その音色はコンパス。私の道しるべ「ディズニーオンクラシック 2020」

 

4つ並んだチェロやコントラバス。丸が可愛く並ぶティンパニ。羽のような造形美のハープ。

遠くから見つめても、ああオーケストラの演奏が始まる…と胸が高鳴る。

 

会場に行くことも、直にコンサートを観ることも、8ヶ月以上ぶり。

美女と野獣 イン コンサート」以来だった。

あの時に観た奏者さんたちはどうしているのだろうと、何度となく思いを巡らせた。

だから、今回の開催の知らせを聞いて、ひとつ安堵した。

オーケストラの演奏の場が出来る。今年は無いのかもしれないと覚悟していたディズニーオンクラシックが、開催される。

 

情熱大陸」で、東京フィルハーモニー交響楽団の状況を見て、奏者さんの葛藤はもっと身近に、切実さを増して伝わってきた。

始まりは東京フィルハーモニー交響楽団として行われていたディズニーオンクラシック。2015年からオーケストラ・ジャパンが設立されて、年一度に限らず、様々なディズニー音楽の形を届ける公演を行っていた。

この状況で、東京フィルハーモニー交響楽団としてどう企画を立てていったらいいか。模索の只中であることは、番組の終盤の社員さんの話しから理解できた。

だからこそ、ディズニーオンクラシックは、あの場所で演奏していた奏者さん、指揮者さん、ボーカリストさん、ナビゲーターさん。音響、照明、様々なスタッフさんは、どうしているだろうか。

いつ、また会えるだろうか。

 

音が鳴り続いていてほしいと願っていた。

もしその場に自分が居られないとしても。

 

チケットが発売になって、正直、どうしたら…と考えた。

考えて、指示に従いアプリをインストールしておくこと、公演前の数週間は必要最低限の外出にとどめること。公演後は数日、外出を控えることを自分なりにルールにして、観に行くことにした。

 

当日、東京国際フォーラムホールA。

入場の時から、会場案内のスタッフさんが懸命に速やかな誘導を行い、一人一人を検温。チケットを切り離すのは自分で。それからスタッフさんが手にアルコールを吹き付けてくれる。

徹底するという意思と実行が見て取れた。

エスカレーターで登る度、上の方で手すり部分を押さえて消毒してくれているスタッフさん。たまに拭く、というレベルではなかった。

嬉しかったのは、作業に徹して素っ気ないなんてことは無く、スタッフさんたちが歓迎の雰囲気で、丁寧で優しいお辞儀と共に迎え入れてくれたことだった。

 

開演前には、ささきフランチェスコさんのアナウンスが定期的に聞こえてくる。

ステージを眺めながら、ぼーっと落ち着いた時間を過ごしているうちに、1時間前の入場もあっという間に過ぎた。

案内でもアナウンスでも、ソーシャルではなく、フィジカルディスタンスと言い表していることに、海外でも共通して伝わる表現にしたいという思いを感じた。

 

館内に流れるのは、「ファンテイリュージョン!」「そばにいて」「イマジネーションソング」などなど。

「そばにいて」が特に好きで、ひたすら耳を澄まして聴いた。

ディズニーオンクラシックを観る時は、ドキドキと言うよりワクワクで、リラックスして席につくことができる。

2階席の、後の後の方。

開演前、楽器ごとのチューニングは一斉に行わず、楽器ごとの中でも順番に間隔を開けるようにされていた。

 

 

ついに始まる夢の時間。

「ファンテイリュージョン!」“フェアリー・ガーデン”が、ライト彩る夜のパレードへと導く。

2回席後方。こんなに高い場所に、音が届く。

ホールの作りとして、知っている人は当たり前なのかもしれないけど、オーケストラの音がこんなに前に上に響いてくるんだと感動した。

このパレードがディズニーランドで行われていた頃はまだ小さくて、きっとベビーカーか抱っこをされながら見ていたはずだけど、やっぱり感覚的に覚えている。

 

指揮:齊藤一郎さん。

齊藤一郎さんの指揮を見てすぐ、踊っているみたいだと思った。リズムが全身に、脚に、ステップを踏むように軽やかに。

キラキラとした音を指揮する時は、腕をふわーっと半円描いて、魔法をかけるよう。

指揮者さんも演者の一人になっていると感じられて、ワクワクした。

 

