“全速力で迂回しろ”
その言葉が心に刻まれて消えない。
舞台「閃光ばなし」を観た。
会場は、池袋にあるブリリアホール。
ホールの前評判ばかりを聞いて、ブリリアホールとはどんな劇場…と思いながら訪れた。
建物は新しく、ロビーは綺麗。お手洗いもスムーズに空きがわかる作りだった。スタッフさんも丁寧で和やか。
劇場内に飲食物を買える場所はありませんと入り口前でアナウンスされていたので、おかげで前もって目の前のコンビニに行くことができた。
座席は2階席3列目端で、多少の見切れはあるもののステージへの見晴らしは良かった。
音は確かに少し意識して耳を向けないと、マイクがついていても地声を張って聞こえているような音で、どこかに声が吸収されてしまっているような感覚がした。それでも28名の役者さんの声を拾い、調整した音響さんのお仕事がすごい。
舞台「閃光ばなし」
作・演出:福原充則さん
2022年10月24日、12時公演。
まず、幕が上がってくれたことがうれしかった。
暗転に飲み込まれて、昭和の油や錆の匂いが伝わるような景色の中に、兄の是政、妹の政子。
二人の暴走に目を奪われながら、あの場所に居る一人一人に人間味が溢れていて、そこかしこで人間模様が繰り広げられていた。
狭く小さな界隈の中、右往左往する人々。
序盤、姿を表す前から「ぼっちゃん!」と呼ばれる彼。兄の是政の存在に慄く感覚があった。
作・演出の福原充則さんと安田章大さんでのタッグが始まった、演歌が軸の「俺節」JAZZが軸だった「忘れてもらえないの歌」そして今回の「閃光ばなし」で、昭和三部作と銘打たれている。
今回は歌謡曲と言っていいのだろうか。三部作のどこでも、“歌”は欠かせないものになっていた。
観終えてまず、この話好きだ。と思った。
この役を演じている黒木華さんが、すごく好きだ。振り回されている役は見覚えがあったけれど、振り回す側の役は新鮮に感じた。
さらに、安田章大さんが演じる兄役。
お兄ちゃんの頼もしさと頼りなさと、妹に押される弱さ。一筋縄ではない人間味。
黒木華さんとだから生まれる化学変化に、バイクのスピードごとグーンッと腕を持っていかれるくらいの引力がある。
向こう岸に渡るため、橋を建てたい人たち。
でもそれが出来ないから、バイクで迂回しながら生きていく道を探す。
“みんな”とは、誰のことを指しているのか。
私はそこにいる?私が“みんな”という時、だれのことを思ってる?そう考えたくなる舞台だった。
終盤に黒木華さんが舞いながら話す言葉は、演劇人や役者、あるいは歌手の心の叫びのようにも思えた。
今回の舞台で、片桐仁さんをついに演劇で観られる喜びを噛み締めていた。
毎週ラジオで声を聴き続けて何年も経つ。
開演前、エレ片のコントライブのフライヤーが棚にあったことに感動して、しっかり持ち帰った。
劇中で発した「勘弁してくれよー」は、もういつもの片桐仁さんとして違和感が無い。
店の小上がりに足首を後ろ足でぶつけて、カンッと音がした。おそらくアクシデントだった。「足首の骨折れたかもしんない」と普通に台詞のように言いながらはけて、ふっと呆れ笑いのように仲間に見守られる様子が自然だった。
前回のラジオで、セットからジャンプすることが多くて足首だったか腰かどちらかを恐る恐る動かしていると聞いたばかりで、しっかりぶつける音がしたものだから、あ!と思った。
片桐仁さんのお芝居をこんなにつぶさに観られたこと、すごく嬉しかった。
時折、台詞として出るボヤきがラジオで聴くままなことに面白さがありつつ、焼き肉屋として役の上で舞台に立ち、様々な挙動をしている姿は常に魅力的だった。
そしてハッと心奪われる黒木華さんの登場。
と柔らかく言うには、かなりファンキーだった。
なんてったって登場が刃物二刀流。カマキリの如く詰め寄るのを、片桐仁さん演じる夫の柳英起さんに止められ、後ろに剥がされて行く。
小憎さと可愛げ、チャキチャキ感が最高。
住人たちから反感を買って、神輿のように担がれて連れて行かれそうなのに、良い椅子にでも座っているかのような余裕さを見せる。
抗わないが、歯向かう時は迷いなく。
連れて行こうとした先は遠いから、やっぱりやめようと諦める彼らのハンチング帽のてっぺんをツンツンしてみたり、ニット帽をほどよく上げてあげたかと思ったら、ぐんと目元にずらしたり。
息をするように悪戯をする。
