映画「ばしゃ馬さんとビッグマウス」が好きなんだ。

 
 
「ばしゃ馬さんとビッグマウス」という映画がある。
 
私のこの映画との出会いは、乗っていたバスのモニター広告で宣伝映像が流れていたことだった。なんか好きそう、と引きつけられる空気感のある映像で、観に行こうかな。なんて思っていたのに、私は結局そのタイミングで映画館へ行くことはなかった。
 
それから気づいたら2年経っていて、ある日なんとなくレンタル屋さんで棚に並ぶタイトルを見つけ、借りてみることにした。
 
 
結果、お気に入りの映画になった。
シナリオ作家を長年目指してばしゃ馬のように頑張り続けている馬淵さんと、シナリオ作家を同じく目指しているもののとんでもなくビッグマウスで言う事ばかりいっちょ前な天童、噛み合わないはずの二人なのに相乗効果を起こし、ほんのすこしずつ歯車が回り出すストーリー。予告でイメージするほど恋模様は濃くなくて、なんとも言えないリアリティーがすごい。監督のこれまでの映画の空気感も確かに現れていて、感じようによってはリアルすぎて居心地悪さを感じるくらい、所々にでてくる演者さんの台詞も空気感も、こういう人いそう…!とぞわぞわする。そのなかで、馬淵役の麻生久美子さんの気張らない演技は揺るぎなく冴え渡っている。でも今回、私が話したくてたまらないのは関ジャニ∞安田章大さんの演技にべた惚れしたというはなし。
 
今よりずっと、何となくでしか安田章大さんを知らなかった頃に見たこの映画の予告で、音声もないというのにこの映画観てみたいと思ったのは、安田さんの演技に表情だけで惹かれていたからかもしれない。彼の演じる天童という役は見ようによっては、ほんとーーーーに口ばっかりで嫌なやつ。嫌いにならずに観ていられてむしろ愛らしさまで感じてしまうのは、安田さんが元来から持っている人懐っこい空気が滲み出ているからなのではないかと思うほど、安田さんが演じていることで魅力に溢れている。
 
 
頑張ろうと思いたい、でも決起に満ちすぎているのもカロリーオーバーで、という時にぴったりの映画だと思うのです。実際私は今週もレンタルして、繰り返し観ている。テーマは大きく括れば “夢” だけど、爽やかに走り抜けるだけの道ではなく、格好わるくても無骨でもまだ追いかけていたいと思ってしまう葛藤や、諦めたから届かないのか、才能が足りなかったから辿り着けなかったのかと考えながら選びながら進んでいく馬淵さんと天童が、人間らしくて、愛くるしい。映画の中には、自分事でないからと投げっぱなしの言葉を相手に言えてしまう映画監督やシナリオ教室のクラスメイトもいたりして、 “かゆいわー!” と居たたまれなくなる場面もあったりする。そう考えると、馬淵さんと天童の関係性は上っ面ではなく対等で、だからこそ押し上げ合える関係になれている。
 
天童のビッグマウスも、そのどれもが自信のなさから大きく見せようとする心境と、自分自身を奮い立たせようとするがゆえのもので、口ばっかりから一歩を踏み込み現実にぶち当たった天童は、そこで投げ出さず、やっと否定される恐怖から脱却することができる。
 
 
 
安田さんの目線の動かし方は意図的で自然。それがすごいと何度観ても感動する。台詞の声色も一辺倒ではなく、あっけらかんと話したり強気に話したり、そうかと思ったら弱々しい部分も見え隠れするような声色に変わったりするから、天童の可愛さは増幅して魅力的になって、憎めない。関西弁のままでの演技にしてくれたことに喜びしかなくて、馴染んだ言葉だからこそ、あの自然体さが生まれたと思うし、耳心地のいい関西弁を聴きたくて観ているとこもある。それくらい、癒される。
 
そして。ポイントだと思ったのが、基本は関西弁で話す天童なのに、馬淵さんに話しかける時の言葉が、「 ねぇ 」で標準語になっているところ。ここなんですよ…ここ。言い方といい、声のトーンといい、関西弁なら「なぁ」でもいいはずのところを。さじ加減が絶妙。
 
 
 
好きなところをいくつか挙げると、
 
  1. 電話越しの声だけなのに優しくはにかむ表情が伝わる、天童の「酔うてるん…?」という台詞
  2. ショックのあまり、「わああああああああ」と町を走り抜ける天童
  3. 弱い部分をふいに見せてしまったあと、思わぬ馬淵さんの反応に「ジョークやで…??」とおどけた表情で見せてごまかす天童の切なさ
 
 この3つのシーンは特に、特におすすめしたい。私が天童の役柄に惚れたのは、3番目に挙げたシーンの安田さんがたまらなく切なく、愛くるしかったから。相手の反応に過敏に気付き、即座に笑いにしてごまかそうとする天童の目線、声、表情に惹かれて、共感せずにはいられなかった。あのシーンだけでなく、所々に映る、天童の“相手を見つめる目”だけで、映画の中では描き切らない天童の抱えるものが伝わってくる。
 
馬淵さんの役でグッと掴まれたのは、馬淵さんが部屋で音楽を流しながら独り泣きじゃくるシーンで、泣いている最中に音楽がガンガンのロックに変わり半泣きのまま音楽をいい感じの曲に戻すシーンのリアリティーが強く、あるよなー!と共感してしまう。悲しいのに、泣いているのにどこか冷静さはあって、自己演出している部分があったりするところを、チクチクついてくる。そんな気だるい現実感もあるこの映画を、なぜ私は好むのだろうと考えると、この人間関係に憧れるからだ。
 
あんなにゆるっとしているシナリオ学校で得られるものって…?と疑問に感じながら観ていた自分が、ああ馬淵さんはこの道を通って良かったんだなとハッと気付かさせられるシーンがある。終盤の心地いいタイミングで、自転車の車輪が回り出し勢いがつき始めるようなテンポのいいシーンの切り替わりのなかで、二人がそれぞれに書き上げた作品を見せ合うシーン。馴れ合うのでも嫌い合うでもなく、馬淵さんが天童をうざがりながらも、あーでもないこーでもないと語り合う姿が、台詞なしで展開されていく。その二人が眩しいほど生き生きしていて、馬淵さんがはじめに話していたようなシナリオ業界とのパイプ作りが叶っていなかったとしても、このシナリオ学校に入らなければこの二人が知り合いになることも無かったわけで、思っていたような素敵な出会いでなかったとしてもこれもいいじゃないかと感じさせてくれるような空気感が、本当によかった。あんなにおもしろく楽しい人間関係が築けていたら素晴らしい。日常では、直感的に合わないから、いやな感じだからとキッパリ線を引いて距離を置き、居心地のいい環境にのみ浸ることも出来るようにはなっているけど、あえてそれを選ばずに、“面倒くさいけど一緒にいる”ような相手もいいなと感じられた。
 
 
この映画のポスターデザインもすごく好きで、なぜあの時リアルタイムで観に行かなかったんだろう、フライヤーもパンフレットもほしかった…と悔やまれるくらい。緑とピンクの色合いが優しく綺麗で、馬淵さんを頬杖ついて見上げる天童の可愛さたるや。映画で天童が着ている衣装も、ちょっと風変わりで可愛いファッションなのが見どころ。
 
 
これだけ何度も見返すんだから、いい加減DVDボックスを自宅に置きたいと思ってる。人間味、あふれすぎ…?と思う場面も多少あるけど、素敵な映画です。まだ見たことのない人にもぜひ興味をもってもらえたら嬉しい。