万年筆と浅草

 

浴衣を着たいと思いながら何年も経っていた。ここは思い切らなければいつまでも着ないだろうと予定を決めて、浴衣を着て蔵前と浅草へ行くことにした。

 

浅草に行くことを決めてから、常々行きたいと思っていた蔵前は浅草駅の一つ前だということを知った。

蔵前には「カキモリ」という文具店がある。

万年筆や便箋、オリジナルで作ることができるノートなど魅力たっぷりなそのお店の隣に、「ink Stand」という同じくカキモリのお店が並んでいる。そこで、自分でインクの比率を調合して自分だけの色のオーダーインクを作れるという、夢のような場所があると知ってから、ずっとずっと来たいと思っていた。

予約を取り、迎えた当日。

 

グーグルマップを頼りにお店にたどり着くと、 お店の雰囲気はとても穏やかで、働いているスタッフさんの話す声も耳に優しかった。そのおかげで、初めての場所という緊張も徐々にほぐれ、色作りがスタートした。

説明はシンプルで、色見本はあるものの後は何を混ぜたとしても自由。3色で作るということさえ守れば、組み合わせは無限だった。小学生の図工の時間を思い出して、ここからは自分の力量次第だ…と試される感覚にワクワクしていたなとあの時の空気が蘇った。

しかし色の原則を私は全く覚えておらず、なんとなくは分かるけれど何色を混ぜてはいけなかったか、何と何が反対色か、すっかり忘れてしまって途方に暮れた。それでも時間は限られているので、青系、オリーブ色などを試行錯誤し作ってみた。

ところが見本通りの調合をしているはずなのに、同じ色が作れない。そういうものか…と思い、ここは法則を無視して思うまま好きなものを混ぜてみることにした。

 

出来上がったのはワインレッドのような赤系のインク。

どうにかしてオレンジを隠し込みたい衝動に駆られ、難しいことは分かっていながら原色バリバリの「Dried Papaya」というオレンジ色のインクを数滴落とした。さらに2色を直感で選び、混ぜてみると好きなワインレッド色になったので、わかりやすくオレンジが見えているよりも、実は混ぜてある。という方がいいなと思ってこの色を完成形にした。

 

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オーダーを出し、受け取りまでは約1時間。それまでカキモリで万年筆を選ぼうと、お店を移動した。

万年筆で字を書くことは私の憧れだった。いつか、好きなインクで自分の選んだ万年筆でノートを書きたいと思い続けてきて、そしてそれを叶えるならカキモリがいいと決めていた。

やっと来ることができたこのお店で、万年筆を選べるだろうかと楽しみにしながら、いろいろなペン先でいろいろな紙に試し書きをした。

私は左利きなので、そもそも万年筆の構造は向かないという話を読んだ時はとても残念だった。けれど諦められず、まずは使ってみようと思った。店員さんに勇気をだして話しかけると、まさかの店員さんも左利きだった。筆圧の心配や持ち方についての不安を分かってもらうことができて、それに合う万年筆を予算に収まる範囲で教えてくれた。

普段は“紳士なノート”という紙に書いていて…と話すと、すぐに“ああ!”と理解してくださって、名前を聞いてどのノートか思い浮かぶ人に今まで出会ってこなかったから、本当に文房具が好きな方なんだなとシンパシーを感じることができて嬉しくなった。

金のペン先だと、柔らかく書き心地はいいものの、筆圧を強く書くことに慣れている場合は曲げてしまう可能性もあるとアドバイスをもらい、3,500円ほどでお手頃だけど書き心地もいいPILOTの万年筆に決めた。色も何種類かあり、その中からブルーグレーのものを選んだ。

 

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私が書くとインクが出ない。そんな苦手意識もあった万年筆は、実際に手に取ってみるとそんなことはなく、コツと筆圧の加減さえ馴染んでいけば使えるのだと分かり嬉しかった。

万年筆が手に馴染んで、綺麗な字が書けるよう、長く使い続けていきたい。

 

