忘れたくないマイ・ブルー・ヘブン

 

「忘れてもらえないの歌」は、出演者さんが21名。

パンフレットを見て数えた限りの人数だけど、劇場の広さ、3時間を超える舞台でバンドやダンスシーンなどがあることも考えると、演者さんの数としては少ないように感じる。

ゆえにすごかったのが、それぞれの早着替え。いくつもの役回り。

アンサンブルの方が10名で、しかし「忘れてもらえないの歌」においてアンサンブルも主演も境は無い。東京ワンダフルフライの一員で出ているとしても、次のシーンではガルボのお客さん。米兵の一人だったりする。

一人が何役も演じていて、休む暇なく着替え続けているのではと思うほど。

 

バンドのボーヤ、川崎大を演じる佐野昌哉さんも、米兵役で出てくるし、最後のガルボ解体シーンでも左側で階段を壊していた。クラブ・ガゼルでの家族デーのシーンでは、高月彩良さんとカップル役になっていたり。

出ていくタイミング、着ている衣装、その時の自分の役柄。こんがらがりそうだと思ってしまうけど、みなさんすごかった。

一人につき一つの役、という概念が取り払われた。

 

そしてここで、オニヤンマの魅力について語りたい。

存在感が最高。ただ目立つわけではなくて、話していない間のお芝居、言葉のトーンも見逃せない。ここまでくると、オニヤンマを演じている桑原裕子さんのファンなのだと思う。

第一幕と第二幕ではオニヤンマの立ち位置も変化していて、ミュージシャンをクラブに派遣する仲介業をしていた頃とは違い、滝野の会社に入って、洗剤CMソング「マジックママ」を歌うシーンでは麻子とアイドルパフォーマンスを見せる。酔い潰れた麻子を見つめる表情や、言い合いをしている様子に、気を張り詰めた面だけじゃなく、終戦後、心を緩める隙のできたオニヤンマの人間味を感じて、より一層好きになった。

舞台上でセリフの応酬が続くと、なんとなくメトロノームのようにテンポが定まっていくことってある気がしている。日々同じ舞台を繰り返し演じるわけなので自然なこととも思うけれど、それを割って割って新しいテンポを放り込む感じがすごく魅力的で。

ずけずけものを言うけど、人間味はしっかりとそこにあって、今ここで見ている彼女はこうだけど、そこに至るまでにあった経験や出来事を感じさせる含みがある。

オニヤンマが経営するクラブがあったなら、そこでJAZZ演奏が聴けたなら。私はいつまでも入り浸っていると思う。

 

観に行った日ならではのものを目撃したかもしれないと感じたのは、第一幕のラスト。

滝野がセンターマイクの前に立ち、ギターを鳴らす場面。

足元にはスピーカーが置かれていて、舞台美術で重たい物ではなかったからか、観に行った10月18日の公演では滝野の足元にコロンと一回転した。どうするんだろうと見ていると、滝野を演じる安田さんは動じることなく演奏の流れのなかでダンっとスピーカーの上に足を乗せた。

それが本当にかっこよくて…滝野としてのワイルドな一面と、安田さんが普段から培うバンドでの対応力が見えた瞬間だった。

 

第二幕すぐのシーンで稲荷が見た夢は衝撃だったけど、戦争に行った稲荷の見た夢だから、“血が怖い”というのもその闇を表しているのだと思っている。

じゃないと、このあと滝野は何かやらかしてしまうの?!としばらく続いたハラハラがよくわからないものになる。

 

娼婦のひとり、コウロギを演じる高月彩良さんはドラマでよく見ていた女優さんで、ご本人だーと感動した。

舞台でも華美にせずとも美しさが溢れていて、画面を介さない、ダイレクトに伝わる魅力に圧倒される。
カモンテの後ろでコーラスに徹している時の姿がすごく綺麗で、引きの美しさを見に纏っていて、目が離せなかった。

ダンスと表情が釘づけになるほど美しくて、バックコーラスにまわるとしても溢れてしまう美と、前に出ないことで表れる引きの美をどちらも兼ね備えていて素晴らしかった。

 

そして佐野晶哉さん。佐野さんが演じる川崎大の人を惹きつける魅力がすごい…!!

舞台の上でのナチュラルな佇まいが素敵だった。お芝居!という力みかたではなくて、呼吸と同じリズムで言葉が出て、動きに役としての理由がちゃんと馴染んでいて。個性あふれる登場人物たちのなかで、もっと見ていたいと思う人物になっていた。

東京ワンダフルフライに関わるようになった川崎が、演奏の休憩時間に外でボーカルの麻子に視線を向けてアプローチをかけるものの、相手にされていなくてかわいかった。

 

バンドのボーヤは戻ってからロカビリーでヒットする。脚上がる。めっちゃ上がる。4、5回に渡ってやたら上げる。

滝野たちの前で回想シーンが入り混じるように、川崎大のヒストリーが語られる。あのシーンのスピード感が好きで、ぽかーんとなりつつもワクワクしてる自分がいた。

振り切ったテンション、ドラムの上手さ。君、そんな子だったのか…!と衝撃を受ける。だけど話しだすとかつてのボーヤのままで、むしろプロデューサーになった曽根川に話しかけられている時のハイテンションの方が、業界に飲まれるため無理をしているように見えて切なかった。

舞台は舞台として観たいと思いつつも、後輩の佐野晶哉さんのフルスロットルをぽかーんと眺める演技の安田章大さんの背中がシュールで、佐野晶哉さんにとってはきっと別の意味でも緊張するやつ…!と思いながら、後輩の大一番を見守る先輩の温かさを第三者目線で見守っていた。

 

あの人もこの人も、話し出したら止まらないほど「忘れてもらえないの歌」の世界で生きる人々は個性に溢れていた。また会いたいのに、それが簡単ではないことが寂しい。

でもきっと、「マイ・ブルー・ヘブン」のメロディーを喫茶店や街の景色から聴くたびに私は、東京ワンダフルフライでいた彼らのことを頭の中に思い描く。