舞台「忘れてもらえないの歌」生きるためJAZZを手にした彼ら

 

これしかない!!その叫びで行動する人間の、マグマのようなエネルギーを。無我夢中とはどういうことなのかを、目の当たりにした舞台だった。

日常を襲いさらう戦争。爆撃によって何もかもが散り、さっきまでそこにあったものはもう無い。

生きなければいけない、そんな時代に、JAZZにしがみつき生きるすべを握り締めたジャズバンド。東京ワンダフルフライ、そして滝野亘の物語。

 

舞台「忘れてもらえないの歌

関ジャニ∞ 安田章大さん主演。2年前の舞台「俺節」と同じ脚本演出の福原充則さん、プロデューサーは熊谷信也さん。福士誠治さん、村上航さん、桑原裕子さん。アンサンブルの役者さんにも「俺節」出演者の方が。劇場は赤坂ACTシアターと聞けば、俺節チームの再来と喜ばずにはいられない。

なにより嬉しかったのが、ジャズ。

ジャズをテーマにした舞台が上演されるということと、安田章大さんがそれを演じるということがひとつに重なるとは、まさに夢の共演。理想が目の前に広がることを約束された舞台の知らせだった。

観に行ったのは、10月18日の東京公演。

 

タイトルを初めて見た時も、それからもずっと、不思議なところに『の』があるなぁと思っていた。

“忘れてもらえない”の歌、なのか。“忘れてもらえないの”歌、なのか。

忘れてもらえない歌と聞けば耳にすっと入ってくるはずだけど、きっとあえての選択なのだろう…と考えていた。本編の中でその答えはちゃんとあって、いまでは独特な語感にも愛着が湧く。

 

 

開演を知らせるブザーが鳴る。

生演奏をするためのオーケストラピットから聞こえる楽器の音。それさえも物語へのイントロになっていることに感動した。

ポワッと明かりを灯したステージの前には、薄くスクリーンが降りている。そこに映される、タイトル「忘れてもらえないの歌」 

向こうに見えるいくつかの丸テーブル。丁寧に掛けられたテーブルクロス。チューリップのような形のランプが各テーブルにひとつずつ。薄明りのなか見えた空間に一瞬にして心奪われた。

 

スクリーンが上がり、直視するダンスホール「カフェ・ガルボ」は魅力的な世界。

右手側にはバーカウンター。赤い座席のカウンター席が3つほど。棚には琥珀色のウイスキーの瓶が並ぶ。そして、蓄音機。レコードをかけるための蓄音機が置かれていて、音の吹き出し口はゆりの花のように波々の曲線を描いたラッパ型。何枚ものレコードが、大切に紙の袋に入れられて、棚の中に重なっている。

左手側にはガルボへ降りて来るための階段がある。

真紅のテーブルクロスが華やかで、その向こうにはステージ。質素な作りの木目調だけど、真ん中にスッと佇むスタンドマイクの説得力がすべてを鎮める。

 

JAZZの音色に合わせてガルボメイドさんにダンスを申し込むのは、安田章大さん演じる滝野亘

片手は自分の腰にあて、余裕な雰囲気を漂わせてお辞儀。もう片方の手でメイドさんに手を差しのべて、ワルツの姿勢。ぐっと近くなる距離。軽く握った右手と、相手の腰にそっと回した左手。

優雅な艶っぽさがあまりにも。あまりにも紳士で、安田さんの醸し出すJAZZの香りに一発ノックアウトだった。

 

ガルボのオーナーは、銀粉蝶さんが演じるレディ・カモンテ。支配人であり歌姫。

お客さんたち、バーテンダーさんたち。変わる変わるペアになって、手を取り合いダンスを踊る様子に心が弾む。

そんな一時的オアシスにも、戦争は突然になだれ込み、特高がJAZZを音楽を取り締まりにガルボへとやって来る。心赴くままに歌い踊ることすら許されない。

 

 

どんどんと不穏な雲は大きくなっていく。

かつて華やいでいたガルボに来るお客さんはいなくなり、カウンター席で文庫本を読んでいた福士誠治さんが演じる稲荷は、志願兵になった。最後にレコードが聞きたいとやって来て、先に居た中村蒼さんが演じる良仲にレコードの順番を譲ってもらい、レコードに針を落とす。

自ら戦争に行くことを選んで、志願兵になったことを聞いた滝野は、無事に帰れるよう願っていると稲荷に言う。

そのセリフを聞いた時、ドキッと身を強張らせた自分がいた。顔は泣いていても、喉が狭くなるほど言いたくない言葉でも、反対のことを言わないといけない。間違っても、無事に帰ってなどとは言えない時代。もしあの場に特高がいたら、滝野はあの時点で捕まっていたはず。

 

そしてある日。空襲が地域一帯を襲う。

レコードを助けようとガルボに駆けつけた良仲と、売りさばこうと酒瓶を回収しに来た滝野。逃げなければ、そう思うのに、燃える町の中で酒瓶を詰め込んだ袋を握り締めて滝野は動けない。爆撃のなか、地面にうずくまって泣く姿は寄り添うことができないほど孤独で、苦しいものだった。