 

念願の万年筆とインクを受け取り、すっかりお腹が空いたので、浅草を目指すことに。

歩けるのではないかと軽い動機で蔵前から浅草までの道を歩き、思っていたよりは歩いたけれどスカイツリーも見えて到着。事前に浅草周辺の気になるお店はピックアップしておいたので、お昼はその中から「神谷バー」という洋食店へ。

1階があまりに混んでいたので2階に上がるとすんなり入ることができ、ハンバーグとエビフライを食べた。懐かしさのある洋食店の雰囲気がいいお店だった。

 

お腹も満たし、続いてはサタデープラスで見た情報を頼りに浅草巡りをすることに。

浅草に行くことを決めてから特集の放送があったので、メモを用意してしっかり番組を見た。染物屋さんに、日本名産品が沢山あるショッピングビル「まるごとにっぽん」、甘味処を巡った。

宇治金時のかき氷は、苦味のしっかりある濃い抹茶に甘い小豆がぴったりで、中からも小豆が出てくるので最後までバランスよく食べることができた。驚くほど山盛りで、食べても食べてもかさが減らなくて、どうしたら…寒い…減らない…と格闘しながら、食べきった。浴衣を着ていなければ、帯で極度の圧迫を胃に受けていなければ楽に食べられたかなと思う。優雅でいることは己との戦いなのだとこの時学んだ。

 

日が暮れる前に、記念写真を撮ろうかと雷門の前で写真を撮っていると、そこそこ離れた距離から声をかけ続ける人力車のお兄さん。断固として視線を向けないにも関わらずめげないお兄さん。

シャッターだけでもいいですという言葉を信じてケータイを渡すと、インカメラのままになっていたらしく、「これ僕が写るんですけど撮っておいたらいいですか」とボケをかまされ、焦って直そうとすると「それくらい分かりますよー」とツッコまれ。確かにそうだ…と翻弄されながら、それでも流石のプロで、立ち位置からポーズの角度まで言われた通りにしたところ、完璧な写真を撮ってもらうことができた。

それから少し話しはしたものの、感じよく逃してくれたので、良心的な人だったなと思う。砕けすぎず、でも相手の懐に入る絶妙なさじ加減のトーク力は素晴らしいなと尊敬する。受け取ったケータイのカメラロールを見返していると、お兄さんのインカメラ写真もしっかりと記録されていた。

 

少し散歩をしたり、たこ焼きだと思ったら練り物という不思議な食べ物をオリーブオイルとレモンで食べたり、「梅園」というお茶屋さんで茶そばを食べたり。今までにないほど盛りだくさんで、しかも効率的な周り方ができた。これもサタデープラスのおかげだなと思う。

まるごとにっぽんで、七窯社というタイルで出来たイヤリングを今日の思い出にひとつ選んだ。浴衣に合うかなと好きな色で選んで、その日のうちにつけて歩いた。帰って来てからも普段着でつけているけど、どんなものと合わせても映えて、お気に入りになった。

 

夏祭りでなくても浴衣で歩くのは楽しいし、大きなイベントがなくても好きなお店や気になるお店をリストアップして行ってみるのは楽しい。

浴衣で歩くのは気力のいることではあったけど、私なりの夏の思い出ができた。

 

もし、グッズ会議で本気のプレゼンをするとしたら

 

いつか考えてみたかった、グッズについてのアイデア。もし自分が企画書を提出するとしたら、ということを本気で考えてみることにした。

イラストなどにしてしまうと著作権が本人についてしまい、仮にでも使用できなくなると聞いたので、ならば言葉だけで表現してみようという挑戦でもある。

 

関ジャニ∞のツアーグッズとして、企画書を提出するとしたら。

1つ目に、コレクション性。

2つ目に、意外性。

3つ目に、男の人も使えるもの。

4つ目に、女の人が嬉しいもの。

その4つの要点で考えた。

 

