私の本、私の物語 -映画「ストーリー・オブ・マイライフ」

 

私は若草物語を読んだことがなかった。

たぶん何度か手には取っていたはずで、だけどそれ以上を読み進めることができず、全体のストーリーも知らないままだった。

 

「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」(Little Women)

 

【本編の内容に触れます。ネタバレ回避の方はご注意ください。】

観に行こうかどうしようかと考えた。時代の衣装には心惹かれるものがあるし、本の中の人物をエマ・ワトソンが演じるのも気になった。

映画をよく観るひとから聞くようになった、ティモシー・シャラメがどんなお芝居をするひとなのかも知りたかった。

 

観てみて驚いた。

物を書くひとの話だとは

若草物語のことを長い間知っているはずの大人たちに「どんなお話?」といくら聞いても、田舎町の…姉妹たちの話…と説明されるばかりで、本の中の彼女が“物語を書いている”話だとは一度も。

 

物語を知るきっかけがこの映画で、今のタイミングだったことに意味を感じずにはいられない。

流れるクラシック音楽はいきいきと躍動感に溢れていて、ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第8章「悲愴」第2楽章が聞こえた時、悲愴(Sailing my life)を弾いていると理解できたことがうれしかった。

ピアノの音が本のページをめくるように穏やかに優しく流れて物語は進む。

 

 

はじまりのシーンから心震えて仕方なかった。

自分の書いた原稿を持ち込むジョーの気持ちを、喜びで走り出さずにいられない胸の高鳴りを同じく感じているかのようで。

ポスターデザインにも使われているジョーの姿が、映画を観たいまでは全く違う思い入れで眺められる。

 

衣装も美術も素晴らしかった。

好きなテイストのものばかりで、私はこの年代のファッションや雰囲気が好きだったんだと発見をした。

ドレスを着ることがまだ日常的にあって、普段着もその延長線上でボリューミーなスカート。上はシャツやベストを合わせつつ、ウエストから綺麗なラインでふわんと揺らめく布地が魅力的だった。

かなうなら、実写版「美女と野獣」でベルが町で着ていたスカートや「ストーリー・オブ・マイライフ」でジョーが着ていたスカートを、私も普段着に馴染ませて着てみたい。

ヘアスタイルもよかった。不自然に持ち上げたりはせず、ジョーは自然なカールに下ろしたままの髪。メグは後ろにさりげなく回すハーフアップ。

ベスはロングヘアをそのままに。エイミーはタイトめに結った三つ編み。彼女たちが思い思いに、したい形で身を飾る様子が素敵だった。

 

 

本の中ではローリーはどんなふうに描かれているのか私はまだ知らないけど、映画の中でのローリーは、ティモシー・シャラメの空気なくしてはここまで愛らしく見えなかったのではと思う。

それほどまでに、危うく、儚く、確かだった。

普段通りの自分の感覚で見ていたら、私はローリーを好きになれなかったと思う。でも、納得できる彼の歩みが映されていた。

 

 

こんなことを書いて誰が読むというの?という問いに

「書いてこそ、その重要さに気づく」

と彼女たちが話すシーンがある。

ああそうかもしれないと、すとんと心になにかが落ち着いた。

書き始めは、何のためなのか、何が言いたいのか、自分でもわかっていないことがある。けれど書き終えてみて初めて、自分はそんなことを思っていたのかと、残した文章に気づかされることがある。

 

私個人の話になるけれど、このブログという場で文章を書き続けてみようと思い立ってから、今日で5年が経った。

ライブや映画が当たり前ではない世界になって、書けるものはもうないよと言いながら、それでも3月から今日までの間、心動かされるたびに書いてきた。

ただ6月に入ってからは、どうしていいかが全くわからなくなった。言葉を使うことそのものが閉ざされる感覚になって、議論以外にある言葉はいらないものだろうかと考えた。

そうではなくても、5年というこの区切り。

私は出来ることすべてを尽くしてきただろうか?その上で今の私なのだとしたら、これ以上続けることに理由を見出せるだろうか?と考えた。

 

「ストーリー・オブ・マイライフ」を観ていなかったら、違った締めくくりを考えたかもしれない。

でも、この映画を観たあとでは、書くことをやめるのは無理だ。

 


本が刷られていく。活版をつくるため、一文字ずつを並べて、インクを塗り、それが紙に写る。皮を切ってのりを塗り、厚紙をつけて表紙が出来上がる。

ぐっと圧をかけ、針と糸で縫われたページは、一冊の本になる。

箔押しされたゴールドの“Little Woman”の表題が美しく、残った金粉を払うブラシの毛束さえ気品に溢れていて、整えられた赤い表紙はしゃんと背筋を伸ばす女性のようで。

そのひとつひとつの手仕事を満足気に眺めて、きっと最初の1冊目。本を胸に抱くジョーに、共鳴せずにいるのはむりだった。


私の本、私の物語

物を書くひとの物語だった

 


エンドロールと言うよりは、本のページをめくる感覚を思わせるスタッフロールが終わった後。

映画が終わり、劇場を出る時。制服の白シャツ姿にリュックを背負った男の子が階段を降りていくのが見えた。マスクをしたまま、さっと涙を拭っていた。

彼にとっても大切な物語なのだと思ったあの一瞬は、「ストーリー・オブ・マイライフ」への思いと共に記憶に残った。