こんな時に一体なにができる

それを突きつけられているようで、つらいシーンだった。音楽が鳴っている景色など想像もできない。ここからどうやって、きらびやかなジャケットを身にまとい、まばゆい照明のなか歌う彼らを見ることができるのかと、不安にすらなった。

 

 

生きていかなくてはいけない。義務ではなく、本能として。

滝野は床屋の見習い。稲荷は物書きになりたい。良仲はピアニストを目指している。でも、今は居る場所を選んでいる場合ではない。

戦争からなんとか戻った稲荷は、橋の下で寝泊りをしていると言う。「寒いよねえ」と滝野。

寒いよねえの言い方が、橋の下の景色を一瞬にして想像しているのが伝わってきて、セリフにセリフを返した感じがなく、会話になっていてすごくよかった。そこからの「俺も行っていい?」が最高にいい。

 

橋の下でも暮らせるならいい。それくらい、住むのに、食うのに、必死。

米兵のいるクラブで楽器を演奏すれば、いいお金が貰える。そう耳にした彼らは、どうにかしてこのチャンスを掴んでやろうと試みる。

何が演奏できる?と聞かれて、手元に楽器も何も無い彼らは苦し紛れにリズムを口で、刻みはじめる。ドゥーワップのように、ドラムは“スーチッチッ”とアカペラで。ワクワクした、泣きそうなくらい。

日本語で歌ってどうする、英語で歌えないのかと言われて、とっさに声を出したのは娼婦として働く麻子。演じているのは、木竜麻生さん。

彼女が英語で歌えるのは、米兵を相手にしていたから。歌いたくて歌いはじめたわけではなかった。それも、否応なしに覚えた英語で。

クラブへミュージシャンを派遣する“拾い屋”の女性、オニヤンマ桑原裕子さんが演じる。

熱に気迫に見込みをつけたオニヤンマは、滝野、稲荷、良仲、バーテンダーの瀬田、麻子を採用した。

 

本来は立ち入れないはずのフェンスの向こう、“オフリミット”に送り込まれる彼ら。

バンドの名前は?!決めてなかった!!とステージに立ってから気づく滝野。

滝野とそのほかの…とぐだぐだな名前を名乗ったものの、その後「東京ワンダフルフライ」と名前がつく。“fly”はハエじゃないかと少しの後ろ指をさされながら。

当時、敗戦直後に英語の歌を歌い、米兵たちのもとに近づく彼らのことをどう思う人がいたか、想像できる。日本人にとっての敵だと罵られることもあったはず。

 

でもそこにあるのは、キラキラと輝くカーテン。

ステージに降り注ぐライト。バンドセット。そしてスタンドマイク。

心踊らずにはいられない。ふわりと揺れるノースリーブワンピースを可愛く着こなし、髪飾りをつけた彼女。マイクに手を掛け、リズムにのる。ステージ上から、下に寄ってくる男の人たちに目線をながし微笑んで軽く投げキッスをする彼女。最高にキュートで。

彼女にとってステージの上に居られる間は安全地帯だったんじゃないかと思うと、きらびやかさの中に苦しさが押し寄せた。

 

麻子を見る時、歌で開花した人として見ていいのか、歌にしがみついた人として見たらいいのかを迷った。

でもその答えはパンフレットにあって、麻子役のオファーがあった時、歌に自信はないけど大丈夫ですかと木竜麻生さんはマネージャーさんに聞いたと書かれている。つまりは麻子としての軸はそこではなくて、むしろ上手くこなせてはいけないのではと感じた。

何も持っていない人たちが、楽器だけを持って。

これで歌がとびきり上手くては、その先が変わってきてしまう。米兵たちにとっても、日本にとっても、当時娯楽の少なかった時代だからこそ成立した東京ワンダフルフライ。だから儚い。

あのまま続いていたとしても、もしかすると技術の競い合いになった音楽業界で生き残ることはできなかったかもしれない。くやしいけれど。

 

ドラムを演奏する曽根川を演じるのは村上航さん。

曽根川は、一足先に隠れた豊かな暮らしを知っている人物だった。自らのことを“俺は口が悪いが中身も悪い。裏表のない人間だ”と言う。物は言いようだなとおかしかった。

こんなことをしていていいのかと話す良仲たちに、滝野は言う。

「何でもいいから心の中に入っているほうがいい。それが悲しみでも怒りでもいいから、とにかく心に詰まっているのがいい。」

空襲のあとの町を歩いた滝野は、大丈夫ですか…と声をかけても反応を示さない人間を前にして、“心が空っぽになると、呼んでも聞こえない、触れても気づかない、殴っても傷つかない。”ことを痛いほどに知る。

