文学フリマの出店位置が決まりました!

 

11月24日に参加する「文学フリマ

ブース位置が決まりました。

 

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ト-32』です。

入り口から左手、3本目の道を奥に、左手側にあります。

 

「大阪滞在記」のあらすじはこちら

大阪が好き。そんな思いから、大阪・中崎町という町で、十日間のひとり暮らしを決行した。

ウィークリーマンションでの生活、商店街で食べるプリン。一等星のような憧れの存在の影を追って、嵐山・天満・関空…様々な景色に触れて、いくつもの感情が湧き起こった。

今しかないと行動したあの夏。ずっと覚えていたいと思った時間を、あるがままに書き綴ったエッセイ。

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持ちはこびやすさと、本棚に並べた時のフィット感を考えて、文庫本をつくりました。

初めて“本”という形にすることができたエッセイ。紙の重み、マットな質感の表紙、手にとってみてください。

 

 

第二十九回文学フリマ東京【入場無料】
2019/11/24(日) 11:00〜17:00
・会場: 東京流通センター
・詳細: https://bunfree.net/event/tokyo29/

場所は、東京・平和島

東京流通センター 第一展示場

東京モノレールの「流通センター駅」で降りると、駅から会場まですぐです。

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入場料は無料です。文学フリマとは、“自分が文学と思うもの”をそれぞれ持ち寄るイベント。沢山の本が並びます。

 

今は、カバーを折り本に付ける作業も終わり、ディスプレイや、会場で配布するための冊子についても準備が整っています。

気づけば11月。なんてことを思っていたらもう今週末!

もっと冊数を増やしたほうがよかっただろうか、ディスプレイはこれでいいだろうか、初参加のイベントに内心てんやわんやですが、当日どんなことが起こるのかと楽しむ心持ちだけはバッチリです。

11月24日、お気をつけていらしてください。お待ちしております。

 

リキュールをひそめた甘いボンボン - King&Prince「Moon Lover」

 

三日月の夜 窓を開けたら

片目を閉じて薬指で

満月になるように 優しく書き足せたら

どこへでも駆けつける 君の元へ

 

月夜に用意された二人きりのパーティー

かろやかに優雅にいざなうその歌声。King&Princeが歌うジャズの魅力に酔わされている。

心弾まずにはいられないメロディーと、ボーカルの際立つジャズの世界観。

 

はじまりの歌詞で、すっかり心を掴まれた。

美しい言葉で、一編の詩を読んでいるよう。月をなぞるなら人差し指でもいいはずなのに、薬指でと言われるところにドキッとさせられて、三日月が満月になるという描写は“指輪”の比喩なのではと感じられる。

薬指に降りた満月は、恋人の証なのか約束の証なのか。

そう考えはじめると、“優しく書き足せたら どこへでも駆けつける 君の元へ”の言葉がより一層紳士な言葉になる気がして、素敵だと思う。

 

高橋海斗さんの歌声が光る曲だと感じたのもこの曲を好きになった理由で、“どこへでも駆けつける 君の元へ”のパートは“君の元へ”の弾み方がとてもいい。

高橋海斗さんの歌声には、ダンスの振りが想像できる音の動きがあって、バックステップを踏むように踊る様子が思い浮かぶ。

 

King&PrinceMoon Lover

作詞:亜美さん 作曲:山本玲史さん

この曲が収録されたアルバム「King&Prince」には、「シンデレラガール」にはじまり「Memorial」から「Naughy Girl」と、プリンス感溢れる曲から、セクシーな曲調も成立することを早々に見せつけたKing&prince(キングアンドプリンス)の可能性が満ちている。

その中でも、私はこの「Moon Lover」をどうか一度聴いてみてとすすめたい。

 

 

その甘さを例えるならば、アルコール入りのクリスタルボンボン。

ブルーにホワイト、ピンクのまあるいアメが敷きつめられたきらびやかな小箱。

僕と淡い甘い恋をしよう

夜が明けるまでそばにいるからさ

流れ星集めてグラスへと

どんな味の夢を見よう

ロマンスはたっぷりだけど、どこか夢のように消えてしまいそうな儚さが漂う。

私がこの曲を聴いてイメージしたのは、異国で暮らす絵描きと女の子の恋物語だった。 ジェントルマンな振る舞いも、“描くよ”と出てくる歌詞も、そして“忘れないように”と語る意味深な言葉も、パリのような街並みのなか、とあるアパルトマンでキャンバスを前につのらせる恋心と照らし合わせるとぴったりくる気がして。

