ライブステージが終わっても続くNissyからのGIFT -2-

 

始めの方の何曲目かで、ヘッドマイクをつけていて、歌い終わり暗転の中で息切れが聞こえる場面があったのが印象的だった。

Nissyのことだから、あえて長めにマイクをONのままにして、それも演出の一部として考えているのだろうと思う。

炎の出方も、自分が見た中では今までに見ない感じで、火柱ではなく先端にむけて丸くボウッと上がる火だった。水でも、火でも、ライトでも、どれだけの細かさでこだわっているのだろう。

 

「SUGAR」でのメインスクリーンの映像が豪華でギラギラとしていて、シカゴみたいだ…と思いながら観ていた。ブロードウェイにショーを見に来たっけ?と錯覚するくらいの派手さ。

そしてこの曲の醍醐味、“はやくして”の後の表情が、どうしようもなく色男で。ふっと笑って、両腕広げて、やれやれと困った“フリ”をした表情の後に、また涼しい顔して踊りだすから。ギャップどころの騒ぎではなかった。

「DANCE DANCE DANCE」の前に流れた映像では、ホットドッグを食べさせられる場面があり、口元についているケチャップが小さなハートマークになっている遊び心!

でも、画面いっぱいズームにしたりしない。分かるか分からないかの絶妙なサイズ感で、こんな所にまでさり気ない隠し味を入れるか…!!と、その仕掛けに気がつくたび楽しくて仕方なかった。

チアに見惚れるNissyは、もうアメリカの子供そのもの。

 

Nissyといえば!のズバリな紺色スーツ衣装を、アンコールになるまで持ってこなかったのも、粋で格好いいと感動した。

最後まで引っ張って引っ張っての、ファーストシングル「どうしようか?」を歌うタイミングであの姿で登場するところ。最高。

「どうしようか?」で初めてNissyとしてお客さんの前に立った時の映像と、リアルタイムの今の映像をパッとスクリーンに並べて見せた演出が凄く良かった。潔さと言うか、時の流れもエンターテイメントなんだと感じた。

ラストで歌った「My Luv」はアルバムで聴いた時から、これはライブで聴くのがどんぴしゃなんだろうな…と感じて、ついにその時がきたことも嬉しかった。この瞬間のために、ファンのためにある曲じゃないか…と思っていたから。

 

このライブを作り上げるのに沢山の話し合いをしたとNissyはMCで話していて、

“セットのひとつひとつに思い入れがある。ステージの材質とか、ステージ上の看板も…”と言ったNissyには驚いた。ステージの材質を気にするなんて聞いたことがなかった。歌だけでなく、ダンスにも本気で向き合っていることが伝わった。

映像へのこだわりも半端ではない。横浜アリーナに元々設置された中央スクリーンは使わず、LEDのモニターにしてくださいとNissy自身が頼んだという。

見切れる2階スタンドに小さめのスクリーンがあったり、右に左にステージを移動して可能な限り見えるよう配慮してくれていて感動した。


始まりから終わりまで、Nissyの周りだけに重力がないのかなってぐらい、軽やかに踊るNissy。そして指先への神経の通し方。緩急があって、キレだけでもないし、滑らかさだけでもない。感覚的なさじ加減がそのセンスの表れなのだと思う。

Nissyの持つパフォーマンス力でいったら、多分観ている側を置いていくほどのスピードで魅せることだって出来るはずで、ポカンと見つめるしかない見せ方もあるように思う。圧倒的でいられるはずなのに、Nissyの世界観についていける。音楽にのれる。振り付けを一緒にできる。

Nissyの考えるエンターテイメントはきっと、ただ見ていてというスタンスではなくて、一緒にその空間を楽しんでほしいという想いなんだろうなとライブを観ていて感じた。

置いてきぼりにはしないで、引っ張り込む。

だからMVを見ていただけで、ちゃんと振り真似をしたことはなかった自分でさえも、「ハプニング」の振りや「DANCE DANCE DANCE」の振りを、普段の照れなど捨てて楽しめたんだと思う。特に「DANCE DANCE DANCE」は、あんなに粘られたら踊らざるを得ない。

 

一曲一曲が映画を観ているような濃さで、くるくると移り変わる西島隆弘さんの曲に入り込んだ演技を見ていられる時間は、これ以上なく贅沢だった。

エンディングで一人ステージに立ち、長くおじぎをしてから、ステージの階段を裏に降りた先にカメラが待ち構えていて、ハットをカメラへ向けて被せて終わる。この一連の最高のベタさに撃ち抜かれた。ここにきてファーストシングルのMVのラストシーンを重ねてくるところが、敵わないな…と思う。

