、やるせない気持ちにさせられることはない。

小さな事から大きな事まで、間に合わないことによって心に広がる後悔は、どうにも居心地を悪くさせる。

私は“間に合わない”ことが苦手で、小学生の頃は遅刻がとにかく嫌だった。遅れたのは自分なのに。それでも嫌で、もう戻らない時間と、その失敗を認めた自分で、いたたまれない空気の結界が張られた教室へと向かわなくてはいけない。

まだ間に合う!と思うには、その投げ出してしまいたい悔しさを、諦めるには早いともう一踏ん張り押し進めないとならない。

 

伊吹「間に合うかな」

志摩「間に合う」

諦めてしまいそうな気持ちと不安を拭いきれない、泣き出しそうな伊吹の声に重ねるように、「間に合う」と志摩が繰り返す。

志摩の声を聞いて、「間に合う」と伊吹も確信を強めていく。

 


メロンパン号からハムちゃんが降りる時に、すっと手を貸すジェントルメン伊吹。

「ボディーわんこです」

「ボディーがわんこでどうする。ガード残せガードを」

「ガードわんこです」

思わず、ボディーがわんこな姿を想像してしまった。

 

ハムちゃん。羽野麦さんが言った、

「ぜーんぶ表ならいいのにね」

その言葉に哀しくなる。

シンプルなことなはず。なのにどうしてこんなにもその道理が通らない。


ナイス嗅覚で、ハムちゃんを尾行していたVチューバーのRECを発見することは出来たけど、その手にあるカメラの中を無理にでも確認することはしない。踏み止まる志摩の表情は印象的だった。

どこか安心していられるのは、RECがここにいたことに気づいている以上、二人の嗅覚と頭脳の鋭さで、必要な時は点と点が線になると信頼できるから。

同じように、ハムちゃんが伊吹でもない誰かと連絡を頻繁に取るようになったことを把握しつつも、目の前で鳴るスマホを桔梗さんは見ない。

この時ばかりは、頼むから見て!!と声を上げずにいられなかったけど、相手のプライバシーや尊厳を脅かさなくとも、知り得た情報から洞察力を働かせる4機捜の面々だということは、わかっている。

 

 

今回の昼食は、ガッシガシのうどん。武蔵野うどん。

なぜかキッチンでうどんの湯切りをして、料理を振る舞い一緒に食べる、西武蔵野署の毛利さんと向島さん。馴染み方が半端ではない。

「やる気あんの?」と伊吹に言われて、静かに“あんの。あんのよ”と頷いて返している毛利さんがツボだった。

 

待ちに待った、陣馬さんの顔面配備も見られた。

しっかりがっつり怖い。強面というかもはやそれは白目です。

九重もついて行くとは思っていたけれど、顔面配備のための陣馬さん直伝、顔のフォーメーションチェンジまで見られるとは思わず、緊迫感のある中で唯一笑うことができた。

伊吹の「まっ俺イケメンだからな」に、志摩が言った「はいはい、つけ麺つけ麺」も、今回の緊張感の中では心のオアシスだった。

 

 

ハムちゃんが連れ去られたと、桔梗隊長から電話を受けた志摩は、自分自身もざわつく心を抑えて、伊吹の反応をとっさに考えたはず。

もう間に合わない…!という顔をして取り乱す伊吹に志摩は、落ち着きを取り戻せるよう、今、出来ることがあると視点を向けさせて「間に合わせるぞ」と真っ直ぐ見つめる。

 

もう駄目だという状況へと追い込まれ、成川岳は久住に電話を掛ける。

「助けて 助けて 助けてください」

でも、助けを求める人が違う

いとも簡単に切り捨てられる成川岳。本当の本当にピンチな時、誰を頼るべきか、それを誤るとどれほど危険なのか。

 

現場で走るのは、志摩と伊吹。

捜査指揮を取るのは、桔梗隊長。

現状掴めている情報を冷静に整理し、的確な指示を出す。

あの時、気づけていたら。ハムちゃんにもしものことがあったら。一緒に暮らして、時間を過ごしていた桔梗さんにとって、思い返していたらきりがないほど感情が湧き上がるはずのところで、ぐっと堪えて理性を働かせた桔梗さん。

車体ナンバーを口にする前の一呼吸と、「目の前だよ!!」と言った声だけは、感情が爆発していた。

現場で動く彼らを頼りにしてかけた言葉。どうか間に合ってくれと願う気持ちが、ヒリヒリと伝わり胸に迫った。

 

暗くて、寒くて、狭い。井戸に突き落とされたハムちゃんと成川岳。

「助けて」と諦めず声を上げ続けた成川。

「聞こえた」

小さな小さな声を、遠く奥底から微かに聞こえた声が、聞こえた伊吹。

あのまま開けてください!とドアを叩き続けていたら、掻き消えてしまっていたかもしれない声を、静かに耳を澄ませて聞き逃さなかった。

 

登れるはずがない。底まで落ちた成川とハムちゃん。

引っ張り上げてもらう以外に、助けてもらうすべが無い。

体温を奪われていく水の中で、暗くて遥か遠い出口に開いた光で見えた、志摩と伊吹の姿に成川は何を考えただろう。

桔梗さんに伝えてと託された車体ナンバーを、なにより先に残った体力で叫んだことが、そのすべてだと感じた。

 

成川の沈んだ身体を引き戻したのは九重。

あの場で手錠を掛けようとはしなかったのに、彼自身がそれを望んだ。

何もかもを話すと決めた成川岳の言葉と震える声に、「全部 聞く」と言った九重の声が、なによりも温かかった。

 

見ていて流れた‪涙がなんなのかは、わからない。

ああよかった…の安堵では片付けられない、初めて覚える感情が渦巻いた。

お願いだから出ていかないで、助かってと思いながらひたすら見つめていた。だけどハムちゃんか成川か、どちらかしか間に合わないんじゃないかとも思った。

掴もうと懸命に手を伸ばすのに、すり抜けてすり抜けて、ギリギリの淵で掴んだ手。

歯痒さと安堵が入り混じる感覚。

 


間に合った。間に合ったのだけど、これ以上進むよりずっといい道のはずだけど、成川はもっと早くに自分で気づける分岐点があったはずで。

ここまで罪を重ねて、絶望まで味わって。死ぬかもしれなかった。

でも、聞こえるのに時があるのもわかる。

この先どうストーリーが進むのか分からないけれど、久住に関わることすべてが解決しなければ、成川岳は逮捕されても、今度釈放された後に狙われるのは彼かもしれない。

 

菅田将暉さん演じる“男”、久住。

事の成り行きを静観していて、志摩と伊吹がドローンに気づくあの瞬間まで何もかも見ていたのだとしたら。

ラストの衝撃を見て、あれがもし、志摩と伊吹の上で作動していたら?と想像してゾッとした。

そうすることも出来た。でもしなかったのは、まだのらりくらり追っかけっこを楽しむつもりだからではないだろうか。

 

ボスであったはずの“或る一人”「エトリ」は、瞬く間に消されてしまった。

恐ろしさを増す久住。何を目的としているのか。一体何がしたいのか。

目的があるならまだマシなのかもしれない。一番恐ろしいのは、ただなんとなく。そうしてみただけと言われること。

掻き回され、翻弄される、人の人生を面白がっているように見える久住の挙動が、不気味で仕方ない。