 

夜更かしばかり させられないね

たまに問いかけるかもしれない 

このパートを歌う高橋海斗さんがさらに最高で、音の弾みのつけ方、クレッシェンドの作り方が素晴らしい。

あえていたずらっぽくするような質問に、“かもしれない”と付け加える描写がたまらなくて、見透かされた微笑みで翻弄される掴めなさがいい。

 

「Moon Lover」を知ったのは、フジテレビの番組「RIDE ON TIME」のKing&Prince密着で映ったライブ映像で、ほんの一瞬見えたこの曲の演出に釘づけになったからだった。

聞こえてきた楽器の音色はジャズの雰囲気で、ステッキを手に持ちダンスを踊っている…!しかも脚を交差させて優雅に踊るステップはチャールストン

ジャズの雰囲気の曲を歌うからといって、ライブ演出がその雰囲気に合わせたものになるとは限らないとわかっているから、よくぞここで王道を貫いてくれたと、惜しみなく観せてくれてありがとうございますという気持ちになった。

この演出の素晴らしさに心奪われ、アルバムを聴いて、見事にハマりエンドレスで聴くことになる。

 

効いているトランペットにしっかり息を合わせるドラム。

落ちサビ前のベース(コントラバス)の効いたメロディーと声が際立つ演出に心ときめく。ジャズの曲調は、その人が持つ声質がくっきりと浮かび上がるものだと感じるからこそ、ジャニーズでも各グループがジャズ調の曲を歌うたび、注目せずにはいられない。

 

「Moon Lover」はまさにKing&Princeの一人一人の声がジェントルに響く。

神宮寺勇太さんはストレートに紳士な声色。聞き取りやすい発音によって、曲のはじまり物語へのエスコートが美しい。

高橋海斗さんの声が無邪気さとかろやかさを表して、岸優太さんの声が霧をも晴らすような風を吹かせる。1番の歌詞の神宮寺勇太さんのパートから高橋海斗さんのパートへの移り変わりがあまりに自然で、聴き分けが難しいほど2人の声に段差がなく、ぴったり合っていた。

平野紫耀さんの声が、前に通るというより広がり浸透していく落ち着きのある声なことで、曲の空気感はグッと大人っぽさを増す。永瀬廉さんの声はシックな声質でありつつ、高音になってもキンとならない丸みのある声。ラストの平野紫耀さんのパートには、東山紀之さんイズムが感じられた。

神宮寺勇太さんの声がバランスをつくり、高橋海斗さんと岸優太さんの声が爽やかさで突き抜けていく高音域を担って、平野紫耀さんと永瀬廉さんの声が落ち着いた雰囲気を作り出す低音域を担う魅力を味わえるのが「Moon Lover」

ジャズのボーカルはあまり声を張らないからこそ、低音をキープしたままで雰囲気を出して歌い上げるのが難しいはずだけど、それぞれに魅力の溢れるボーカルになっている。

そして全員揃って歌うユニゾンでは、すっとひとつの線になる。

 

「Moon Lover」を聴きながら歩くだけで、一気にイルミネーションの世界に満たされた気分になる。

甘いお酒は酔いやすいから気をつけてと言うけれど、可愛いふりしたクリスタルボンボンをひとつ、またひとつ口にはこんでしまう。そんな魅力を感じる一曲だった。

 

照明、演出の視点で感じた「忘れてもらえないの歌」

 

舞台「忘れてもらえないの歌」では、照明の効果に驚き、セット転換や美術のすごさにも驚いた。

ステージの両サイドにあるセットが、ルーレットのように回転することで、闇市のシーン、デパート屋上のシーンなどの場面展開をしていて、大きく移動させずにセットそのものをその場で回して景観を変える大胆さにワクワクした。

俺節」では、二階建ての大きなセットごと動かす演出にびっくりした。今回は、ガルボの内装からバンドステージのつくりなどの横の空間の使われ方と、階段などの縦の空間。さらには壁面の色彩で観せる方法に魅力が満載で、一度では目が足りないと思うほど。

