一体化ではなく個と個が隣り合うこと ー 星野源「不思議」

 

多くを包む概念としての愛は、歌として側で聴くことができる。

ただ、1対1の間に築かれる想いについては、遥か遠い。存在すら幻のような、信じがたいもののまま、その隔たりは月日を追うごと深くなっているように思える。

それでも星野源さんの歌う「不思議」が心にとどまって、それが心地良いのはなぜなんだろうと、考えたくなった。

 

星野源不思議

作詞・作曲:星野源さん

 

ドラマ「着飾る恋には理由があって」の主題歌でもあるこの曲。

丸山隆平さんが関西出身のオンラインカウンセラーの役を演じると聞いて、見るっきゃないと思っていたところに、星野源さんが主題歌を担当という続報が入り、これはもう。見ます。何がなんでも。という気持ちだった。

 

曲の初解禁が1話だったということもあり、どこでかかる?どんな曲がかかる?と心待ちにして、初めて聴いた時の衝撃。

なんというか、2曲あるの?が最初の印象だった。落ち着いたトーンで、主人公 真柴の涙に寄り添う曲調から、シーンが変わってもう一度曲がかかった時のアップテンポ感。

ドラマがはじまる!とワクワクさせるリズムで、全く別の曲を聴いているような感覚になったからだった。

そのアップテンポから、ひるがえってにサビに帰っていく。ワープ?迷路?不思議なメロディー進行に、迷い込んだ小道から大通りに道が繋がった時の、ああここか!と閃くような楽しさ。

ドラマ後半はもう、星野源さんは出演していないはずのに、出演者のひとりであるかのような存在感を見せていた。

 

ドラマの放送は火曜日で、火曜の深夜は星野源さんのオールナイトニッポンの日でもある。

ドラマの余韻が残るままラジオをつけた日、そこで流れた「不思議」がとても印象深かった。深夜1時すぎ、暗くなった部屋の中でベッドから天井を漠然と見上げながら、イヤホンをつけて聴く「不思議」

無のなかに放り出されたような気がするのに、離されてはいない感じ。

耳に聴こえてくる音の一つ一つが浸透していくようで、この時間にとても合った曲なんだと感動した。

 

 

君と出会った この水の中で

手を繋いだら 息をしていた

ただそう思った

 

生きているのに息ができない。そのくるしさ。

君と出会ったとしても、水の中で息をしていることには変わりなくて、ただほんのすこし息がしやすい。

“檻の中”であることも、“地獄の中”であることも変わらない。それでも、ただここにあることを見つめている時のやすらぎ。

 

“好き”を持った日々を ありのままで

文字にできるなら 気が済むのにな

簡単に言うのは失礼だろうか…でもわかります…!!が溢れた。

ここにあるこの色。感じたままの色で、間違えることなく形を変えず、文字にできるならと思う気持ちは理解できた。

 

次のサビの歌詞では、“好きを持った” “仮の笑みで”という言葉になる。

好きを持つ。中に取り入れるでもなく。終盤の歌詞にある“孤独の側にいる”という言葉とも通じる気がする。孤独を塗り替えてくれるものではなく、側に。

一体化ではない、あくまでも個と個が隣り合うこと。

隣り合ったとしても尚、“仮の笑み”であることに切なさも覚えるけれど、それでも微笑むことができるならきっとそれがいい。

 

3度目にくる同じメロディーでは、“好きを持った”の箇所が“君想った”になる。

『きみおもった』同じ『お』『を』の接続詞で、耳で聴くと同じ音になる。日本語の楽しさだなと聴いていて思った。

 

 

まだ やだ 遠く 脆い

愛に足る想い

瞳にいま 宿り出す

“まだ やだ”は仮で作った時から、その言葉がなんでかはまっていたと星野源さんがオールナイトニッポンでお話ししていた。

愛だ、とは断言しない。“愛に足る想い”から読みとる、足りていることの深さ。

そして心や気持ちではなくて、“瞳に”宿るものと表すところ。

 

他人だけにあるもの 

ここが、歌詞としても歌いかたとしてもグッときた。

歌い始めは淡々とぽつりぽつりと歌っていきつつ、ファルセットが沢山な印象のある中で、ここを聴いた瞬間にガツンとグルーヴが炸裂した感じがして、ノックアウトされた。

『たぁ』で上がって『にんー』で緩やかに降りるカーブの描きかた。ソウルフルな声色。

歌番組「SONGS」では、1番でくる“他人”は抑え目。2番でグゥインとしゃくりがついた歌いかたをしたところにテンションが上がった。

 

 

星野源さんの歌を聴いていると、楽しいけどどこか切なく。なにか飲まれそうな怖ささえ感じることもある。

それはいつもどこか、抗えない死の香りがあるからという気がしていて、「アイデア」のMVを見た時、それは自分の中で確かなものになった。

 

やがて同じ場所で眠る 他人だけの不思議を

 

遺らぬ言葉のなかに

こぼれる記憶の中に

どちらからもそれを感じる。

たしかに、他人でいた2人が最後に同じ場所に眠るのは不思議なことだと、あらためて思う。

“こぼれる記憶の中に”で、こっぼーれると歌う声と一緒にアタックするような音のアクセントが入るところが好きだった。

 

 

歌番組でのアレンジで、“そっと笑った”の後にくる、あの印象的なフレーズをサックスで吹いていて、それがすごくよかった。

デジタルな音感の中に見つける温度もいいけれど、楽器を吹くことによって増し加わる温度や湿度が素敵だった。ベースの音が前の方に聴こえて、ベンベンとしっかり鳴っているのも楽しい。

 

「不思議」を聴いて、朝焼け前のブルーのイメージが思い浮かんだ。

飛行機を連想する音感もあると思ってからは、雲の上、窓から見える翼の先を眺めながら聴いたら最高だろうなと想像した。

私には飛行機に乗るのはちょっとハードルが高いので、いつか空港に遊びに行くことがあったら、飛行機の見えるカフェでこの曲を聴きたい。

 

想いとは縁取りの難しいもので、曖昧だからくっきりと伝わってくるものもある。

その「不思議」に触れていても、わからぬまま漂うとしても、この曲の側には居られる気がする。