演奏:オーケストラ・ジャパン

コンサートマスター青木高志さん。真鍋裕さん。

ナビゲーター:ささきフランチェスコさん

【ヴォーカリスト

ソプラノ隠岐彩夏さん、牧野元美さん、愛もも胡さん、守谷由香さん。

テノール又吉秀樹さん。バリトン小山晃平さん。

テノール新堂由暁さん。バスバリトン北川辰彦さん。

 

「関ジャム」で勉強したばかりのオペラ。

テノールバリトンの違いを理解していたおかげで、声の層の個性や配役のされ方に着目することができて、ますます楽しかった。

ディズニーシーの世界に一気に引き込まれる「ポルト・パラディーゾ・ウォーターカーニバル

まさに今回のための!と感じる相性の良さで、今回のボーカリストでこそ魅せられる歌声。カンツォーネだった。

 

そして「コンパス・オブ・ユア・ハート」は泣いてしまう。

お猿さんも脳内再生がらくらく出来る。“何よりもー” “何よりもー”のハモりおじいちゃんのパートがちゃんとあったことに感動した。

 

ゲストに、琴奏者の片岡リサさん。

2002年から始まったディズニーオンクラシック。その初回に出演していらっしゃったことを、紹介のおかげで知ることができた。

眠れる森の美女から「いつか夢で」を、オーケストラと共に演奏。

ほかの曲目も、第1回を思い起こす形の選曲になっていたようで、観に行くようになったのが途中からだからこそ、原点を知ることができてうれしかった。

 

演目序盤のタイミングで、リチャード・カーシーさんからのメッセージ映像があったのも嬉しかった。

楽しんでという言葉と「僕のことも、忘れないでくださいね」とお茶目さも。「忘れるわけ…ないですよね」と噛みしめるように言う、ささきフランチェスコさんの言葉に、もちろんと思った。

 

 

聴きたいなあが叶う選曲たち。

「パート・オブ・ユア・ワールド」

ホール・ニュー・ワールド

「夢はひそかに」

「これが恋かしら」

贅沢にディズニープリンセスの歌声を一曲一曲聴くことができて、特に「パート・オブ・ユア・ワールド」を聴けたことが本当にうれしかった。今最も聴きたかった曲。

リトル・マーメイドのオープニングまで演奏してくれて、あの美しいコーラスも。

ずっと、手を伸ばしてため息をつくアリエルに共感していた。だから切なかった。でも今は、一歩進んで聴くことができている気がして。


隠岐彩夏さんのシンデレラの再現度もすごかった。

ハミングの美しさ。あのシンデレラの、可憐さとも少し違う芯のある声の奥行きがそのままに表現されていた。

ドレスが光を反射してキラキラ煌めく様子は、魔法にかけられたシンデレラを思わせた。

 

 

美女と野獣」のパートでは、
野獣が人間に戻るシーンで、映像と同じような明かりがステージにいくつも差し込む演出に、感動した。

アニメーションのあの印象的な光の雨が、実際にステージに降るようだった。

東京国際フォーラムだから可能になる照明効果に魅了された。真っ直ぐ届くレーザー、差し込む日の光を表すライト。エルサのシーンは、青と白の光に包まれる感覚に。


美女と野獣」で英語歌唱へと移り変わったのも感動した。「右から2番目の星」も、確か英語で歌っていたと思う。

野獣がそっとバラを手渡し、そのバラをベルが向かい合った野獣のタキシードの胸ポケットにそっと挿す流れにはときめいた。

 

 

「ライオンキング」の迫力は、まさにオペラの持つ音の厚みがぴったり。

すごいのは、どの曲もオペラバージョンにして歌っている訳ではなく、ポップスとオペラの丁度なアクセントを追求して、ちゃんとディズニー音楽になっているところだと感じた。

 

「王様になるのが待ちきれない」が楽しくて、ヤングシンバをどなたが歌うのだろうと思ったら、赤のドレスを着た守谷由香さんがパァーンと晴れやかに歌いはじめた瞬間、心を掴まれた。

少年だった。無垢で危なっかしいシンバ。そして仲良しのナラが隣に。


「ハクナ・マタタ」が心に響く。

少年のシンバがステージ左手へと並びながら歩いて行って、すぐさま出てきたプンバとティモンの後ろに大きくなった青年のシンバが登場して、ボーカリストさんが新堂由暁さんへと変わっている演出にグッときた。

