「 Undress 」感想 《傘をもたない 蟻たちは》

 
 
「 Undress 」
内側と外側、当事者と傍観者、その曖昧で危うい境界線を思い知らされる小説だった。“ 自分は 今 どちら側に立たされているのか。優勢なのか劣勢なのか? ” ぐるぐると逆転する立場に読んでいる自分までもが翻弄される。
 
始まりはサラリーマンの珍しくはない日々を、でもどこかファンタジーのようでもある日々を追って読んでいるうち、じわじわと迫り来る、重くよどんだグレー色の雨雲が不穏な空気を増殖させ、そのいやな空気にならうかのように人の虚勢や悪意があらわになっていく。
 
 
リサが泣き出す場面、涙で濡れた睫毛を《露のついた草木》と表す言葉の使い方が印象的だった。その様子は目にしたことがあっても、言葉には表し難いと思っていた状態を、こう言い表すことができるのかと感動した。小説は比喩に比喩を重ねて引いてを繰り返す数式のようなものだと感じていたが、この場合、すっきりはまる気持ちのいい解答式を見つけたような、そんな気持ちになった。
 
そして、リサとの別れを飲み込んだ大西の心境を表す、65pの《夜に捨てられた気分》という表現がとても好きだった。“見離された”でも“ついていない”でもなく、《夜に捨てられた気分》という描写は、大西の心境を感じ取るポイントになったと同時に、外に出た瞬間香る冷やかな夜のにおいまでも感じさせた。
 
石田と大西のやり取りは、打ちのめされていく大西もそうだが、石田の人間的な部分が露わになっていた。会話の上では優位に立てているように見えても、彼の内側は必死であるように感じた。表向きに笑みを浮かべられたとしても、水面下でバタバタと足を動かしもがく鳥のように、こいつの上に立ってやるんだと心を歪ませ力む彼の心が透けて見えて苦しく思った。石田が仕事というフィールドで見返すつもりならまだ、読んでいて彼に対する感情移入の余地があったのかもしれないが、守るべきものを守らず飄々としている石田に、共感することは難しかった。
 
 
足元をすくわれれば簡単にひっくり返る。会社同士の間でも、一社員の間でも巻き起こるなんとも面倒な人間関係。自分だったらこんな会社では働きたくないと思うが、ありそうでない、でもどこかあるかもしれないと思ってしまう、短編でありながら深読みしたくなるストーリーが、読んでいて最後まで緊張感を解いてはくれなかった。何のことだか分からないまま手に持っていたピースが、どこにハマるのか分かった時、言いようのない気持ちわるさと登場人物たちへの不信感が湧き上がる。しかし人間らしくも感じてしまうこの矛盾に、面白さを感じてもう一度、読みたくなる不思議。
 
元々、サラリーマンが読者としている雑誌に載せるという前提で書いた話だと考えながら読むと、読者を引きつけるための仕掛けや考えられた会社抗争が際立って見え、よりおもしろい。
 
 
最後に、「Undress」を読んで私に残った疑問は、 “ 大西はそうまでされるほどひどい人間だっただろうか? ”  ということだった。日々の積み重ねやバックグラウンドがあったりするのかもしれない。私の読み込みが足りないのかもしれない。けれど、私には大西が子どものように憧れを “ 脱サラ ” というものに抱き、その日を夢みてサラリーマンを着て、10年以上もの間働き通した少年のような人にしか見えないのだ。
 
人生設計をしっかりと立て、同僚を特に愛してはいないと言いながら、赤いペンをオーダーメイドで全員に配る。素直でないのだ、彼は。そんな彼が、執着している気はないと思いながらも、居た堪れず行動に移すほどの人だったリサまでもがああでは、救われない。あまりにも。そう思いながら読み進めた最後にあったものは、ひとすじの光のようでいて、囚われの身へとまた落ちていくような、なんとも言えない希望と絶望が混ざり合うマーブルの世界だった。