被せようとしたハットをパッと外して、変顔。へへって笑ってから、もう一度そっと被せて。
スクリーンがハットの影で暗くなって、暗転して、エンドロールが流れ始める。
DVDになる前から会場でエンドロールをしっかり流すのも、すごいと思った。スタッフさんを一人一人として見て、大切に思っていることが伝わってくる。

 

Nissyから感じる魅力は簡単に言葉に出来るものではないけど、夢のような世界だけをみせてくれるのとは少し違う、というところに魅力がある気がした。
夢のようなエンターテイメントを創るのは、魔法のように瞬間的なものではない。沢山の人が関わって話し合い、積み重ね、地道な作業があってこそ過ごせる今この時間なんだと伝えて見せてくれるところ。過程を見せないのではなくて、ここに来るまで、こんなふうにして作ってきたんだよと教えてくれる姿が素敵だと思った。

 

西島隆弘さんは頭のいい方だと思う。一周回って物事を俯瞰している頭の良さ。そして洞察力がある方だとも思う。

物事への賛否だけでなく、どちらでもいいんじゃない?という意見や、それ以外の意見さえも理解していることがすごい。
そして人前に立つことへの安定感があると感じた。すっと芯が通っていて揺るがないなにかがあって、MCでも挨拶でも、そのままで対話する方だなと。MCであんなに、自然体で普通にファンの方とやり取りをしていたことにびっくりした。会場から声は上がるけれど、無法地帯にはならない。それはファンの方のマナーと西島隆弘さんの人柄なんだろうなと思った。

西島さんは相手の空気を察知するのも早い。だから会場全体のテンションを感じ取るのも早かった。

Nissyが30歳としての歳を重ねながらそのまま持っている、好奇心と探究心が旺盛なところが素敵だ。あんなに可愛くイヒヒと笑う人を初めて見た。

 

簡単ではない道を進みながらも、今春にシングル発売を決めて、今回のライブのDVD化という大切な一歩を掴んだNissyなら、次もある。オープニング映像とエンディング映像で意図的に見せた“2020年”の文字は、まだ確かな約束はない中でのNissy自身の覚悟であり、宣戦布告だと感じた。

近い将来、伏線となって繋がる時が来るとイメージできることが嬉しい。

 

ライブが終了して横浜アリーナを後にする時、出口でスタッフのお姉さんから何かを受け取った。

手に持ったそれをなんだろうと見てみると、Nissyからのカードだった。普通の名刺よりも厚いしっかりとした紙に、Nissyの写真。全員が持って帰ることの出来る思い出のプレゼントかなーと思いきや。

裏には“シリアル番号”と書かれた文字の下に謎の文字。

まだ明かされていない、何かに繋がる招待状のようなカードだった。本当に出口をくぐる最後の最後まで用意された、形に残るサプライズ。

どこまでいっても、想像を超えるNissyのエンターテイメントを体感した。

 

ライブステージが終わっても続くNissyからのGIFT -1-

 

Nissyを知ったはじまりはYouTube
そう書き出しで記事を書いてから、約9ヶ月後
「Nissy Entertainment 1st LIVE」に行ってきました。

AAAのメンバー、西島隆弘さんのソロ活動としての名前がNissy(にっしー)
始めはお気に入りの動画として、繰り返し見ていただけだった。時々チェックするとMVが新しく増えていて、やった新しい作品が増えてる!とじわじわ喜んで。
そしてMVを見るたび、やっぱりこの人のセンスが好きだ…と感じていた。
アルバムが出ると知って、初めて自分で調べてCDを注文。MVが揃っているDVDが出るなんて買うしかないと思って。

でも、ライブに行って自分がNissyの歌声を直接聴ける日がくるなんて想像していなかった。
どんな経緯で作られたのかも知らないまま映像に出会って、西島隆弘さんのこともよく知ないまま、Nissyとしての作品がなんだか好きで、ホームページも見たけれどまだミステリアスで。謎の多いまま。
だけど、歌をいつも聴けるようにしたい。部屋にNissyのCDを置きたい。という衝動から手探りで調べて手にしたアルバム。
そんな始まりから、ライブに行ける日がくるとは。
この距離感で応援している自分ではその資格がない気がしたし、ここからで充分だと思っていた。画面の中のまま、なんとなく気に入ったままの気持ちでいると思っていたから。そう思っていた私に、まさかの声をかけてくださった方がいた。その方のおかげで私はNissyファーストライブを観に行けることになった。