わずか数分で回転してしまうにはもったいないほど、両サイドのセットが丁寧な造りで、埃っぽさや年季の入った物の表現がすごい。これほどまでのセットを場面ごとに作り込んだ舞台美術さんのお仕事に感動した。

暗転の中、舞台右上にあるオケピに光る3つのオレンジの明かりが夜空に見える星みたいで、どんなに物語が不穏に進もうとも、心細くなかった。

 


レコード、JAZZ、そこに欠かせないのは蓄音機。

物語の年代が進むのに合わせて、3段階で舞台の右側に置かれている蓄音機も移り変わっていた。

始まりは、ゆりの花のようなラッパ部分の蓄音機。次は、フチが丸い型の蓄音機。最後に、蓋を開けるタイプの内蔵型の蓄音機。

針を落とす音、ぷつっつーと流れはじめる音楽には、えも言われぬ風情があって。くうーっとなる。

 

ガルボのシーンでの照明は、とびきりムーディーで、まさにダンスホール

しかしデパートの屋上シーンでは、白熱電球のようなぺかーっと明るい照明で、同じ舞台上なのに全く違う空間が目の前に広がることに驚いた。

ステージを照らしている事実は同じなのに、全く世界観が違う。

後半のシーンでも、滝野にインタビューをしている記者から、思い出はセピア色にしてしまえば楽しく…と言われた彼が、フッと左側の階段を見ると、仲間たちがセピア色のライトに染まって、またね、じゃあとあっけらかんと手を振る。フッと顔を下げて暗転。どうです?思い出しました?と聞かれて、一度背を向け、眼鏡の向こうを両手の指で拭い、思い出せませんと言い切る。

あのシーンのセピア色は本当に綺麗で、さっきまてカラーで見ていたはずなのに、カラフルだった麻子のワンピースもセピアで、照明だけでこんなふうに見せることができるんだと感動した。ディズニーランドのショー、ワンマンズドリームを思い出していた。

 

 

もうひとつ演出で印象的だったのは、

舞台が始まってわりとすぐに、役者さんが弾く楽器の音を出してるのはここにいる演奏者さんですよーという種明かしをしていたところ。

ベース担当の瀬田を演じる大堀こういちさんが「俺の分身が!あそこに!」と言って、オケピを指差す。弾こうとする!けど弾かない。けど弾く。みたいなやり取りがあり、本編の最中にあえてオケピに注目してもらう時間を作るところに演奏者さんへのリスペクトを感じた。

こういう事をメタ的と言うのかわからないけど、「忘れてもらえないの歌」の楽しみかたを始めに伝えてもらえるのがよかった。

それによって、役者さんを見ることも演奏者さんを見ることも、気を使わずに自由な視点で楽しむことができた。

JAZZにロカビリーに、生演奏を浴びる。素晴らしくて、JAZZをこんなに贅沢に聴いてていいんでしょうかと思うほど。ジャズバーに行く憧れが少し叶った。

音楽シーンだけではなく、場面転換などの効果音も弾かれていたりした。楽器を置くには広いとは言えない空間で3時間以上座って、いつでも弾けるスタンバイをするというのはただ事ではない…

素敵な演奏でした。ありがとうございましたと気持ちを込めて、カーテンコールは拍手を送った。

 


鉄山が経営するクラブで、東京ワンダフルフライか、オニヤンマたちか、どっちが演奏するかを決めるシーン。

カラフルなワンピースを見にまとったオニヤンマチームが可愛くて、この年代のワンピースが好きだと改めて気づいた。

華麗に決めるオニヤンマたちに対抗して、「シングシングシング」の日本語歌詞を滝野である安田さんが手足バタバタさせて軽快に踊っているのがよくて、JAZZのなかでもきた!とテンションが上がるこの曲を、安田さんの歌声で聴けたことが嬉しかった。

