奥さんの笑顔がみたいから ー 舞台「青木さん家の奥さん」1/22

 

カーテンコール後に藤原丈一郎さんが言った「真っ直ぐ帰ってください」の優しい声を胸に抱えて、真っ直ぐ帰った。

昼公演を観て新大久保となれば、プデチゲやタッカルビ、食べたいものはいつもなら沢山あったけど、

前日までキャンセルボタンを目の前に何度も何度も考えて、行くことにしたからには、それ以外に削ぎ落とせることは削ごうと決めていた。

藤原丈一郎さんの一言は、“真っ直ぐ帰る”の決心が揺るがないよう帰り道を作ってくれた。

 

舞台「青木さん家の奥さん

作:内藤裕敬さん

演出:横山裕さん

出演:藤原丈一郎さん、長尾謙杜さん(なにわ男子)

   福本大晴さん、小島健さん(Aぇ! group)

東京公演:東京グローブ座 2021年1月8日(金)〜1月24日(日)

大阪公演:サンケイホールブリーゼ 2021年2月17日(水)〜2月28日(日)

 

*演出についてや、内容に触れたネタバレがあると思うので、作品を観劇予定の方は判断をお願いいたします。

 

ほとんどがアドリブ?奥さんがキーワード?

謎の多い舞台というイメージだった。全体像が掴めないまま、前回は通り過ぎてしまった。

「青木さん家の奥さん」は、1990年に劇団「南河内万歳一座」で公演された作品。

それ以降、様々な形で上演される作品になり、

ジャニーズとしては、嵐の大野智さんと関ジャニ∞横山裕さんが演じた。2020年の公演では関ジャニ∞横山裕さんが演出を務めることになり、出演はなにわ男子から藤原丈一郎さん、大橋和也さん。Aぇ! groupから草間リチャード敬太さん、末澤誠也さん。

 

酒屋さんで働き配達をする、4人芝居のアドリブ劇で、ポイントごとの骨組みをベースに進む。

“俺が(配達先の)奥さんの1番のお気に入り!”と張り合う3人と、それに翻弄される新人くん。

アドリブ導入のきっかけ台詞があるものの、その先は未知。きっと誰かしらの運転次第で、日によって進むルートはどんどん変わって方向転換していく。

 

4人という数の面白さ。客観的な役回りには逃げきれない。

その場その場で求められるのは臨機応変さ。

だけど、ここにいる4人の役にひとつ通じているのは、みんな奥さんに夢中。ポップで楽しくて、あっけらかんと明るくて。

頭で考えたり、ストーリーを追って理解する必要のあるものと言うより、会話劇を楽しめる作品だったことは、今のやわやわな心には受け取りやすかった。

幾日ぶりに肌に触れる、舞台の音響、照明、臨場感。

そこにいて、目の前で楽しそうにのびやかに魅せてくれている姿に堪えきれず泣いた。

 


舞台だけど。いや、舞台だから?

始まりにオープニング映像があるのも楽しかった。

背景は工場のような色味の壁だったから、プロジェクションマッピングに使えるとは思わず、サプライズだった。あの一瞬で4人がはけて、映像終わりに物音ひとつ立てずにスタンバイを終えているのも感動だった。

マウンドでのピッチングシーンも。

プロジェクションマッピングに、後ろから照らす照明がこの時だけ顔を出して、その後すっと隠れる演出が、高揚感を煽って対戦を見守っている気持ちになった。

前掛けをしているバイトリーダーのジョー(藤原丈一郎さん)がピッチャーなのがぴったりで、しかもオリックスバファローをこよなく愛する彼なので、股下のサインだしもスムーズで完璧。

音がグワッと大きくなってからの暗転、登場。どれも懐かしくさえ感じる、舞台が持つ迫力だった。

 


オープニング映像も含めて、「奥様は魔女」を彷彿とさせるテイストも可愛くて、

そこで流れてきた歌が、とってもワクワクする曲調で。スウィングの効いた、どこかジャズっぽさもあるメロディー。

歌詞も注目すると良くて、音源化されたらいいのに…!と思うくらいだった。

エンドロールで作詞家さんのお名前が載っていて、

「あなたの家に行きたいな」

作詞:高木誠司さん

作曲:高木誠司さん、高慶“CO-K”卓史さん

編曲:高慶“CO-K”卓史さん

とわかった。ジャニーズの好きな曲を挙げているうち覚えるようになったお名前。

確実に見覚えがある…!と確認したら、関ジャニ∞の「NOROSHI」「罪と夏」を作詞されていた。

通りで!好きなわけだ!歌詞のポップな音の弾みは「罪と夏」に共通するワクワク感がある。

(歌詞は昨年、グローブ座のホームページに公開されていたものから引用しています)

 

今宵はどんな顔しているかな?

