西川貴教さんが歌った「やっぱ好きやねん」哀愁溢れる大阪

 

2020年の10月にNHKで放送された「わが心の大阪メロディー」

大阪づくしなこの歌番組が好きで、今回も心待ちにしていた。

 

なにわ男子の「ダイヤモンドスマイル」披露。

丘みどりさんの歌と共にAぇ! groupが踊った「雨の御堂筋」の艶っぽさの魅力。2グループ揃ってのパフォーマンス。語りたいことは多々あるけど、

西川貴教さんが、ど緊張しながら披露した「やっぱ好きやねん」

これが忘れられなくて、未だに見ては堪らない…!と噛み締めている。

 

 

やっぱ好きやねん

作詞・作曲:鹿 紋太郎さん

 

もう一度 やり直そうて

平気な顔をして いまさら

 

歌い始めから情緒で溢れている。

この二行で、どんな相手が、どんな状況で、やり直そうと話をしに来たのかが思い浮かぶ凄さ。

歌の感じからして、“もう一度”と言うけど、これが復縁を言い出して二度目だとは思えないところがまた。

何度も何度も同じことを繰り返しているのではと想像できる駄目さが、あかんひとと思ったとしても情を込めて見つめてしまう、危うい哀愁を表していて、歌で入り込む歌詞の世界に魅了される。

 

歌い方だけでなく、“やり直そうて”と歌詞表記でも書かれているところが好きで、

『〜って』ではない、繋げて発音する『て』の良さに毎度浸る。

 

“平気な顔をして いまさら”の、肩の力も抜けて呆れているのに、相手の話をちゃんと聞いていそうな歌い方。“いまさら”の、苛立ちも含んだ溜め。

西川貴教さんの表現する「やっぱ好きやねん」が、やわ過ぎずくどすぎず素晴らしくて、マイベストカバーなのでどうにか音源化してほしいと願うほど。

 

さしずめ 振られたんやね

ここでくうーっ!ときてしまう。飲めるなら熱燗一本は飲みきるところ。

“さしずめ”!!その言葉表現が好きで好きで。

この言葉があることによって、もう話なんてこれ以上聞かなくてもあんたのことはようわかってると言うかのように、先回りで見当がついている彼女の一枚上手な感じがいい。

 

嘘のひとつも つかないで 出てったくせに

この一言で、別れる時に取り繕いもせず、あっけらかんと好きな女が出来たとかなんとか言ったんだろうなと思い浮かぶ。

行間のすごい歌詞だと思った。

 

“過ぎたことやと笑ってる”で、完全に駄目押し。

あの時置いて行かれた彼女のやるせなさ、責めることもしなかった情けを考えもせずに、ふらっと返って来られるだけでもタフメンタルなのに、“過ぎたことや”と笑ってしまえる。根っからのさすらい性分。

なのに…!!

 

やっぱ好きやねん

やっぱ好きやねん

悔しいけど あかん あんた よう忘れられん

 

なんでー!!

そう叫びたくなる、わからない女心。女心と言うか、彼女の溺れ具合に親友の立ち位置で、全力で止めたくなる。

“悔しいけど あかん”の表現は、関西弁だから出来る表現の色合いだと思う。弱々しささえ人間味にして、愛くるしくしてしまう。ずるい。

 

“よう忘れられん”も、『忘れられない』と言うのとも違う、『ん』が語尾にくる柔らかさと余韻。

“よう”がつくことで、そんなこと簡単に出来ないといったニュアンスが込められて、なら忘れなくていいわもう気が済むまで…!とまた親友目線で諦めてしまう。

 

“やっぱすっきゃねん”と繰り返すサビばかりを、様々な場で何度も聴いていた。

歌の歌詞をテロップでまじまじと読みながら1番から聴いたのはあの番組が初めてで、こことここが繋がってそういう歌なのか!!と衝撃だった。

 

 

見慣れた 街のあかりが

何故だか 鮮やかに 映るわ

 

ここで、彼女の心の柔らかさが表面に出る気がして、こんなに可愛らしさを持つ人なんだから幸せになってよ…と謎の願いが生まれる。

この歌、歌詞の言葉ひとつひとつに、ぎゅうぎゅうに詰まっている、関西ならではの勝ち気な感じ。だけどもろく崩れやすいアンバランスな心境がとてつもない魅力で、何度聴いても胸がたぎる。

この場合の語尾は、関西弁で解釈すれば『〜やわ』などに使う『わ』なのかなと思ったけれど、

もし、ふいに出た乙女心の言語化のような形で、『〜だわ』と使われるニュアンスの『わ』がここにだけ出ているのだとしたら、なんて可愛い人なんだと私が惚れてしまう。

 

一度終わった恋やもん 壊れても もともと

 

いい…

一旦諦めているから言える“もともと”

“一度終わった恋やもん 壊れても もともと”再度書きたくなるほどいい。今度こそ、ではなく、一度終わっているんだからまた壊れても仕方ないと思いながら、もう一度始める。

突き放せる賢さを持っているはずなのに、あえて見えない振りをする押しては返す心境を、歌詞としてこんなに言い表せるんだと圧倒される。

しかもそこに、関西の風を乗せる。関西の気質を言葉に込める。

 

つくづくめでたい女やと

自分で 自分を 笑うけど

 

この歌詞に完全ノックアウトされた。

誰かに言われたのではなくて、自分で笑ってしまうところが滲みる。

これも、めでたいやっちゃなと笑うニュアンスを持ち合わせている関西だから、成立することのような気がしている。

呆れを通り越してふっと笑けてしまう感覚に、大阪気質だ…とグッときた。

 

 

「やっぱ好きやねん」に、こんなに言葉少なに物語る風情があったこと。

やしきたかじんさんが歌っている印象はあったけど、西川貴教さんが歌った時の魅力も素晴らしいこと。

恋に浸るとか失恋とかそんなの関係なく、大阪への恋しさがピークに達したとき、聴きたくなるここにしかない哀愁。

 

関ジャニ∞の「イッツマイソウル」も、ここからの流れを継いでいる気がして、私はその地に漂う概念のような、だけど確かに感じられる風土からして好きなのだと思った。

何度でも帰りたくなる。どれだけ月日が経とうと、鮮明に蘇って忘れられない。

歌のタイトルまさにな気持ちが、私の心にもある。