触れたことのないエンターテイメントだった。
日本に居るのに、海外アーティストのライブのようで、でも緻密で丁寧で。“粋”を徹底して貫いたパフォーマンス。
3時間越えのステージ。スクリーンに映されるカメラのアングルから何から全てに強いこだわりを感じた。
会場のアリーナに入った瞬間から、そこはもうNissyのつくるオンステージで、それは始まりから終わりまで。おもてなしの嵐。

ライブ開演前、客席をランダムに抜いてモニターに映す仕掛けがあった。今まさに流行りのカメラアプリみたいに、お客さんの顔を認識して加工がついて、タイガーマスクだったりおもしろメガネだったりが付けられる。その度に楽しい笑いが起きていて、待つ時間さえおもしろくなるようにしているんだなあと感動した。
なんだかそのカメラとモニターの使い方が、海外のスポーツ観戦のハーフタイムみたいで、こういう所に感じるNissyらしい海外の雰囲気が好きだと思った。

考えて考えすぎということはないNissyがプロデュースするエンターテイメント。そこまでは考えてやってなかった…なんてことがない、全て考えて、緻密に計算し尽くされたステージ。楽しすぎるに決まってる。
ライブの中盤にあった、MCとも違うサプライズなコーナーには驚いた。
Nissyがはけた後、スクリーンが二分割になって、右半分は客席を。左半分はトーク画面のようなものになって、「トークしよ!」とメッセージが吹き出しで入る。Nissyとコール&レスポンス的なことでもするのかな?と思っていたら、想像の遥か上を行った遊び心だった。
メッセージが出るまでの間、カタカタカタというタイプ音がしていて、どうやら本当にNissyがリアルタイムで打っているようだと気づいた、あの時の驚き。客席の中からファンが1人ずつ選ばれて、Nissyと間接的にやり取りができる。それも一度でなく何度かチャンスがある。事前にセッティングされたものではない証に、その子のリアクションにいち早く反応していたり、ツッコミをいれたり、タイプミスをして打ち直して、「タイプミス」って送るNissy。リアルがすごかった。
しかも、そのやり取りにファンの子が答えたお礼に、画面上に映し出されたNissyとのツーショットと、Nissyからのご褒美が。その映し出される位置にズレがほとんど無かったのも驚きで、合成って距離がズレていて届いてなかったりするのが残念ポイントだったりするけど、どうしているのかスタッフさんの技術なのか、ちゃんとツーショットでよしよしだったり、ハットを頭に被せてあげたり、ほっぺにキスだったり出来ていたのが凄かった。

新鮮に感じたのは、オープニング映像でダンサーさんのそれぞれの写真と名前をピックアップして紹介するパートがあること。その流れの延長線上にNissy自身もいるのが良いなと思った。同じステージに立つダンサーさん、そして支えるスタッフさんのことを、一人一人として見ていることがオープニングとエンディングの映像から伝わった。

演出について話しだせば、こだわりを感じた良いところなんて全部なんだから全くきりがないのだけど、大きく分けて3曲挙げたい。

「Aquarium」
シングルをCDで持っていないから、ライブパフォーマンスで初めて聴いた曲だった。少しこわいくらいの悲恋な歌とその演出に、ドキッとさせられた。
Nissyが歩く先にある、なにも変わらないように見えていた中央ステージが、Nissyと白いワンピースの女性が踊りだして初めて、2人の足元に水があると分かって、浅いプールのように水が張られているのだと気づいた時の驚き。
曲中、Nissyが水を蹴り上げた。その水の飛沫が綺麗で、釘付けになった。遠くから見ていてもそこに水があると理解できる見せ方で、凄い。
そこに躊躇なく仰向けで倒れこむNissy。
水の演出を使って、ここまでがっつりと濡れている演者さんを初めて見た。次の展開を心配するなら避けそうなことを、やってのけていることがすごいと思った。
ストーリーは進み、想い焦がれても届かないまま、彼の前を無情にも女性が通り過ぎ、彼が絶望の表情を見せた瞬間、後ろにそのまま身を落とした。
暗闇に落ちていく姿が、頭では演出と分かっているはずでも、ヒヤッとした。客席から聞こえたうっすらとした悲鳴も、あまりのリアリティーだったからだと思う。空気に飲まれて、花道だったはずの床がいつの間にか奈落になっていたことに気がつく隙さえなかった。流れのまま倒れこむNissy自身も、スタッフさんも、信頼関係が出来上がっていなければ出来ない演出だったと驚かされた。
そのままジャボンと水に落ちる音がして、メインスクリーンに映像が流れる。気が付くとNissyはセンターステージに立っていて、「テレパシー」を歌う。ひとつひとつの流れに一切無駄がなかった。