色っぽい泣き顔、笑った八重歯、困った下がり眉・・・

でも、喜ぶ顔が見たいなぁ

 

まだ見ぬあなたよ、笑顔になれ

 

年が明けて、思いもしない急下降で調子をどんどん崩した。主に思考回路の面で。

疲れ果てて、本当のところは何に対しても気持ちが浮かばなくなった。誰かに、話そうよ!と言いたくても、それが出来ない。

どうしていいか分からなくて、ここにいるのもだめなのかもしれないと思いながら座ったこの席で。

4人の声を聴いたら胸に込み上げた。

 

すごく良いと感じたのは、オープニング曲としてのみだと思っていたこの曲が、劇中で実際に4人で歌って踊る場面があったこと。

曲が流れて、生歌で赤いドレスを着たマネキンをエスコートしてダンスする演出が素敵だった。

まぶしかった。例えではなく。

ぱっと手を広げ、つま先までポーズを取った時の華やかさ。ターンのブレなさ。

弾むメロディー、少し落とした照明にライティングされるステージ。パッと横一列、綺麗に並んだ、藤原丈一郎さんの姿。長尾謙杜さんの姿。福本大晴さんの姿。小島健さんの姿。

人が人をこんなに元気に出来る。

照明に当たって、ステージで手足を存分に使って踊る4人が、アイドルだ…と釘付けになるほど魅力を放っていて、ずっとずっと、ずっとずっとずっと観たかったステージだと噛み締める涙が止まらなかった。

 


4人が働くのは、配達の酒屋さん。

ビール瓶を入れるケースや、そこにある椅子に腰かけ、時に立ち上がり会話は進む。

長尾謙杜さんの年上さんたちの振り回しっぷりがすごくて、物怖じしない。見事…!と言いたくなるほど。

酒屋さんにやってきた“新人”という役柄を最大限に活かして、無双状態だった。

 

なぜか訪れた漫才シーンでは、舞台の上から下まで枠組みごと赤く駆け巡る照明。あのM-1まんまな出囃子が流れる。

じゃんけんによって、福本大晴さんと小島健さんがコンビに。

二人ですぐに決めたテーマは「運動会」

“代われ”で役割を入れ替える漫才を即座に組む二人。アフタートークで、「ダブルボケにしよ」とだけ福本さんから小島さんに伝えたことが明かされて、適応できてしまう関西の血…!と思った。

 
これで落ち着くと思いきや、まさかの2ターン目。

あいこの後、奇跡の藤原丈一郎さんがじゃんけんに一人負け。この二度目のじゃんけん、「私奥さん(役)だから」進行ポジションで逃げ切ろうとする藤原丈一郎さんを、「じゃんけんにしましょうよー」と仕掛けたのは長尾さん。おそろしい子。

終演後のアフタートークで、はじめ僕も入ろうかと思ったんですけど…と言っていた通り、3人の隣で小さくグーを作ってじゃんけんに参加しようとしていた長尾謙杜さんを私は目撃していた。

手をつき崩れ落ちる藤原さんに、わしっと抱きつき、力で起こそうとする長尾さん。無邪気。

テーマを、“デートがしたい”にしようとする藤原さん。それを阻止したい長尾さん。話はじめが何度も被る。結局、いやや習いごと習いたい。で、テーマ「習い事」に。

 

「英語習いたい。英語の先生して」

役を振られて、咄嗟に後ろからさっきほどのダンスシーンでいつも以上に大量に噴射されたらしい金テープを紙に巻き付けてキャサリンを演じる藤原さん。ナイスアイデアに客席からも湧き起こる拍手。

しばらくやり取りするも、「つまらん」「おもんない」でどんどんテーマを変えていく長尾さん。

「カメハメ派打ちたい。仙人やって」

金テープヘアのまま仙人に。

「フラメンコ習いたい。先生やって」

迷いに迷って棚から酒臼を2つ持ってきてカチャカチャ鳴らす。

 

ジェットコースター長尾謙杜さんと名付けたいくらい、ぶんっぶん振り回す。好奇心の赴くままなのでオチがつく前に切り替える。

なんとかそのウェーブに乗ろうとする藤原さんは、少ない休日に遊園地に子供を連れてきてスタミナ切れかけのお父さんのよう。

 

 

去年からの再演で、4人全員を新たにキャスティングという選択もある中で、
藤原丈一郎さんにここにいてほしいと、キャスティングが前回から続投になった理由がすこしわかる気がした。

張り切って肩を回しすぎると、完全に仕切り役になって4人のバランスでは無くなってしまう。その難しい塩梅を、藤原丈一郎さんは場面ごとに見極めて行き来しているように見えた。

翻弄されるところは身を委ねて翻弄されて、でも機転が効きつつ全体の伏線になりそうなポイントを見つけるのが早い。そしてお客さんにも伝わるように、際立たせてもう一度言う。

安定感と冒険のバランスがすごくよかった。

 

 

奥さんの家にお邪魔した時のシチュエーションを順に話していく場面での、玄関入ったら右横に“りんごの置物”(かじった痕のあるりんご)を見たのが福本大晴さん、

その隣に紫色だったから“毒りんごの置物”があったと言う小島健さん、

その隣に何でしょうときて出た、“椎名林檎の忘れ物”

