映画「味園ユニバース」食わず嫌いをせずに観てみて本当によかったという話

 
映画の公開当時、メイン写真として使われていた、縮こまって座る渋谷すばるさんとスイカを美味しそうに手に持つ二階堂ふみさんの写真を、映画館で照らされた大きなポスターで通りがかりに見て、あ…なんか好きそう。と感じたのが、「味園ユニバース」の第一印象だった。
 
二人の醸し出す空気感と距離感になんだか惹かれて、観ようかなと一度は思ったのに、結局は暴力シーンがあるのはこわいという理由から、観ないままでいた。
 
 
先日ふと思い立ち、観てみようと借りてきた。
 
 
 
 
借りてきた自分、グッジョブ。
観てよかった。観ないままでいてはもったいないどころじゃない映画だった。
 
 
ストーリーについて触れるので、内容はまだ知りたくないという方は、観てからをおすすめします。
 
 
宣伝に使われている写真や渋谷すばるさんの風貌から、男くさいロックなイメージの映画なのかなと思っていたのが、完全なる先入観だったと観終わった今は思う。
とても繊細な、やさしさのある映画だった。
 
 
 
渋谷すばるさんの演じるポチ男がこんなにも愛らしくて、二階堂ふみさんの演じるカスミがこんなに可愛いなんて知らない。
 
もうなにから言ったらいいだろう、なんて言ったらいいだろう、そりゃあ海外にも行きますねというほかないくらいに、胸を打たれた。
 
 
記憶をなくしたポチ男は、従順な仔犬のようにカスミの後ろをついて歩き、店の手伝いをしてご飯も作る。自分が誰なのか分からないから、自分に関係があると思った物は集めてダンボールにしまう。
“これまで” の自分が無いから、その時その時の直感的リアクションで、答えて、考えて日々を過ごしていく。
 
カスミにも止まった時間があって、平然としながらも埋まらない思いに蓋をして生きている、普通の女の子だった。頼って甘えられる親が側にいない状態で、認知症のおじいちゃんと共に暮らす重圧と、理不尽さは相当なものだと思うのに、映画の中でカスミは、自分の置かれた境遇を嘆かない。なんで私が、って爆発したって誰も責めないのに、“ウチの世界はこれだけで足りんねん” と4本の指で数えられる世界をポチ男に話した。
 
 
カスミの淡々としながら、諦めているわけではない生き方が、最高に格好いいと思った。
 
人をよく見ていて、どこの誰かも知らないようなポチ男を拾って居場所を作ってあげるような世話焼きで、「しょーもな」ってすぐ言うけどそれは照れ隠しなのが見え見えで。
二人の関係性が凄く好きだ。「ありがとう」をちゃんとタイミング逃さずに言うところも、「うん」とすぐ返すポチ男も。
 
ポチ男の素性が分かったその日に、ポチオと2人スイカを食べながら話すシーンは、ポスター通り、素敵なシーンだった。
スイカの種を飛ばしてるのに、遠くに飛ばそうと頑張るあまり、実まで飛び始めていたのも面白かった。カスミが立ち上がってポチ男も応戦したのは、 カメラが追いついてなかったからアドリブだろうか…
 
ポチ男に、なんの躊躇いもない風に嘘をつくカスミは、思った通りの行動にも思えたけど、意外な行動にも思えた。そこだけは腹を割って話せない。居なくなってほしくない気持ちが強く出たんだなと見ていて思った。
 
 
私が一番好きになったシーンは、
カスミの店を手伝いはじめてすぐに、小さなゴミ箱のごみをビニール袋を持ち歩きながらひょいひょい入れていくシーン。
スタジオから聴こえてくる歌を覚えて、なんとなく口ずさむ、あのポチ男が愛くるしくって大好きだ。「なんか覚えた」とカスミに答える言い方も、背中を丸めながらごきげんな歌声も。それを見てるカスミの視線も。
 
 
撮影で大変だったのは、渋谷すばるさんの歌唱力をどこまで爆発させて、どこで押さえるかのさじ加減だったんじゃないかと思った。歌で圧倒する役だからこそ、鼻歌やカラオケで練習するシーンでの本気度は、難しかったんじゃないか。そう思うと、記憶を失いながら、歌えることだけは覚えている状態の演技への感動が増した。歌った時の迫力と対比するためか、話している声はボソボソとしているのがよかった。
 
 
バンド仲間が、ポチ男は何を歌えるのかとカラオケで探るシーンで、松田聖子さんの「赤いスイートピー」を完全に聴きたかっただけであろうメンバーがリクエストして、素直に歌い上げたポチオにメンバーである彼が言った、「ありがとう」の台詞が心に残った。
その後のポチ男の表情も、印象的だった。
 
“歌う” ことの意味が、そこに凝縮されているようで、私は人前で歌う側ではないのに、そういうことか。とスッと納得がいった。
音楽プレーヤーから聴くのではなく、自分で歌うのとも違う。歌声には、理屈抜きの力があるんだとあのシーンを見て思った。
 
 
ポチ男がレントゲン写真を「これ…ほしい」って言うところもすごく好き。もう要は一挙手一投足が可愛い。可愛いで合ってるのかわからないけど、記憶を失って牙を抜かれた状態のポチ男は、余計なことがなんもなくていい。なんか落ち着く。カスミもそんな気持ちだったんだろうか。
 
ポチオノートを作ったカスミのシーンもいい。ポチ男に書かせるんじゃなく、カスミが書いちゃうところがいい。めずらしく年齢に合ったはしゃぎ方をみせるカスミを見つめて、「絵、ヘタやなあ」ってボソッと言ったあとに肩にグーパンチされて、「いてっ…」ってさらに小さな声で言うのがいい。
 
 
カスミが雑におっさんと呼びながらも大切にしているバンド「赤犬」の、ブルージャケットを身にまとい渋い表情でコーラスをするリーダーのおもしろさも好き。あの人いい人。
 
カスミの周りにいる人たちの、おせっかいじゃない距離感でそれぞれ気にかけ合って側にいる感じがいいなあと思った。関西の空気感もあると思う。
 
予告では、二人同時に背中を壁について、「しょーもな」って言っている映像があって、それがすごく好きだった。関西弁に詳しくないのに言っていいのかわからないけど、関西弁には意味をあまり含ませずに言える“中間言葉”みたいなものがあるのがいいなと思う。
 
 
ポチ男の過去については、茂雄は間違いなくクズだった。忘れたままでいたらよかったのにってカスミの立場になって思ってしまった。だから、最後の方でのカスミの行動は少しわかる気がした。下手したら死んでるから手荒いなとは思ったけど(笑)
 
記憶を一度失って、まともな時間を過ごしたからといって普通に戻れるとは言えないけど、最後のバンドシーンでの笑みも自然なことに見えた。根っから音楽が好きな人なんだ、音の中に居たら思わず笑みが溢れてしまうんだろうな。
 
 
 
記憶はややこしいな。「味園ユニバース」を観て思う。覚えていてほしかったり、忘れたかったり、逃げたかったり。過去があることはしあわせなのか、ちょっと考える映画だった。
 
書きだしたら、全部のシーンに愛着があることに気付いてしまったので、私はきっとDVDを買うのだと思う。映画のDVDは普段あまり買わないのに、これはレンタルだとしても何度も借りるんだきっと。
 
初めはこわいからと観ずに通り過ぎようとしていた映画を、観てよかったと心底思う。
味園ユニバース」最高でした。