遠回りでも、振り出しじゃない - 第10話「‪いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう‬」最終話 感想

 

電話を受けた木穂子さんの動揺と、咄嗟に座り込む姿からはじまる最終話。


病院で、引ったくりにあった女の子は状況を知らずに楽観的に話してしまう。

感情を堪えきれない朝陽に、お互いの状況を考えて間に入った練。朝陽と女の子の会話を見ている時の練の表情が、ちゃんと朝陽の気持ちをわかっている顔で、それが一層切なかった。

 

お茶を自動販売機で買って、ペットボトルのキャップ。一度開けて、締めてから渡してあげる練の動作。

状況がわかって動揺している女の子には開けることもままならないだろうと、配慮する行動が素敵だった。

「杉原さんは放っとかない。通り過ぎたりしない」

音が練に思っているように、練も音をそういう人だと思っている。


「転んだだけだよ」と手を握る朝陽。

物語の後半は不安そうだったり、怒ったり、難しい顔をしていることが多かった朝陽の、ここがすごく好き。

引ったくりで捕まった男の子、助けに行かないと…と言う音に「たぶん…練が行ったと思う」と木穂子が言う。

そっち。こういう時、そっちを選べる。

だから練なんだ…というような朝陽の表情が複雑で。そんな二択、難しすぎる。練も、朝陽がいたから出来たことだと思うし、

きっと考えて出来ることじゃない。そんな次元で動けてしまう練に、朝陽は圧倒的な“敵わなさ”を感じたのではと思った。

 

 

病院から戻った、音と朝陽のシーン。

「僕はもう君のこと好きじゃない」

言いたくないことを口にして、言いたいことは絶対に言わないと決めた人の表情。話しているけど、閉ざしている口元。

 

「私はもう決めて」

「決めることじゃない。恋愛って決めることじゃない。」

 

「僕を、選んだらだめだ。僕はもう、君のこと好きじゃない」

その言葉ひとつひとつが愛情の表れで、大好きが溢れているから悲しい。

涙を指で拭おうとして、その指を止める。ハンカチを音の手に握らせて、自分で拭えるように。

「いつかまた、ご飯食べに行こう。4人で。」

誰と誰の4人なのか、しばらく経って理解して、朝陽の懸命な優しさに胸がつまる思いだった。

泣きたくて、抱きしめたい思いをぐっとこらえて、ハンカチと一緒に手だけを握った朝陽。

音には練だと、見ながら木穂子さんのように確固として思い続けてきたけれど、朝陽の想いも真実だったと感じたのは、このシーンから伝わるものがあったからだった。


これからどうなるのかという時に、電話が鳴る。

通知を見て、「林田音です」と出た電話に、いい予感がしなかった。

 

 

北海道に、帰ってしまった

見ていて肩の力が抜けた。せっかくここまで、音ちゃんが自分の生活を取り戻していたのに。

部屋を片付けて、ずっと大切にしていた白桃の缶詰の蓋を開けて、最後に食べる。

音ちゃんがお母さんへ書いた、手紙の返事。

 

努力って、時々報われる。

お金は貯まらない。でも、わたしには足りてる。

ちょっとのいいことがあれば、夜寝る時に思い出せる。優しい気持ちになれる

私には、思い出が足りてる


会ったことのない人を想像するのが好きな音。混ざってるから、綺麗なものは探さないと見つからない。

6才の私に教えてあげたい。あなたは、いつかひとりじゃなくなるよ

それまで待っててね、がんばって待っててね


部屋の中で、納得したみたいに見えた音の表情。

けどそんなはずはなくて。練からの電話に「なに?」「北海道やけど」と強く答える。この時の関西弁は、隠している時の関西弁。本当がバレないように。

強く目をつむって、間に合わなかったという練の表情が、やるせなさを心底表していて胸が苦しい。

 


悲しかった。北海道に帰った音ちゃんを見てるのが。

でも、ファミレスでコーヒーを持ってきてもらって、二人ともありがとうって言うのは一緒。


部屋も、仕事も、口を開けば逆のことばかり。グレてる音ちゃん。でも前に来た時、トマトソースと大根おろしのハンバーグを食べたこと、練よりも覚えてる。

ちょっと心をほぐすと、すべて揺らいでしまうんだろうなとわかる。

まだ途中だった。途中で戻ってしまったこと、きっと誰よりも自分に苛立っている。

 

「東京には帰られへん。ここで暮らす」

「はい」

意固地な音ちゃんを見ていて、もう音ちゃんほんまにあほ…と思う。けど音ちゃんはそれを選ぶ人だとわかってしまう。

「これで安心して振り出し戻れるわ」

キリッと心が痛む。

 

「振り出しじゃないですよ。杉原さん。振り出しじゃないですよ。」

「変わってないように見えるかもしれないけど、全然違います」

練の言葉が、折れそうな音の心をどれほど励ましたんだろう。

練が、音のことを「杉原さん」と呼ぶ。

親戚に引き取られてからの“林田”ではなく、杉原さん。それはとても大切なことで、名前はその人のアイデンティティそのもの。音にとって、“林田音”は自らを封印した名前で、母との繋がりの象徴である杉原音という名前は、自分が自分でいるための鍵になるもの。

 

「人が頑張ったのって、頑張って生きたのって、目に見えないかもしれないけど、心に残るんだと思います」

「杉原さんの心にも、出会ってきた人たちの心にも、僕の心にも」

 

「道があって、約束があって、ちょっとの運があれば、また会えます」

また会える。会いに来てくれる人がいる。

無いように見えて、出会っていった人たちの心に残る自分の存在が、ふとしたとき感触として返ってくる。

 

「近道?」

「ううん、遠回り」

いたずらっぽく笑う音が可愛くて。

遠回りなのは、二人の関係性にも通じると思った。

 

坂本裕二さんの紡ぐ物語は、特に恋をしている二人は、なかなかハッピーエンドにならない。

だけど、この物語も手放しの希望ではないとしても、可能性を残してくれたことにありがとうと思っている。

放送当時の記憶が確かなら、演者さんたち自身がこの役たちを必ず幸せにしてくださいと強く願って、想定よりもうすこし優しい終わりになったと対談やインタビューで聞いた覚えがある。

そしてラストシーンの雪は、本当にこの日の夜中に降りだした雪。

 

 

杉原 音。曽田 練。

好きで好きで仕方ないドラマ。大好きな二人。

「‪いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう‬」

 

きっと私の周りにいる人は、耳にタコができるほどこのドラマの名前を聞かされている。

音ちゃんはすごいな。そう憧れのように眺めていた。

私はこの作品がなかったら、とうに“自分のことを考える”ということを諦めていたと思う。あなたはどうなのか?と聞かれるときの“あなた”を消したまま進んで行くことになったと思う。

2016年1月18日から、3月21日までの放送を見ていた4年前。思うより近い気もするけど、今よりもっと幼くて、何も決められない気がしていた。

でももう大丈夫。多分だけど、大丈夫。

 

このドラマの感想を書き始めたのはずっと前で、途中、これ最後まで書ききるのか…?と自分でも分からなくなったりした。

だけどこのドラマについてだけは、ちゃんと最後まで感想を書き残しておきたくて。どうにかここまでたどり着いた。

いつか、坂本裕二さんにお手紙を渡したい。叶う願いかはわからないけれど、いつか。