たまに悲しいふりをして見せたり だらしのない事ばかりしてみたり
甘い甘い思い出の中には ニヤリと笑う悪魔が隠れているんだ
片割れのような気持ちがここにあると思える曲が存在することは、どんな居場所よりも心強い。
陽でもない、黒い鉛筆でグルグルと渦を描いた感情が、閉じたはずの箱から少しはみ出てこようとする時、それに飲まれてしまうのではと怖気づく。でも無理に蓋を閉じようとしても、今ある感情を無いことにするようで。
おりこうさんではない自分を許して、ニュートラルなままで落ち着く空気を取り戻させてくれるのが、井上ジョーさんが歌う「幻」だった。
この曲は作詞も作曲も歌も、井上ジョーさん。
「幻」が収録されたアルバム「ME! ME! ME!」がリリースされたのは2009年のことで、今から10年前になる。
初めて耳にしたのは、ラジオからだった。
「JOE24」というNACK5の番組でパーソナリティをしていた井上ジョーさんのラジオを偶然に聴いて、アルバムリリース当時でいくつか流していた曲の中で、特別に好きになったのがこの曲だった。ひと聴き惚れと言える出会いで毎週聴くようになり、勇気を出してリクエストメールを送ったことがあった。
毎週のように流していた「幻」がそろそろ流れなくなってきた頃、“この曲が大好きです。ぜひ流してください”と送ったメッセージ。エンディング間近でまさかのラジオネームを読まれ、井上ジョーさんがメッセージを読む声。その後ろでBGMとして流れていたのは「幻」だった。
「今ね、後ろで流れていますね、これが君のための「幻」ということでね」と、いい感じ風にトークを進めるシュールさが面白くて、普段のトークからして掴みどころのない面白い人だから、そういうパターンか!と納得しつついやいやいやBGMじゃなくて…!ちゃんと流して…!と私はラジオを片手に部屋をうろうろバタバタしていた。
それは君のために現れた幻
夜空の下で 寝そべるのもいいだろう
こんな弱気な僕に たった一度だけでもいい
君を救えたなら 上等
静かなドラムに言葉数の少ないベース、優しく穏やかに鳴るギターが心地よくて、なんて美しいメロディーなんだろうと思って以来、それは今も変わらず、聴くたびに心が震える感動を覚える。
理屈を抜きにして、自分がまといたい空気感の一つだと感じているから、歌詞に何を投影するということでもない気がしている。2番の歌詞やMVを見ると恋人同士や別れがテーマにあるようにも感じるけれど、あえて抽象的なまま、星の夜のイメージだけを持って、 この曲を大切に思っている。
「幻」をきっかけに聴くようになった井上ジョーさんのラジオには、それ以降も1度ハガキをラジオ局に送った。
リスナーからのイラストつきハガキを募集する企画で、いそいそと絵を描き、届くだろうかと半信半疑でポストに投函した。しばらく経ち、公式ブログにハガキをずらっと並べて井上ジョーさんがジャーンとポーズをとる写真が載った。その端に、小さく、私が送ったイラストの面影。
届いてた!そこにある!嬉しくて嬉しくて、にやにやがしばらく治まらなかった。
プレゼントとしてサイン入りの缶バッジが送られてくるという企画で、届いたのはかなりの月日が経ってからだったけど、こんなに嬉しいプレゼントはない大切にすると誓って今も、届いた封筒と一緒に缶バッジは宝物としてとってある。
月日が経って、井上ジョーさんが関ジャニ∞へ2013年に作詞作曲で楽曲提供をしていると知った時、
あの井上ジョーさん!何年も経ってそんな繋がり方がある…!?と驚いた。
再度意識して「レスキューレスキュー」を聴けば、それが井上ジョーさんの作った楽曲であることは確かにわかってくる。畳み掛ける歌詞、日本語と英語の言葉遊びのような語感。そして効き目抜群のキザさ。
“それよりお嬢さん、おケガはありませんか?”と歌う歌詞を作った井上ジョーさんは、ラジオで聴いたあの頃の遊び心のままの人だった。
ネイティブな英語に、驚異の語感リズム感覚。伸ばし放題な能力がありすぎて渋滞を起こすタイプの人だと思った直感は間違いなかったと今も考えている。
アルバム「ME! ME! ME!」には、「幻」だけでなく、
丸山さんが気に入りそうな語感が目白押しの「PARTY NIGHT ~踊り足りなNight~」や、躍動感が爽快な「CLOSER」
スピッツイズムを感じながらもトリッキーなメロディーの「瞳 ~HE TOLD ME~」
このアルバム1枚に、彼の多才さが溢れている。
ラジオが、私にとって唯一の“窓”だった頃。
誰が私の存在を知っているだろうかと思う時でも、ラジオは音を届け続けてくれた。
眠れない夜でもメッセージが読まれればたちまち眠りたくない夜に変わった。
この頃にお世話になったラジオはいくつもあって、ふかわりょうさんがパーソナリティだった「ロケットマンショー」もそうなのだけど、止まらなくなるのでまたあらためて書くことにする。
たまに悲しいふりをして見せたり だらしのない事ばかりしてみたり
甘い甘い思い出の中には ニヤリと笑う悪魔が隠れているんだ
ぽつりぽつりと置いていく風景描写がかわいくて、ぎこちなくしゃべる子供のようなあどけなさが胸のスペースを狭くする。
それは君のために現れた幻
“幻”というものをこんなにも儚く、だけど確かなものとして表す歌詞があるのだと、うれしかった。
強くないヒーローとしてたまらなく愛しく、そのひた向きさに、共鳴のような何かを感じた。
きっとこれからも聴き続けるこの曲。書き残さず、自分の中だけで留めておくのが、と思ってきたけれど、「幻」という曲の素敵さをいま伝えたくなった。
とりとめもなく、つたないけど、私はこの曲が大好きだから。