「ワガママ」
花道先の中央ステージが上がって、曲の大サビでフッと音楽が止まり無音になった。
ワンフレーズをアカペラで歌い、音が戻る。 “声だけを” 聴けた瞬間だった。静まり返ったアリーナに響くNissyの歌声が耳に真っ直ぐ届くようで、すごい浸透力だった。
モニターに映像が映り、パチンとNissyが指を鳴らすと、アリーナの天井全体に星空が広がった。キラキラと反射していて、わあっと歓声の上がる会場。自然と自分も天井を見上げていた。

「GIFT」
ニット帽をかぶって冬の服装に身を包み、セルフィーカメラを持って登場。実際にそのスマホカメラの映像が、スクリーンに大きく映し出されている。花道の先まで持って歩いて、まさかのステージ下に降りるまで、セルフィーで本人が撮っていて。
今回のライブで個人的に最も刺さった演出が、Nissyがカメラごと下に降り、しばらく暗い中を進む様子が映されたと思ったら、花道の下の真っ暗なトンネルを電飾で飾り、イルミネーションに変えて、後ろを指したタイミングでパッと点いた、光のトンネルを見せる演出だった。
移動って、本来は見せずに事前に撮られた映像で繋ぐものという固定概念があったから、花道の下を映すなんて魅せ方があると思わなかった。その演出に胸打たれて、やっぱりNissyは好奇心に溢れたサプライズを忘れない人だと尊敬せずにはいられなかった。
メインスクリーンの映像も、沢山のカラフルな水玉に雪の結晶が浮かんでいるという可愛らしさ。そこにフレームがあって、映るNissyの笑顔。
そして曲の最後には、MVの景色をまさかの大きなボックスの中に本人が入り、その様子をカメラで映すことで再現。MVと同じようなイルミネーションの景色の中で、Nissyが楽しそうに歌っている姿は、それはもうキュートで。
ライブの中で見るNissyはアンニュイだったり、スタイリッシュだったり、七変化どころではない変身っぷりに、振り回されっぱなしだった。

曲の構成で想うエンターテイメント《後編》

 

アコースティックコーナーがあったことも、自分にとっては目から鱗だった。

バラード曲はセットリストに入らないことも多い関ジャニ∞のライブは、傾向として勢いが止まる可能性があるバラードやスローテンポはあえて外しているのかなと思っていた。だからここで、お客さんに座ってもらって、しっとりとした雰囲気で聴いてもらう時間を作ったというのは思い切った挑戦だったのではと思った。

しかも、披露する曲が公演ごとに変化する。そのバリエーションは5曲。この日はこの曲を弾こうと入れ替えられるほど、板についている曲があるということが格好よかった。あえて音数少なくシンプルで、落ち着いたアレンジ。大倉忠義さんはいつものドラムスティックからブラシへ持ち替え。渋かった。

どの曲も聴きたかったけど、聴けた中で「CANDY MY LOVE」と「ツブサニコイ」は特に耳に残った。その二曲のなかでも、「ツブサニコイ」はいつものバンドで情熱的に勢いをつけて演奏しているのもいいけれど、ゆったりとスカのテンポで歌うのがすごくしっくりきた。

歌詞の優しさとマッチしていて、そこに渋谷すばるさんのスイッチが入って、甘ーーく「好きだよって…」なんてカメラ目線で歌うものだから、そりゃあドーム揺れるわ。しかも自分でやっておきながら、我慢できなくて照れてしまって、うつむき気味にふっと、本当に微かにふっと笑うから、ドーム全体更に激震。あれはだめ。あれはやっちゃダメだ。男の本気の照れは可愛すぎる。

すこしピントがボケ気味な画でそんなことになっているから、情緒ありすぎて、ときめきで破裂するかと思った。

 

「ハダカ」は知れば知るほど、シンプルな良さと意義深い良さが同居する曲だと思う。CDで聴くのとは違う意味を、ステージに立ってこの曲を披露する2人を見て、感じた。横山裕さんが作詞、渋谷すばるさんが作曲で2人のコンビ曲となった「ハダカ」の演出は、中央ステージがせり上がって背中合わせに立つ2人が見えてくる。2人揃ってカメラ目線を決めた後、すこし距離の離れた2つのボックス型のステージ上に立つ。

インパクトが凄いのは、タイトルの通り衣装がほぼハダカなこと。新聞で作られたズボンに、それぞれ上半身裸。鍛えられているのが分かる証拠に、数メートル離れていても、暗がりでも分かるほど腹筋がバッキバキ。割れてる。板チョコ。