居住まいがもう、腰掛ける仕草、豪快に肘が外を向く形で腕を振りながら大股で歩く仕草、ひとつひとつ馴染んでそこに居る。
紫服の電柱守りをしている高山のえみさんと、政子のバックグラウンドストーリーというか、ふとした時の仲の良さが好きだった。
“前のあなたの方が好きだった”と売春婦の彼女に続いて言った紫ちゃんに、「んおーう…そんな言われちゃあ…」みたいな文字にならない声で、柵にしなだれかかりながら駄々をこねる政子の様子が、
チャキチャキしつつも、人情にするりと入り込んで憎めない性格を表していてよかった。
木箱に座って足組んで、横に七輪がある風景がすごくいい。(二幕では、さり気なく七輪に焼けて反ったイカが置いてあった。)
政子はワンピースが似合う。
水色のワンピースも似合っていたし、黄色のワンピースを着てきた時の似合う!!感はすごかった。
しゃんとおしとやかにワンピースを着ながら、言うこと成すこと豪快だから、ギャップがある。
威勢よく啖呵を切ったかと思えば、きゅるんと語尾を可愛げで包んで誤魔化したりする。
煙突から出る煙をうちわでわざと仰いで、向こう側にいる人にかける政子も、妹感があった。
手の使い方、腕の伸ばし方が印象的で、白鳥の首みたいに高ーく腕を伸ばしながらパクパクさせる動きが、美しさと子生意気さを含んでいた。
安田章大さんの演じる兄は、これまでのイメージから新鮮に感じた。
是政の、のらりくらりしながらごっそりみんなを率いる度量は何なのだろう。頼りがい、とは別なのに、ついて行ったらおもしろい方に行けそうな気がする。
バイクを全速力で乗り飛ばす爽快さ。ヘルメットを取って、ふぁさっとなびくウェーブのある長髪。
舞台で出すスピード?!と思うくらいのバイク。
ここ道路?サーキット?交通整理大丈夫?となる気持ちなんか早々に張り切って、観ながらワクワクしてくる。
今回の舞台も、音楽が楽しかった。
安田章大さんと黒木華さんの昭和歌謡デュエットが聴けるとは思わなくて、えっ!歌うの!!と喜んでいるうちに終わってしまう幻。
“あーにーといもーとー♪”のハモりが綺麗だった。
確か、安田さんが上ハモ、黒木華さんが下ハモだった気がする。
兄妹アイドルいける。あえて滑稽なほどに明るく見せた愉快な場面の後で、雷鳴が轟き、“閃光ばなし”のタイトルがセットに大きく映った瞬間にはドキッとした。
開演前と幕間のBGMはレゲエ。
意外性を感じつつ、自由という意味でのレゲエなんだろうかと思ったりした。
幕間にジャングルブックでも歌われていた「君のようになりたい」のアレンジが流れていた。
乱闘の場面になって、お嬢様の白戸由乃さんが助太刀(すけだち)に来たバイクの後ろに、是政が乗るところがある。
殴られたから、左脚はだらんとつま先が微かに地面を擦る感じでバイクは走って行って、逃げて降りてからも左脚を引きずっていた。
シーンの切り替わりで“大丈夫”なことにならないお芝居の細やかさに感動した。
舞台上にわっと人が溢れていても、それぞれの行動に意思と面白みが常にある。
謎のおじいちゃんでありながら、ただならぬ風格が見え隠れの【野田中報労(のだなか ほうろう)さん】を演じる、佐藤B作さん。
時代劇…?と思わせる献身さを見せる、【助(すけ)さん】を演じた、今國雅彦さん。【格(かく)さん】を演じた、松本一歩さん。
地区一帯を取りまとめている政治家、【菊田甚八(きくた じんぱち)さん】を演じる、みのすけさん。
声の個性が好き。(是政と政子にとっての回想場面で、父を演じるのも、みのすけさん)
菊田の秘書として、時に懸命に時に冷静な眼差しで付き添う、【茂森(しげもり)さん】を演じる、松永健資さん。
是政と共に自転車屋で働く整備士、【加工一郎(かこ いちろう)さん】を演じる、小林けんいちさん。
組合の会長でありつつ、政治家との板挟みに立つ、【底根八起子(そこね はきこ)さん】を演じる、桑原裕子さん。
今回の「閃光ばなし」でも、桑原裕子さんのお芝居が、繊細で豪快で楽しくって。目が離せなかった。
三部作を観てきてずっと、桑原裕子さんが大好きだ。
シュールを味方につけた、笑いの感性が光りに光ってて、笑わずにいられない。舞台のどこにいても目が留まる。
もう振り回されたくない秘書さんが、もう一人の秘書さんにひしっと抱きついているのが可哀想で可愛かった。