1.まず、コレクションしたくなるものは必須だと思う。安価でいてクオリティーの下がらないもの。集めるなら場所を取らず使いやすい、なおかつ飾って置くこともできて、用途はその人が選べるものがいいと思い、

  • 缶バッジ
  • フレークシール
  • ポストカード

この3つで考えた。

つい集めたくなる缶バッジは、その丸みとコンパクトさが人気の理由かなと思っていて、デザインも面積が小さいのでロゴのみなどのシンプルなデザインでも、配置次第でクオリティーは保たれやすい。丸いものに惹かれるお子さんの心も掴めるかなと思う。

缶バッジの需要の高さを感じたのは高橋優さんのライブの時で、ガチャガチャになっているグッズの中で最も狙っている人が多かったのは缶バッジなように見えた。実際に自分もこの中で缶バッジが欲しいと思って引いて、1度目で出ず。諦めきれずにもう1度引いて出た缶バッジを今も大切にしている。

 

フレークシールは、小さなお子さんも女性も使えて、学生さんはノートに貼ったり、働いている人でも小さいシールなのでこっそりロッカーの鏡などに貼ることができる。

ポストカードはメンバー写真ではなく、あえてメンバーの映っていないもの。ツアーロゴや、CDジャケットのセットなどをセンスよく撮ったものだったり、ロゴやイラストにして、買った人が写真立てに入れて飾ったり、ツアーに行ってきましたという思い出のお手紙を送ることができるものとして。

 

2. 「手ぬぐい」

手ぬぐい自体用途の自由なもので、物を包んだり、折ってブックカバーにしたりもできる。

関ジャニ∞のファンの方には、これまで出たバンダナやTシャツ、タオルの生地などを使って色んな物を作っている方も多いので、好きな形で使える手ぬぐいは丁度良いのではないかと思う。もちろんそのままでも使えるので、お年寄りの方も、若者も、年齢層幅広く使うことができる。

無限大の柄が散りばめられているだけでも可愛いし、メンバーそれぞれのモチーフや、演奏しているトランペットやドラムなどの柄でも可愛い。

和な雰囲気も、関ジャニ∞に合う。

 

3.男の人も使えるもの

女の人はヘアークリップとして、男の人はネクタイピンとして使える「ネクタイピン」

シルバーかゴールドならどちらでも違和感なく、留める歯の部分を工夫すればどちらにも使えるのでは。

 

そして、「7色のカラーライナー」

蛍光ペンのような平たいペン先で、ラインを引くのに使える文房具。

受験生や学生さんは勉強などで、女の人はスケジュール帳の色分けなどに、男の人もオフィスや自宅で使えるように。

色は蛍光色やパステルというよりも、カラーチャートから新たに作り出すくらいの勢いで作れたら楽しい。そうすると、メンバーカラーだけでなく、その時ごとのシングル曲のジャケット写真のイメージカラーなどで3本セットなどにすることもできるかなと思う。

何のグッズかはっきり分かるものよりも、普段使えて、知っている人が見ると気付くようなさじ加減のものが自分は欲しくなるので、あえて遠回しに関ジャニ∞っぽさが伝わるものにしたい。

 

4.女の人がうれしいもの

「コスメ」

メイクに興味を持ち始めた人にも、メイクをすでにしている人でも、中高生から気軽に使えるものとして、コスメの中でもチークを。口紅やマニキュアだと、成分や肌に合う合わないが分かれてしまうので、比較的に安心感のあるチークがベストかなと思う。おすすめカラーをメンバーに選んでもらい、色はシンプルにピンクやオレンジなどで。

ピンクのチークの真ん中にインフィニティマークが白のチークで入っていればさらに素敵に。ケースは手のひらに収まる小さめの丸型で、持ち運びしやすいコンパクトさ、使い切りやすいサイズにすれば、1つだけでなくいくつか買いたくなる。

キャンメイクやヴィセなどのブランドとコラボで作ることができれば、信頼感もあり安心。

 

 

