マイライフはこのパイの中に。ミュージカル「WAITRESS」

 

舞台の両サイドに、柱のようなショーウィンドウ。パイがいくつも並んでいる。

幕には、編み編みになったパイ生地と奥に見える赤い果実。

 

高畑充希さんが、このミュージカルが大好きだと「おげんさんといっしょ」で話をして、

日本語版もまだない「WAITRESS(ウェイトレス)」という作品から、「She Used to Be Mine」を英語のまま歌うまでは、このミュージカルのことを知らなかった。

完全に真っさら。でも、言葉では表し足りないという様子で熱を持って話す、高畑充希さんの言葉からそれを観てみたいと思った。

日本版になったりしないのかなーなんて考えながら見ていたら、なんとそう話す高畑充希さんが主演で日本版が上演されると言うのだから驚いた。

 

観るでしょう!決まったようなものだったけど、チケット価格には一瞬躊躇した。

赤坂ACTシアターでの作品を観る機会はわりと多くて、でもS席を選ぶことはほぼなかった。ほかに大きい劇場での作品というと「キンキーブーツ」が最も奮発したチケットだったと思う。

安くはない。それでも。観たかった。

 

 

ミュージカル「WAITRESS

 

パイが売りのダイナーで働く彼女、ジェナ役に高畑充希さん。

ポマター医師を、宮野真守さん。

ジェナと共にダイナーで働く同僚、ドーンは宮澤エマさん。ベッキーは、LiLiCoさん、浦嶋りんこさんのダブルキャスト

ジェナを歪な愛のようなもので縛り付けるアールに、渡辺大輔さん。

ドーンに想いを寄せて驚きのアタックを見せ続けるのは、オギーおばたのお兄さんが演じる。

ジェナたちが働くダイナーの料理人、カルは勝矢さん。

ダイナーにやって来る、ちょっと扱いの難しい常連のジョー佐藤正宏さんが演じる。

【ここから内容に触れるので、これから観劇予定の方はご注意ください。】

 

ダンスから様々な役柄、セット転換にも関わるアンサンブルに、

黒沼亮さん、田中真由さん、茶谷健太さん、中野太一さん、藤森蓮華さん、麦嶋真帆さん、渡辺七海さん。

バンドメンバーに、

ピアノ・コンダクターは太田裕子さん。キーボードは明石敏子さん。ドラムスは佐々木章さん。ベースは石田純さん。

ギター1は塚田剛さん、渡辺具義さん。チェロ&ギター2は伊藤ハルトシさん、小宮哲朗さん。

 

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初めて足を運んだ日生劇場
風情ある素敵な劇場だった。洞窟の中みたいで、曲線美の建築。椅子はふかふか。床も赤のカーペット。

高畑充希さんは、海外での公演を観劇した当時、劇場の売店でパイが売られていて、その情景も含めて素晴らしかったと話していた。

もし、ここにパイの香りがしていたら。想像するだけでわくわくした。

 

ストーリーは女性が働く、ウェイトレスという職業にフォーカスを当てた内容なのかなとイメージしていた。

観てみると、そういうことではなかった。

人生の計画。想定外の出来事。お腹が大きくなって、時間を一緒にすごしていくこと。私のものだったはずの私が、いつの間にか。

生まれたこと、産むことを描くミュージカルだった。

 

 

幕が開いて、舞台の奥、右サイドにバンドメンバーがスタンバイしていることに気づいた時のときめき。

グリーンのエレキギターが見えて、この作品の音楽が、どんな曲調なのかはじめにピンときたことが嬉しかった。

生演奏だ!とテンションが上がって、しかもダイナーの一角に座るお客さんのように、さりげなく馴染んでいるキュートさ。

グランドピアノもあって、テーブルと同じ明るめの木目柄が施されている。パイが器に乗って置いてあったり、コーヒーのマグカップがあったり。

奏者さんたちもお客さん。メガネを掛けたドーンがコーヒーを淹れに行って、“ありがとう”とリアクションしたり、“ぼくは大丈夫”という感じでやり取りしたりしていた。

二幕からは、確かピアノとギターのお二方がそっとオケピから出てきて、ダイナーの座席に実際に座り、ベッキーにコーヒーを注いでもらっていて、遊び心が素敵だった。

 

アンサンブルさんの動きと一緒に、腕を伸ばして指パッチンをするシーンもあり、

演奏に徹するだけでなく、カンパニーのメンバーとしてお芝居の一員でもあるのが良かった。

 


印象的だったのは、壁に映るジェナの横顔。ポニーテール。そのシルエット。

ジェナとアールの家でのシーンは、部屋の寸法小さめにしてある?と少し思った。自分が上から観ているからなのか、視覚効果か、アールの体格がさらに大きく見える。

 


ジェナとポマター先生とのシーンは、もうずるい。絶妙にコミカル。

ポマター先生のしていることも、ジェナのしていることも、おいおいおいおい!なのだけど、絶妙なコミカルさで行ったり来たりするから、うわ…と引ききれない。むしろチャーミングさを感じてしまうおそろしい。

「経過は順調そうでなによりです」をあんなコミカルに言えてしまうのは、宮野真守さんがポマター先生を演じるからで、テンションもテンポ感も、息つく暇なく見事。

 

そして長い白衣を羽織ろうと負けない長身。

雅マモルで目に焼きついていたはずなのに、登場すぐに思ったのは宮野真守さんの脚!長さ!!腰の位置はどうなっているのか!