底根さんについて周り、懸命に仕事を支えて、時に倒れかかる底根さんを物理的にも支えるお二人。
【御手洗(みたらい)さん】を演じる、葉丸あすかさん。
(葉丸あすかさんは、政子の幼少期も演じる。)
是政との縁に、ただならぬ縁…?を持ち続ける、お寺のご令嬢【白渡由乃(しらと よしの)さん】を演じる、安藤聖さん。
只者ではない屈強さが滲む僧侶、【法寛(ほうかん)さん】を演じる、柳葉俊一さん。【弘順(こうじゅん)さん】を演じる、加瀬澤拓さん。
(松本一歩さんと柳葉俊一さんは、信用金庫職員も演じる。)
是政に理不尽な振り回され方をしながらも、夫婦でこの町に暮らす【塗装業】古木将也 さん。
夫の心配をひたむきにしたと思いきや、しっかり怒る時は怒り、あっけらかんと身軽になろうとする【塗装業の妻】後東ようこ さん。
焼き肉屋にお酒を卸しているのかと思いきや、そう簡単にはいかない【密造酒】優妃 さん。
焼き肉屋の煙突からの煙に困ったり、狭い町で暮らして思うことも多々ありながら、それでも政子と話したりご近所さんとのお喋りでそれを共有する【洗濯屋さん】菊池夏野 さん。
政子も時折撫でていて可愛い犬を大切そうに抱いているなあとほっこりしていたら、まさかの【犬さらい】福山健介さん。
その灰色ニット帽ファッションは見るからに…と思っていたら、【空き巣】石崎竜史さん。
いつ何時も大事に首からカメラをさげて、白のタンクトップが印象的な、【写真館】久保貫太郎さん。
警官か!と思ってよくみると、服の合わせ方がチグハグな、【偽警官】熊野晋也さん。
きちっとめな格好をしていると思ったら、【結婚詐欺師】永滝元太郎さん。
ウーバーなイーツになりかけていた、カゴを背負うのがチャームポイント、【廃品回収業】竹口龍茶さん。
角刈りが見事で、サラシを巻いた風格はコワモテな【露天商】畑中実さん。(是政の幼少期も演じる。)
巻き起こるあれこれに、一歩線を引いて静観しつつ、それでも政子たちと仲良く盛り上がる時もある【売春婦】田原靖子さん。
電柱が立ったことを誰より喜び、政子の危うさに誰より気づいているかもしれない【電柱守】高山のえみさん。
会議所に呼ばれた場面で、美味しくないお茶をテーブルの向こうにしれっと捨てていた、向こう岸のお嬢様である白戸由乃さんを目撃して、このお方、只者ではない…と思った。
バイク事業を始めた住人たちのなかに、カゴを背負ったままバイクに乗ってお客さんを乗せようとしてツッコまれていたのは廃品回収業の彼。それがウーバーなイーツに見えたりした。
照明さんの技術にも感嘆する。
沢山の人が舞台上にいる時の照明。右に左に動きながら話している時に1人に向けて当てるピンスポット。
それぞれの光の動かし方や、セットそのものに置かれた街灯の色味の綺麗さ。夕暮れを表す空の風情。暗転のつくりかた。
そのお仕事の細やかさをひしひしと感じた。
さらに、美術さんの技術。
美術さんはどんだけ技術を惜しみなく発揮するの…と圧倒された。
俺節のネオン看板の細やかさも凄かったし、忘れてもらえないの歌のカウンターやテーブルの風合いも渋くかっこよかった。
そして今回。汚しって難しいと思うのに、景色を匂わす技術が凄い。
物凄く作り込まれた、汚しの美しいセットの中、ぽつんと座り込む兄妹ふたりの姿はちっぽけで、
2階席からみる景色は、小さな世界で必死に駆け回るふたりをますますくっきりさせた。
階段は3階分くらいある。もはや建築物。昇り降り、時にジャンプ。
ほかのセットも、飛び降りるには少し高すぎやしませんか?と思うような高さで、“飛び越える”のは劇中のテーマなのかもしれない。
片桐仁さんがラジオで話していたジャンプをするシールもおそらくわかった。
階段の傾斜などなんのそので、住人で結託して船を運び上げるのもすごい。
ある場面で、赤紙を掲げる瞬間には血の気が引いた。あの動きの機敏さは、いつ見ようと心が握りつぶされる。
可愛いワンちゃん抱いてる人いるーと思ったら、終盤で“犬さらい”と呼ばれていてぎょっとする。詐欺師もいるし、泥棒もいる。
フィルムも買えなくなった写真館さんが、時の経過と共にまたカメラにフィルムが入って、記念写真にシャッターを切っているのを見てぐっときた。
焼き肉屋の小さな窓ガラスの向こうで、見えるのは橙色の灯りだけなのに、その賑やかな声に楽しい宴会が開かれていることがありありと思い描ける場面が印象深く残った。