というのはどうでしょう…

個人的な好みも入ってしまっているけど、こんなものがあったらいいなという自分なりの。デザインで印象が大きく変わるところもあると思うものの、欲しくなって用途の広いものというコンセプトで考えると、こうなった。

想像でも、考えてみるのは楽しかった!ありえないと思うことでも、本気で考えてみるのは面白いなという発見があった。

みね子の目に映るひとたち「ひよっこ」

 

朝ドラ「ひよっこ

毎朝、朝ごはんを食べながら見るのが楽しい。

集中力を切らさずに、こんなに好奇心を持って見続けられたのは久しぶりかもしれない。習慣になって見ているうち、気がついたらもう「ひよっこ」最終回まで2ヶ月を切った。

 

有村架純さん演じるみね子は、言葉にする前に考える聡明さがある。

いつも頭の中で“お父ちゃん、”と語りかけ、心の内を静かに整理する。自ら掻き回しに行くというよりは、受け手の姿勢で、周りで起こる物事にみね子がどう反応していくかが丁寧に描かれていて、静かだけど熱量がある。

人をよく見ているけれど、見下したり知ったような気になることもなく、常にフラットで、物事を淡々と受け止めていく。

出稼ぎに出ていたお父ちゃんが居なくなり、自分が出稼ぎに出る他ないことを悟った時も、ただ粛々と悲しさを飲み込んで受け入れた。なんで?と言いたくなるほど理不尽な出来事に、どう反応して向き合っていくのか。そういう時になにが大切なのか。みね子を見ていると考える。

 

みね子は等身大のまま悩み戸惑うけど、周りにいる人々がその道を乗り越えていくコツをいつもみね子にそっと持たせてくれていた。

島谷さんと別れ、すずふり亭の鈴子さんの前で「鈴子さんの言った通りになってしまいました」と話したみね子に、「嬉しくないよ」と答えた鈴子さんは印象的で、助言は伝えながらも実際にその通りになってしまった時、だから言っただろうではなくそう言える人がどれほどいるだろうと思った。悲しいのに悲しい顔をできずにいるみね子に、「いいよ、そんなに強くならなくても」と言った鈴子さんの言葉も切なくて。

みね子を見守ると決めた鈴子さんはみね子に、家族のため自分を犠牲にしたとしても、自分を捨てずにいる方法を教えてくれていた。

人を思いやることと、人のために自分を失うことは違うと、言葉で教えるのではなくて見せて教えてくれていると思った。

 

お父ちゃんは見つかったけど、簡単には喜ぶことができない状況に直面したみね子に、周りに居たみんなはそれぞれにできるやり方で、側にいて見守っていることを伝えた。その放送回が好きで好きで、何度も見た。

なにも言わず、甘納豆をあーんと言って口にひとつ放りこんでくれた富さん。ばったり出くわし、そのまま黙ってそっとみね子を抱きしめた早苗さん。なにか言いたいけれど、言葉が出ない漫画家志望の二人。

五目チャーハンだからと持ってきてくれた中華屋さん、あんみつ美味しいよと持ってきてくれた甘味屋さん。みね子!と意気揚々とサンドイッチを作って出てきてくれたのに一歩出遅れた感が否めない省吾さん。食べます。いただきます。と言うみね子の声が、暖かさに満ちていた。

早苗さんのハグは見ているこっちが泣いてしまうほど優しくて、なにが必要かを見抜いて自然とそれを行動に移した早苗さんに憧れた。ためらいなく人を抱きしめられる人は本当にすごい。

 

お父ちゃんを迎えに世津子さんの元へ行く直前、愛子さんはみね子に「今日あなたは、お母さんだけを見ていなさい」とだけ伝える。

そこにいるみんなの気持ちを考えるみね子のことだからと、困難な状況に置かれ、間違いなくこれから感情が揺さぶられ混乱することは避けられないけど、それでもせめて、どこを見ていればいいのかを確認して送り出す。その愛子さんの心配りに、なんて思慮深い人なんだろうと感動した。