あの台をぴょーんと飛び越えたり、ごまかして立ち上がろうとしたのに足が台に引っかかって、なだぎ武さんの自転車乗りのごとく片足ストレッチ状態になったり。

「ジムって呼んで」と言ったことで、ようやくポマター先生の名前がわかったところにキュンときてしまった。

 


おばたのお兄さんが演じるオギーが、思う以上にインパクトを掻っ攫っていく。こんなに個性豊かな人たちの中でさえ。

細かい動作、きっかけ、どれも完璧。スタッフさんとの息ぴったり。アクロバットまで。花束トスもノールック。

テーブルクラス引きのシーンで、ドーンの足元にクロスが踏まれたままだったのは予定外かもしれないけれど、焦らずリアクションを続けていて、もう一度ドーンがリフトされたタイミングでサッと引いていたのが素晴らしかった。

 

 

ダイナーの窓の向こうに広がる空が、朝になったり夕暮れになったりするのが綺麗だった。

行ったことはないのに、懐かしい感じがするアメリカの田舎町。
バスを待つシーンでの広い道路の向こうに続く空も素敵だった。左側に1本だけ立つ街灯。ポマター先生のセリフと共に点く灯り。

チェロの登場にテンションが跳ね上がった。

 

ドーンとオギーとのシーンで演奏される曲調がとても好きで、それはやっぱりドラムをブラシで叩いていて、チェロが登場するジャジーなムードの曲だった。

 

 

ドーンを演じる宮澤エマさんの歌声を聴くのもすごく楽しみにしていた。

ミュージックフェアで「Diamonds Are girl’s Best Friends」を歌うのを聴いて以来、ミュージカルに立つ宮澤エマさんが観たかった。

ドーンのビジュアルから、コミカルさの強いキャラクターになるのかなと思ったけれど、ドーンの存在を“キャラクター”にはしない演出と宮澤エマさんのお芝居に心惹かれた。

通る声で、可愛くきゅるっとさせることもできるなかで、そういう瞬間もありながら、落ち着いて話すトーンも大切にしているドーンの存在感に癒された。

 

勝矢さんが演じるカルも、セリフではないシーンでつい目で追いたくなるほど魅力を放っていて、キッチン奥にいてオーダーの札をビッと外す仕草や、それを針に刺していく動作にリアリティがあった。

「キンキーブーツ」で好きになった、ミュージカルでの勝矢さんをこうしてまた観られて嬉しかった。

浦嶋りんこさんも、レキシミュージカル「ざ・びぎにんぐおぶらぶ」で姿を観て以来、もう一度あのパワフルな歌声が聴きたい!と思った願いが叶った。最高に魅力的なベッキーだった。

 

 

高畑充希さんのジェナとしての歌声は、もはや語ることと同意義で、頑張って歌っているようには聞こえない。

どこまでも届きそうな声が、澄んだままで飛んでくる。

ジェナの胸の内にある熱は冷めることなく、その声に乗って、メロディーと歌声で心に届く。

 

必要だった決心。

その瞬間をくれたのは“あの子”

 

 

観る前にイメージしていた以上に、エスイーエックスな表現がしっかりだったことに戸惑いはあった。

2人の関係も、だけじゃない関係も、おいおいおいおい…?というのは変わらないけど、人が生きる姿を見た実感は、確かなものとして残った。

ジェナが決めたこと、抜け出す力はすでに自分に備わっていると気づけたこと、よかった。

 

ジェナがポマター先生に言った、あと“2年ぐらい…”のセリフは、起こるであろうその先を理解していて、

まあ看護婦さんにバレている時点で相手にも知られている気はするけど、あれ以上の苦痛を自ら選ぶことをしないでいてくれて少しほっとした。

 

高畑充希さんと宮野真守さんの歌声のハーモニーは、これからしばらく耳が落ち着いていられそうなほど素敵な相性だった。

バンドの演奏、アンサンブルメンバーの歌声、ガッとひとつになった音の厚みに心震えた。

 

 

私はダイナーが好きだ。ネオンの看板も、ビビットな座席も、ペーパーナプキンに銀のスプーン、ナイフ。

イカロリーなメニューがたっぷり。ワッフルにベーコンにパンケーキにポテト…

夜でも、朝でも。いつでもおいでと迎えてくれているような空間。

文化も含めて、ヒラリー・ダフ主演の映画「シンデレラ・ストーリー」を見た時から決定的に心掴まれている。いつかUSJのダイナーに行きたい。

 

水色のウェイトレス服に、白のエプロン。名札をつけて。

ふわりと首元に舞い降りるエプロンの演出が美しくて、人の手でエプロンを掛けていることに変わりはないのだけど、魅せ方でこんなにもマジカルになるのかと感動した。

 

ふぅっと吹くと、暗闇に白く舞う小麦粉。

注ぐ材料、手でこねて、棒で伸ばす生地、タルト皿に生地を入れて淵に沿ってはみ出た生地を取る作業まで。舞台の上で、パイが作られていく。

Sugar…butter…flour 

耳を澄ませば聞こえてくる。

甘い香り漂う素敵なパイに、マイライフをぎゅっと込めるなら、どんなパイが出来上がるだろう。