見た目のインパクトもあるからそちらにも目がいくけど、「ハダカ」は、実際に人前に立つアイドルとして生きている2人がこうして歌っていることに意味が込められていると、見ていて感じずにはいられなかった。


身に纏うものほとんどなく、視覚的にハダカでいること。そしてステージに立つという意味でハダカでいるということ。その重みと、覚悟と。

沢山の人の目に触れるから、沢山の人を元気づけることができる。でもそれと同時に、洗いざらい剥がされハダカにされることもあるリスクに晒されながら、それでも見える所に立ってくれている。それがどれだけの葛藤のなかでの輝きなのかと思うと、語るには難しすぎる思いになった。

もちろんそれでも選んでくれているのは彼らで、やりがいがあるからそこに居てくれているのだとは思うけど、ステージに立ち続けることが簡単ではないことも、彼らが人として生きていることも、忘れたくないと思った。

 

 

曲が終わり暗転して、次は何が起こるのだろうとドキドキしながら着席すると、流れてきた映像。

シングルの特典映像として入っていたセッションと同じベース音が聞こえてきて、まさか?と思っていると頭で考える暇なく画面いっぱいに「ARE YOU READY?」の文字。この瞬間の、何が始まるかなんて分かっていないけどとりあえずイェーイ!!と叫べる高揚感が最高に楽しかった。みんな何か分かっていないのに、関ジャニ∞のすることなら何がきても返す、みたいな一体感が凄かった。

「Tokyoholic」東京公演ではタイトルさえなく、「2015.10.25」と表示されたこの曲。歌詞がついているこの曲をはじめて聴いて、大きく縦横無尽に映し出される歌詞を目で見て、ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

東京で聞くにはあまりにも挑発的で、挑戦的だったから。なんかもう、ここ東京だよね?ドームにいるお客さんも関東の人多いよね?え大丈夫?と見てるこっちがハラハラするぐらい、東京をディスりまくる歌詞。

でも。曲を最後まで聞くと、そんな強気に出てみながら “ I don't like you …” と言い続けて、はじめは東京が嫌いだと言っておきながら、最後にくるのは “ I can't hate you Tokyo! ” の英文。やっぱり嫌いになりきれない東京。まだやりたいことがあるからここに居ることを選ぶ東京。虚勢を張ることさえカッコ良く見せる関ジャニ∞ってなんなんだ。

曲と歌詞については、「なぐりガキBEAT」で音源化されてから書くことにする。

 

 

今回セットリストは、ラスト二曲がバンド。

「象」と「NOROSHI」だった。

オープニングで一曲目に歌った曲を、バンドとして再度歌うその意図も、考えずにはいられなかった。

特効の炎も霞むぐらいの熱量で、演奏して歌う関ジャニ∞の背中を目に焼き付けようとずっと見ていた。大サビへと強くなる語気で、渋谷すばるさんが “足跡のない道を ゆけ” という歌詞をシャウトする。その声と表情が、耳と目に焼き付いて離れない。

個人的にも嬉しくて仕方なかったこの二曲。しかも続けてラストに歌うとは想像もしていなくて、そんなことがあるのかと雷に打たれたみたいだった。2つ前のツアーで披露した「象」を、このスパンで歌ってくれるとは思わなかったから。

いつか聴きたい。そう思っていた生で歌う関ジャニ∞の「象」を目の前で聴けていることが信じられなかった。それと同時に、高橋優さんのライブチケットを取っていてよかった!と心底思った。どちらも聴く機会があるなんて、贅沢すぎる。

高橋優さんも、今ツアーの真っ最中で、アルバムにセルフカバーの「象」が収録されている。きっとライブでも歌っているであろうこのタイミングで、時を同じくしてスタートした関ジャニ∞のツアーで、リンクするように「象」を歌う粋さが、大っっ好きだと思った。

 

 

ライブのMCや、大倉さんの締めの挨拶を聞いていて、感じたことがある。

見ている側が想像している以上に、見ている側の思いは本人たちへ生々しく届いている。

沢山の。沢山の、いろんな思いも意見も耳にして受けとめながら、今の関ジャニ∞を守って、つくっている。これからの関ジャニ∞を誰よりもメンバーが大切に思いながら。

“ハダカ”であること。

きっとこんなに大変なことはない。それでも彼らが見える所にいてくれるから、勇気づけられて、明日を踏み進めることができる。

今年の夏にまさかの5大ドームという発表があった関ジャニ∞。しっかりその姿を観に行くため、私も明日をがんばりたい。