あの時みね子が気持ちの整理を出来ないまま飛び込んでいたら、お母さんを傷つけてしまっていたかもしれない。状況はより混乱したかもしれない。

 

親ではない人たちとの出会いがどれほど大事か、それを感じられるのが「ひよっこ」だった。

親ではない大人たちに出会い、いろんな人がいて、いろんな人生があることを知ったみね子が見つけたものは、ほかの何にも変えがたいものだと思う。

一人一人、お母さん。お父さん。おじいちゃん。家族だとしても、それぞれに様々な面を持っていて、自分の見ている面が全てではないことを教えてくれている。当たり前にあるからこそ、忘れることがあるかもしれない。親も、親である前に一人の人としての人生があって、街で接する店員さんにも日常があって。それは学校の先生も、テレビに出ているあの人も同じことで。自分が目にする肩書きがその人の全てではないと改めて思う。

 

省吾さんなどが時折見せる、語らないことの大切さを感じる姿勢も心に残る。

知っているとしても、分かっていたとしても、その場で自分が言葉にする必要があるのかどうかを思いに留める節度ある大人の姿が素敵で、見習いたいなと思う。ただ黙っているのとは違う、言うべき時と言わなくてもいい時をきちんと見極める誠実さが本当にかっこいい。

 

大好きなビートルズへの思いを、隠さず抑えない宗男さんの潔さも最高だった。

会いたい!と思えばためらいなくバイクを飛ばして奥茨城から東京の赤坂まで、宿もないのに出てきてしまうその行動力。自分にとってなにが大切で、どうしたいかをちゃんと掴んでいる強さがあって、決めるべき時の迷いのなさは何にも負けない勢いがある。

それって凄いことだと、感動せずにはいられない。宗男さんが居たのは奥茨城で、どちらかといえば流行というものから距離のあるところにいて。それでも最新の音楽に触れて、東京に行くというみね子にビートルズの情報をくれと頼み込み、ビートルズでいっぱいの隠れ家を作って、俺はビートルズが好きだ!と声を大にして言う。

きっと奥茨城村でも、なんでイギリス国旗なんかつけてという人や、なんだかおかしな人だと揶揄されたりもしたかもしれないけど、そんな外の声には目もくれず、大好きなものがあるんだと胸を張って言える宗男さんが眩しかった。

それをあまり干渉はせず、でも見送る時は気分良く送り出す宗男さんの奥さんも素敵だった。

 

歯磨き粉の抽選でビートルズの武道館公演を当てることはできなかった宗男さんの前に、島谷さんの心遣いで置かれたチケット。

しかし宗男さんは、島谷さんとみね子とのこれからを考えて、自分が行くことはせずに、チケットが買えなかった女の子にそのチケットを手渡した。

衝撃だった。一週間の放送を通して、宗男さんがどれほどビートルズが好きで、一目会いたいと思っているのかを知っていたから。受け取って、観に行ってよと未だかつてなく願った。それでも宗男さんは、自分より島谷さんの気持ちを守ることを選んだ。

もし自分だったら、宗男さんのように手渡すことができるだろうかと考えた。観に行ったらいいのにと思ってしまった自分にはまだ、それはできないかもしれない。

 

 

ひよっこ」は一貫して、“見守られて、見守っている”ことの大切さを描いていると感じる。

ひよっこ」を見ていると、素直に物事を受け止めることは弱者ではないし、傷付けようとする感情よりも、守ろうとする感情の方が強いと実感する。みね子たちは悪意のない世界に生きてるのではなくて、悪意をかわしながら生きている。ファンタジーではなく、現実世界でもみね子たちのように生きることはできるはずだと思いたい。

 

お父ちゃんを奥茨城へと連れて帰るために、すずふり亭のみんなに行っておいでと送り出され、さようならではなくて「行ってきます」と言えるみね子は、赤坂にしっかりと根を張ってこられたんだなと感じた。

みね子がこれから、家族との距離をどう考えて、自分を生きていくのかを見守りたい。