「忘れてもらえないの歌」は、安田さんがメインボーカルなわけではなく、バンドのボーカルとして麻子がいて、時たま訪れる滝野のボーカルチャンスにグッとくる。

結果、ボスの鉄山が選ぶのは流行最先端のオニヤンマたちではなく、ちょっと時代遅れとされる東京ワンダフルフライで、お客たちはちょっと懐かしいくらいの曲を聴きたがって来るんだと言ったことが印象的だった。

鉄山の見極めは経営としてきっと正しくて、最先端ではなくなり、演奏者も減っていったあの時代は、JAZZを生演奏し続けていた人たちにとって向き合うことになったつらい現実なのだろうと思う。

 

良仲と滝野が演奏後に外で言い合いになるシーンで、メンバーみんなもジャケットを着ていない白シャツ状態なのがよかった。ウエストに太いベルトもちゃんと着けていて、背中も見えるので後ろはああやって留めているのか!と発見もあった。

結ばないままのリボンタイが襟元に掛かっていて、いいなと思いながら見ていた。どこで何度見ても、あの状態からリボンの型になるのが信じられない。ネクタイよりも不思議。

 

 

「忘れてもらえないの歌」は演奏シーンが多く、それを裂くように台詞が入る演出が多いため、ピアノを担当している井高さんは常に役者さんの息を見て、手で演奏バンドメンバーに合図をしていた。

物語の終盤、ガルボで滝野がギターを鳴らす時。

ギターを持ってしゃがんだまま右上を見上げて、タイミングのキューを出すバンドマスターの、ピアノの井高さんにほんの一瞬の目配せをした。すかさずキューを振る井高さん。目を見張る阿吽の呼吸で、かっこいい…と息を飲んだ。

バンドは5人編成。東京公演はピアノ井高寛朗さん大阪公演のピアノは田中和音さん。

サックス・フルートに大内満春さん、大石俊太郎さん。ギターに大和田亮さん。ベースに桐沢輝さん。ドラムに阪本純志さん。

ウッドベースの存在感が素晴らしくて、この音が聴きたかったんだ…!と嬉しくなった。JAZZの醍醐味はこれだ…と聴き惚れた。そして時折聴こえるフルートの音色。柔らかくなめらかで、素敵だった。

ラストシーンの演奏は、安田さん本人が弾くギターから聴こえていたと思う。

 

 

俺節」から2年が経ち、安田章大さんも変わったこと変わらないことがあって。

今回の滝野としてのビジュアルは、今「忘れてもらえないの歌」が上演されたから出来上がったものなのだと思うと、JAZZが日本へとやってきたこの時代の空気には合っていると感じられた。

滝野という役が気になるのは、一概に“良い人”という見方だけで語れる人物ではなかったところにあると思う。
髪型と眼鏡、薄めのサングラスがいい具合に効果をもたらしていて、この人は信じていい人?大丈夫な人?と一瞬わからなくなるような、危うさがそこはかとなくあって、

お金を一旦集めて…と提案を持ち出した時や、音楽をビジネスとして考える時の滝野が、100%の純粋な動機なのかを読みきれないところに、麻子があなたの笑顔嫌いと言ったり、良仲たちが頼りきれなかった理由がある気がした。

あなたの笑顔嫌い!に、ふふっと笑って「慣れますよ」と言う滝野の笑顔、私は好きだったけれど。

 

東京公演の第一幕のラストでは、滝野がメインボーカルに立つ東京ワンダフルフライの演奏で「ラッパと娘」を歌う。

動くはずないと思っていた、奥に位置するバンドステージが、前にせり出してきた時の驚きと高揚感。スタンディングライブに突入したい気分だった。

 

カーテンコールで、降りた幕が再び上がるときに、全員でよいしょっと幕を上げる動きしていたのが可愛くて。

役者さんたち、演奏者さんたちはカーテンコールに出てくるけれど、あの大きなセットを動かし、時には小道具を投げ、ステージを前に迫り出すため押していたスタッフさんたちが見えない所に必ずいて。勝手に機械装置で動いているわけじゃないことを、考えるたびに驚く。

照明さんがいることで空間に色味が加わって、音響さんがいるから生演奏とセリフのバランスが整う。

 

劇場を訪れて、幕が上がるたび新しい世界を知る。

「忘れてもらえないの歌」は、照明・美術・音響、そして演出が舞台にどんな影響を与えているのかを実感することのできる舞台だった。