オチた…!清々しかった。藤原丈一郎さんの頭の回転の速さとセンスが光った瞬間だった。

「何が忘れられてたん?」という質問に「歌詞カードとか。新曲だったからレコード会社のあれでこれ以上は言えん」と返していて、ボケツッコミどっちにも転身できていることに驚く。

島健さんだった気がするけど、“かじった痕のりんご”に対して「Appleやん」とぽそっと言っていたのも面白かった。

 

ストーリーあっての舞台やミュージカルを観ることが多くて、アドリブ劇とは…どういう楽しみどころがあるんだろうと興味津々でいたけど、

今の自分にはすごくしっくりきて、頭を使ったり緊張で手に汗握ったりしなくていい、4人だけの世界観と会話が心地よかった。ある意味、突然の緊張感で手に汗握る瞬間はあるのだけど。

ここにもし、ナレーションや奥さんの声が音として入っていたら、舞台の印象はガラッと変わると思う。

セットに置かれている、あれどうやって積んだ?のツッコミ所が、待たせすぎずにすぐ回収される間合いも良かった。

 


それぞれのインパクトでは、小島健さんがした、キリンのモノマネが物凄く上手かったのが衝撃だった。

形態模写の域で、睡眠時間が2分(それくらい短い)とか、長い脚を崩れ落ちるように畳む動き、首の丸め方まで忠実に再現。生体に詳しい人のそれだった。

打ちひしがれる時は決まってブレーカーの所に行く、小島健さんの習性も可愛かった。

その横でなにしてるんですか?という感じで見上げている長尾謙杜さんも。

そして福本大晴さんの、登場からアメリカンなド派手衣装に、着られるどころか着てやるメンタルでギャグに走る姿。さながらターミネーターのような逞しさがあった。

 

三種三様で“俺が奥さんのお気に入り”と主張するなか、話を聞く度に「確かにそうですね!」と一番を表す、人差し指のジェスチャーを見せながら納得する長尾謙杜さんのかわいさは無敵。

「そもそも…」と会話を切り出す場面で、「ツムツム…」と小さめに呟いてボケてみる長尾さんに、頭の中が途端にツムツム。

 

先輩たちの話題に入れなくなると、すぐにうわーんとしゃがんで泣きだすパターンが何度かあって、そうすると先輩が揃って「もーう泣くなやあ」と言う場面があった。

そこの「泣くなやあ」のトーンが、弟を相手するお兄ちゃんの空気で、面倒がっているけどちゃんと聞いてあげる掛け合いにジーンときた。

前髪を両サイドに分けている髪型、ベージュのチノパン、野球ユニフォームを羽織ってインナーにはフード付きパーカー。パーカーとお揃いの色でグレーのスニーカー。

スコーン!とホームランのように通る声。聞き取りやすい発声。はつらつとしたテンション、笑顔。その行動すべてが常に実写化。

 

そして、なにわ男子である藤原丈一郎さんを意識的に見るようになって、初めて直視する場がこの日でもあった。

登場から、客席に無言の吐息が漏れると噂には聞いていたけれど、ときめき、ため息、ありとあらゆるものを超えて、すんっとなった。あ、うん。はい。

冷静を装わなくてはと焦る。好き避け?なにこれ?

新喜劇スタイルの舞台セットを使いこなす、身のこなしもスタイリッシュ。

何をしていようとかっこいい。藤原丈一郎さんが酒屋の前掛けをしてそこにいるだけで、黄色い無地のTシャツが素晴らしく見える。

無茶振りにめっためたにされ、うなだれていても、次にくる自分のパターンを考えていても、自然な動作でささっと水を飲んで喉の通りをよくしておく準備すらかっこよかった。

 

四方八方に飛び交う会話。でも脚本の分岐点で一言で揃える時は、ばしっと声がまとまる。

その緩急がカチッとピースにはまって、アドリブ劇の中でメリハリがついていた。

 

 

舞台が終わり、暗転が開けて、唯一送ることのできる拍手。

聞こえてほしい。届いてほしいと思いながら、拍手をした。右側、左側と手を差し伸べてお辞儀をする動作を、最年少の長尾謙杜さんが堂々と務めていたのが印象深く、2階席、3階席と端からじーっと記憶に書き留めるみたいに見渡していた眼差しも、忘れられないものになった。

 

「僕たちも、健康第一で。」

そう言った藤原丈一郎さんの真剣な顔は、冒頭の「真っ直ぐに帰ってください」と通じる心情があるように思えて。

それはもう本当に、公演最終日を無事に迎えること。それ以降の日々についても。

身体を第一に、無事に完走できるように願いながら、自分は自分のできる最善を選んでいくことを胸に刻んだ。

そして魅せてもらった時間を心に持って、大事に胸の前に握るように持って。今を持ち堪えるんだともう一度決めた。