二幕では、バイク三台のデットヒートがある。
黒子さんのクイックステップがひたすら凄い。腕の筋力をどれだけ使うのだろうと目が釘付けだった。
バイク同士を近づけるきっかけに注意を払いつつ、スピード感を観せて、演者さんの安全も守らなくてはいけない。
話が進むなかで、早着替えで役が変わったり、もしかするとセット転換や黒子さんとしての役割りもあったのではと考えると、表舞台での落ち着きと対照的に舞台裏で駆け回る姿があるかもしれない。
そう思うと、今回の筋力尽力MVPをバイクデットヒートの黒子さんに贈呈したい。
一台につき二人。それが三台なので、六人の黒子さん。動かすための人力がありつつ、バイクの車輪はシュルシュルとしっかり回っているのすごい。
そろそろ…で終わらない、かなりの長尺で観せきった協同作業は、まさに舞台を作っていると感じる瞬間だった。
今回、多種多様なバイクの魅せ方に楽しさを感じた。二人乗りで、円形に回るステージもおもしろい。
背中合わせに乗る兄妹。寄りかかる妹に可愛さを感じる。ここでも歌を聴くことができた。この時の曲調も好きだった。
その後ろで踊る、御手洗さんと中山道さんのコーラスとサイドステップダンスが可愛くて大好きになった。
兄の是政が熱く市井の皆に語りかける後ろに、看板にプロジェクションマッピングで映される線香花火が、
じわじわ灯り、パチパチ弾けて、じゅっと落ち消えてしまった。
“閃光”であり“線香”の灯りのようでもあるのかと、その時思った。
“閃光”とは【瞬間的な光】のことを示す。
雷鳴、閃光、線香花火。どれも、長続きはしない。
終盤に、大きな月を背中に駆けたバイクで、星を見た二人。
政子が言う「おうし座だよ」か何かで、指差して見た黒木華さんの目線の先がちょうど自分の座る方面だった気がして、気がするだけだけど、2階席の喜びだと思った。
あの場面は、2階席にとてもよく映える。
バイクの音がして、「違った」で終わるその意図は。
考えていいよと余白を残してもらえた気がしてうれしかった。
ぽつんと立つ妹は、実はお兄ちゃんより妹の方がお兄ちゃんを必要としていたのではと感じた。
焼き肉屋の旦那を置いて行くことは大して気に留めない。でも旦那への感情が無いわけでもなく。ただ、そういう人なだけ。黒木華さんのお芝居が、カラッとだけど可愛げに満ちていて素敵だった。
三部作と言われる今作「閃光ばなし」
この舞台が、とても好きだ。
この兄妹が好き。安田章大さんの演じるお兄ちゃんと、黒木華さんの演じる妹の化学変化が標準語台詞でありながら関西の哀愁をまとっている。
黒木華さんを舞台に見たのは初めてだったけど、この役の黒木華さんがすんごく好き。
終盤のふたりのやり取りで、「未開の地と言われる足立区があるらしい」からの「足立区に失礼でしょ」「おまえが言ったんじゃないか」が良かった。
兎にも角にも目が足りない。
あちらこちらで人間模様が巻き起こっている。
うっかり自分で浮気をバラして奥さんにとっちめられていたり、旦那の無事を喜ぶ奥さんのハグを再現するために、豪快に妹ちゃんが焼き肉屋の夫を抱きしめていたりする。
あの舞台を1日2公演。信じがたい。どんなジムもびっくりな運動量ではと思う。
兄が母にちゃんと伝えられなかった、父からの伝言「許してないけど、恨んでない」
別れた相手に言うこととしては不自然ではないけど、なんだろうこの気になる感じ…と考え続けている。
自分なりに考えて、兄妹として育った二人に、もし血縁ではないという理由があったとしたら…?と思ったりする。
二階席の端から観劇で、顔が表情がしっかり見えるような席ではなかったけれど、
伝わりすぎる困惑、葛藤、思惑。
自分個人の感覚では、人間味は直視せず避けて通りたいはずなのに、愛さずにいられない“人”のかっこわるさを突きつけられて、結果愛してしまう。
しばらく昭和から帰れないほど、一人一人が生きていたあの場所が心に焼きつく舞台だった。
幕が開いてくれてよかった。三部作を目撃できてよかった。「閃光ばなし」に生きるそれぞれと、気概が好きだ。
劇中にも出てきた、おじぎの角度。
あの場面では悔しさ滲む思いで観ていたけれど、カーテンコールで何度おじぎをしても、ぴっと直角にそのまま足首を掴めそうな勢いで揃う是政と政子のおしぎの角度に、“兄妹”を感じていた。