言葉は少なく、思いが映る。映画「461個のおべんとう」

 

音楽のように緩急をつけて進む毎日は、静かに、だけど機微に溢れている。

観に行ってよかった。好きな映画のひとつになった。

映画の中で生きるひとりひとりは、一見淡白すぎるくらいに“それぞれ”で、だけど見守る視線はきっとある。その存在に気づいて、受け取ることができるなら。

 

映画「461個のおべんとう

監督 兼重淳さん

脚本 兼重淳さん 清水匡さん

原作・音楽 渡辺俊美さん

タイトルを見て最初は、おべんとう…と思った。

もし、家族色が強くて、子のために尽くす親心のみを描く作品だったらと、ほんの少しだけ気になっていた。

おべんとうがあることの特別さ。毎朝ひたすらコンビニでエビカツサンドを買って、学校へ行っていた自分には、それは奇跡のようにすごいことだとわかる。

 

映画を観ると、そういう描かれ方ではなかった。

購買で買う子もいれば、コンビニのお弁当の子も隔たりなく教室の中にいたシーンは印象的。

きっと作品として伝えたいのはそういう意味より、もっとシンプルな食べていく毎日のことで、そして、それぞれが意思を持って生活している“一人の人”なんだと感じる映画だった。

ちょうどよくて、とてもちょうどよくて、毎日食べる“おべんとう”に大きく膨らませたメッセージ性を乗せたりすることは無く、親子としての描かれ方も、感情的な衝突も、必要以上に濃く見せることはしない。

 

劇中で印象に残った、

「もっと、ちゃんと説明したほうがいい?」

「いい、よくわかった。」

という二人のやり取り。

ニュアンスが繊細で、私の観た感覚としては“このくらいの言葉の方が本意に近いと思うんだ”とも言いたげな、井ノ原快彦さんが演じる一樹の問いかけ。

道枝駿佑さんの演じる虹輝の「いい、わかった。」も、ぶっきらぼうに拒否しているわけではなくて、説教っぽくなるよりこのくらいでいいかと納得しているような、そんな距離感。

 

ポスターデザインを見て、なんかいいなと思ったひとはその直感のまま観に行ってほしい。

台詞は少なく、空気感で感じて、読みとれるゆとりのある、居心地のいい作品だった。

 

 

父と子で掛けた眼鏡には、言葉にはしないけど、二人の心の中に共通するものを表している気がした。

途中で、道枝さん演じる虹輝の掛ける眼鏡がサイドも黒フレームのものから、サイドが金フレームで鼻のブリッジも金のデザインになった。

ちょっとした変化だけど、虹輝も変わっていくということを、そこから感じた。

 

出演している役者さんも、それぞれ素敵だった。

友達となる同級生役に、ドラマ「中学聖日記」で惹きつけるお芝居をしていた男の子、若林時英さんが出演していたり、

バンドメンバーとしてエレキコミックやついいちろうさん、バンドマネージャーに野間口徹さんが出演と、好きな役者さんいっぱい。

 

井ノ原さんがお父さんを演じたから、今回の作品の雰囲気になったんだと伝わってくるものがある。

道枝駿佑さんの表現の深さは、一体いつ、そしてどうやって理解を深めているのだろうと知りたくなるほど、台詞として語らない部分の佇まい、表情の動きに、彼の役としての意思が見えた。

むしろ、瞳や口角を動かさないことで動揺が表れていたり、頭の中でぐるぐると考えを巡らせていることが伝わってきたりする。

 

お母さんかお父さんか、あなたが選んでいい。優しさでも何でもない選択肢。

例えば、お兄ちゃんと僕、どっちが好き?なんて聞くとしても大概は答えられないのに。

道枝駿佑さん演じる虹輝の、その複雑に入り混じる気持ちの表し方と、過度に語らない演出の丁寧さが素晴らしかった。

 

 

“音”も作品の中で、魅力的に鳴っていた。

ギターの音、マイクを通る声。

ライブハウスの音量が心地よく、いい塩梅なのがありがたかった。ガンガン鳴り響くわけでもなく、映画館で観るからこその臨場感もあり。

調理の音も、ささやかに、日常の音がする。

 

そして、もうひとつ。おすすめしたいことがある。

それは、エンディング。

思い返せばネットニュースで読んでいたはずだけど、すっかり忘れていた私にはサプライズだった。

エンドロールと共に映るエンディングの曲が、とても素敵なので、聴いてほしい。

美しかったハーモニーが、映画館を出てからもしばらく離れなくて、イヤホンをつけるのをやめた。記憶の限り、エンドレスで流しておきたかった。

井ノ原快彦さんの歌声を単体で聴く新鮮味と、V6の声だ…と感じる根強さ。

なにわ男子の道枝駿佑さんの上ハモの美しさに、息を飲んだ。外さず、あんなに安定した声量で上をハモれる。素晴らしい特質に感動した。

ジャジーな曲調なのも最高。サックスの音色も最高。

二人のデュエットが実現したこと、それがこの曲で、この役としている間で、道枝さんにとっては十代の声で今だからこその声色。

音源化は、されるのだろうか。ずっと聴いていたいので、してほしい。兎にも角にも、素敵な映画本編に、セッションまで叶えてくれてありがとうございますと伝えたい。

 

雰囲気を映す演出。そして井ノ原快彦さんと道枝駿佑さん二人が漂わせる穏やかな空気。

擦り切れそうな気持ちに貼るバンドエイドみたいな映画だった。観に行って、掬い上げられる気持ちが私の中に確実にあった。