マクベス記事、第二弾。
どこで終わるかは検討もつきません。またいろんなことを思ったので、書き残していきます。
ありがたいことに、二度観にいく機会をもらい、一瞬たりとも見逃すまいと目に焼き付けてきた。気付いた箇所や、ここまでの変化で違った印象になった場面も多くあった。
まず、大きく初めの頃と印象が変わった箇所がある。
“マクベスの孤独とマクベス夫人の孤独は一緒ではなかった”ということに、やっと気付いたのだ。
初見の時、マクベスの荒れっぷりと弱気な姿に感情移入するあまり、マクベス夫人のことを個人として見られていなかったことに気づいた。マクベスをけしかけ、思いのまま操っているとばかり。最も悪に走ったのはマクベス夫人で違いないと思っていた。
それが違うと分かったのは、「あなたには命を蘇らせる眠りが必要です」と泣きながら訴え、マクベスの腕を掴む夫人の姿を見た時だった。
必死で引き留めようと手を握るのに、マクベスは遂にその手を離して魔物のもとへと行ってしまう。
この場面でマクベスは、煌びやかな金の装飾が施された赤い王の衣装に、王冠を身につけ白い手袋をしているのだけど、
私が観に行った回で、その手袋の左手が最後に夫人に引っ張られたところで取れてしまった。しかしそれがまた、演出ではないのだけれど、切なさを増幅させた。
“置いて行かれた” そんな夫人の心が見えるような、悲しく重々しい沈黙だった。
落ちた手袋は、魔物がうまい具合に拾い、夫人の乗ったテーブルを下げていった。その拾い方も、夫人の目をじろりと見て威嚇するようだったのが、ハプニングに対する動きもプロなのだな…と感動した。勝手な想像で言うと、夫人が広い上げ握りしめたまま泣くというパターンもよかったかな、と思ったりする。
そして物語が進んでいき、再度気付かされる。
マクベスは後半、妻の元へも帰らなくなっていたのか。元々軍人であったマクベスは、家を開けることも多かったのかもしれないが、王になり、さらに戦へと身を投じるようになったマクベスは、妻との平穏な時間さえも求めなくなっていたのではと思うと、夫人の孤独がどれほどのものか、感じ取れる気がした。
夫マクベスの帰りを待ち、不安な気持ちを独り抱えて誰にも言えず、「あなた」と呼びながら消えていく夫人の姿が悲しい。
しかしことの始まりは夫人の口車なのだ。
ダンカン国王の暗殺をやめにしないかと相談するマクベスに、夫人は「今度からは私への愛もそのようなものだと思うことにいたしましょう」と言った。
この言葉が鍵だった気がした。マクベスにとって、信じていてほしい愛情をそのように言われたら。マクベスにとっての最初の動機は、自らが王になりたいという欲求より、妻に男として認められたい。感心されたいという気持ちからだったように思う。
「違う…」「そうじゃない」「それ以上言うな!」と、はじめは弱々しく、段々と語尾を強めていくマクベスの台詞の言い方が好きだった。
あの場面では、軍人というより、普通の夫として妻をなだめようと必死になっている姿が垣間見える。
その後、ダンカン国王を殺してしまい、朝がきたマクベスの城で、
「ダンカンを叩き起こしてくれ!」と叫びながら消えていくマクベスの声が、悲痛だった。それが彼の心からの本心なのだろうと。夫人に手を引っ張られ、よたよたと歩きながら、二階の扉の向こうへと消えていく様子が、頭から離れない。
あれほど自らのしてしまったことを恐れていたマクベスが、ついにはバンクォーの暗殺まで当たり前であるかのように計画していた時、
考えていることがあるんだと、得意げに語りだすマクベスを恐れの目で見た夫人の表情が印象に残った。
なにを考えているの?と尋ねても、知らぬままでいいと話してくれないマクベス。「あなたの顔は書物のよう」なにが書いてあるかはっきりとわかってしまうと始めに例えていた夫人には、あの時のマクベスは恐怖だったのではないか。
二人はずっと、一心同体なのだと思っていた。
しかし明らかに歯車が狂いだす瞬間が、舞台上で確かにあったのだと、やっと気付くことができた。バンクォーの暗殺からは、妻に相談などなく、マクベスの独断による暴走だったのかもしれない。
男の子だけを産むがいい、その気性からは男の子しか産まれまいと妻に言ったマクベスのことを考えると、例えとしての引用の意味があったとしても、マクベスも子供を望んでいたのだろうかと思った。
あれだけ仲の良かった夫人の間に子供がいないことで、何かしらの葛藤が二人にあったのだとしたら。マクベスが男として認められたいと考える気持ちにもすこし納得ができる。
終盤、夫人が一人で眠ったまま歩き回る場面で、夫人の着ている白いワンピース。お尻の辺りに赤く血がついているのはなぜだろうと考えていて、あえての演出であり決断したことだと演出家の鈴木さんは書かれていた。
私個人の、完全なる想像としてあげられるとしたら、ストレスからくるものか、子供をなくしたのではと、考えてしまった。あまりに痛ましいのでそれ以上考えたくはないけれど。
医師に、マクベス夫人が眠ったまま話しかける場面で、きちんと台詞は記憶できていないけれど、
マクダフには子供と奥さんが。奥さんはいまどこに?と聞いたマクベス夫人の真意はなんだろうと思った。
彼女の身の危険を察知していたのか、自らの孤独を分かち合えるのは彼女だと深層心理で求めていたのか。
わからないけれど、誰かを心配する気持ちが、まだ残っているのだと思った。
マクベスが妻に送った手紙のなかで、とても好きな一節がある。
“以上のこと、その胸一つに留めていてほしい” という部分。
言葉として美しい。マクベスからの妻への愛が、この言葉に込められているような気がして。
そしてクライマックス、
マクダフに追い詰められ、戦意を喪失したマクベスが、妻の幻を見て、最後の力を奮起させる場面。
“王冠を置いて” マクダフへと闘いを挑む。
わざわざ王冠を外したことに、意味があるのではと思った。演出上、置いておく必要があったというよりは、あの場でマクベスに王冠を頭から外させることに意味があったと感じたのだ。
王冠を外したことで、戦いは王座を争ってのものではなくなった。一人と一人の戦い。
王座に執着するなら王冠をつけて戦うはずなのに、マクベスとマクダフはその次元で戦ってはいないように見えた。ついには剣も投げ捨て、素手で殴り合いになる。
それぞれの愛する人を思いながら戦っていたのだろうか、と思った。
マクベス夫人。
彼女には個人としての名前がない時点で、悲しい部分が大きいと感じているのだけど、
今回観た舞台「マクベス」で、丸山隆平さんが演じるマクベス、安藤聖さんが演じるマクベス夫人を観たことでその印象は大きく変わった。
二人、戦のない世界で暮らしていたら、仲睦まじい夫婦でいられたのではと思わずにはいられない。
気丈に、自らの恐れを抑えながら、なぜ暗い顔をしているのです!しっかりなさい!とマクベスの前に立ち、笑顔を作って見せる夫人の姿は、健気ささえ感じた。