一音目の“悩まずに”の声が、完っ璧。


「愛を感じて」を、ちゃんとプンバァとティモンが歌うのは新鮮に感じられて。

そうだった、シンバが恋に落ちるのをティモンとプンバァは嫌がって、阻止しようとしていたんだったと思い出した。

“ウワーン”を二回繰り返したのも面白かった。

曲目を意識せずに行ったから、まさかのライオンキングのヌーの群れシーンには、心臓がぎゅううっとなったけれど。


そしてクライマックスシーンの崖を進んで行くシーンで、ボーカリストさんたちが総出でコーラスをする。

あのシーンを【声】として意識することに新鮮味を感じて、ホイッスルボイスのような高音から、太さのある低音など、折り重なってこんなにも表情を豊かにするのだと思った。

 

 

アナと雪の女王2」のパートでは、オラフ役のボーカリストさん又吉秀樹さんのパフォーマンスに魅了された。

決めポーズが、右に顔をジャンっと向けてマイクも揃える感じなのが良くて、“失礼しまーす”の小声も。“わー!”と逃げ回るのもコミカル。

アニメーションでは木の葉などがオラフを脅かすけど、ここではオーケストラが脅かし役な感じでお芝居に参加してるように見えたのが楽しかった。


一瞬だけれど、ガットギターの登場が絶妙な音を奏でていて、強く印象に残っている。


さらに「アナと雪の女王2」で鍵になるのは、精霊の声。あの声とも言えぬ波長は、ご本人にしか出せない音だと思っていた。

でもその声を聴いた時、鳥肌が。それが神秘さを表す何よりの証明だと、まさに肌で感じた。

エルサの「イントゥジアンノウン」の迫力、「みせて、あなたを」での、始まりはあえて抑え目にしてからの、後半でバーンと広がる声が素晴らしかった。

 

ピーターパン2」も2002年の公開作品。

ウェンディの娘がフック船長に追い込まれ、ティンクを信じて飛んだシーンのアニメーション画面を見て、“飛べる”と信じてアクションを起こした彼女の勇気について思った。

オープニングのメロディーと映像は、もしかすると映画館で見て以来で、そうだった雲の形。このワクワク感。そしてピーター!と思い出が蘇った。

当時は大人になったウェンディの気持ちはわからなかった。なんで?とすら思っていた。

それが今、ウェンディの視点で見ていることに気がついて、感慨深かった。ピーターとの再会に嬉しさを感じるウェンディの気持ちも、少し困惑した様子も見せながら、最後にはニッと笑ったピーターの気持ちにも寄り添える気がする。

 

 

公演最後の曲「星に願いを」は、ボーカリストさんたちが歌い、ペンライトを持つお客さんはライトで参加した。

ライオンキングから、締めくくりに「イントゥジアンノウン」でもうひと盛り上がりがあったのが良かった。

拍手の中、オーケストラのみなさんが楽器を持ち上げてウェーブを作るのが好きで、魔法のスティックでシャララララーンと流して、その先で“ボーン”とティンパニを魔法使いミッキーのぬいぐるみが叩いてるように見せた遊び心が素敵だった。

 

場内の明かりがついて、規制退場の案内と共に、ささきフランチェスコさんの挨拶があった。

この公演が出来てよかった。その思いは、客席にいる一人一人、ステージに立つ一人一人。見えない所にいる多くのスタッフさん。企画、進行をした社員さん。それぞれが胸に置いている思いだと感じた。

起こる拍手が、それを物語っていた。

 

ここに居る。リモートじゃなく、音源でもなく、まさに目の前のオーケストラが、奏者さんが鳴らす音が、ここまで届いている。

鮮やかに、いきいきと。目の前にカラフルな絵の具が広がっていくようで。

 

きっといいことあるよと言われても、真っ直ぐ受け取れない自分がいた。

大変だと感じている状況の中、その“可能性”に目を向けるのは、時に困難になる。でも、あの日は、とびきり楽しい最高の一日だった。

いいこと、あったなと思った。

 

ディズニーの音楽に、素直さは弱さじゃないと教わった。

きっとまた会える。もしオーケストラ編成人数にまだ制限があって、音を鳴らす日を待ちわびている奏者さんがいるとしたら、みんなと会える日が。

だから、この耳で聴いた音色をコンパスにして、目の前の一歩を。今日を進む。

 

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