怒りでも悲しみでもいい、満たすことができて、心が動くなら。

何も感じないことの恐怖を知った滝野だから、いま心が動いて、これをしたい!と衝動が湧き起こることの奇跡を決して手放したくなかったのだろうと思う。

 

 

息をするように盗みを働くけれど、相手の変化や場の空気を敏感に読んで空気を作る、憎めないバンドのボーヤ、ドラムの川崎大を演じたのは、佐野晶哉さん。

関西ジャニーズJr.で、「Aぇ! group」というグループに所属している。自然体で堂々としているので、17歳と聞いてびっっくりした。

川崎は、闇市では隣の店の茶器を手に持ったかと思うと、にっと笑い、ひょいっと盗って自分の店に並べていた。

修理を頼まれたサックスは安物とすり替える。JAZZの譜面が欲しい滝野の前に銃を持って現れて、譜面を返せと迫る男二人を相手に空に1発、足元近くに1発。ことも無げに笑顔で脅し返す。譜面を渡せと銃口を突きつけて、奪った譜面をはいっと滝野に渡し、お礼はっ!と驚く滝野に“たっぷり貰うつもりで助けたからっ”と楽器の入ったケースを2つ抱えて去って行く。

飄々と人懐こく明るいけれど、幼い頃から見てきた世界の歪みを感じる彼の佇まい。

 

 

時は流れて、戦争の色は薄まり、大切なお客さんだった米兵たちも帰還した。

観客を無くした東京ワンダフルフライは、地域一帯を牛耳る鉄山の経営するクラブで演奏を続けていた。鉄山を演じるのは渡辺哲さん。

一目でおおぉ…となる威圧感だけど、滝野と話している鉄山さんはわりとかわいい。

 

仕事があるならどんな場所へも出向き、デパートの屋上での洗剤‪広告の効果音係だってする。洗剤マジックママのテーマソングを弾いて、麻子とオニヤンマが歌ってみせる。

かつて麻子と同じ娼婦だった女友達は団地で暮らす主婦になり、すっかり別の時代を生きている。あの時から地続きな今を生きている麻子にはあまりに酷な再会。

舞台「忘れてもらえないの歌」を観ているなかで自分に最も刺さったのはこのシーンだった。思い出みたいに言わないで、私はまだその中にいる。そう言った麻子。

この状況から脱したい。出来るのならば切り捨てて、ああ、あんな頃もあったと遠く離れた場所から振り返りたくて、必死に前へ前へ進もうとするのに、離れても離れても近づく現実が次の人生を歩ませてはくれない。ただでさえ酒に溺れていた麻子にとって、再会は決定的な絶望だったのだろうと思う。

 

洗剤のスポンサーとしてイベントを取り仕切る男たちは、麻子たちが話す様子を見て、彼女たちがかつて自分も買ったことのある娼婦であると気づく。

コマーシャルに相応しくないと契約解消を迫り、衣装を返せと詰め寄る。滝野たちは止めるけど、いい、この場で返してやると衣装を投げつけた麻子は薄いワンピース一枚になってしまった。稲荷が近づき、自分の着ていたジャケットを麻子に羽織らせる。

すっぽりと彼女を包んでしまえるジャケットの大きさを見たとき。

彼女の“小ささ”に気づいてしまって、苦しくなった。強気な言葉で牽制して、気を抜かない彼女がどんな思いでこの時代を諦め、自分を諦めて、なりふり構わず生きていたか。そう考えたら、稲荷と共に去って行った麻子のことを、白状だとは思えなかった。

 

 

「俺が歌わなくても音楽は流れる。そんな当たり前のことにも気づかずに…」

そう言った滝野の言葉にハッとする。

音楽ではなくても、どんなことを好きで続けている人にも思い当たる言葉。自分がしなくたってそれは無くならないし、終わったりはしない。なのにどうしても、せずにはいられない。自分がすることの意味を、どこかにあるはずなんだと探してしまう。

 

ピアノを愛して、音楽は芸術であるべきだと話す良仲は、本意ではない音楽の活動に嫌気がさす。“魂ってそんなすぐに無くなるものなのかなあ?次から次に溢れ出てくるものなんじゃないかな”と話す滝野は印象的だった。

頭で物事を考えてばかりの良仲に、“空襲の中なにを考えた!?今立ち止まったら死ぬから!走っていたんでしょう!”と肩を掴んで言った滝野の声が、いまも耳に響く。究極に追い込まれた時、考えるよりも先に人は生きようとすることを気づかされる。

 

東京ワンダフルフライの将来を考え、会社をつくり、社長と呼ばれるようになった滝野。

商業として音楽を見ながら、それでも結局、滝野を動かしていたのは、時間にすればわずか数分の音楽を奏でている時だけに感じることのできる胸の高鳴りだったのかもしれない。

きっとうまくいく。きっと、また。誰よりもそれを信じていようとしたのは滝野だった。

でも悲しいことに、滝野は、稲荷は、良仲は、川崎は、麻子は、瀬田は、曽根川は、はじまりも終わりも、その間も。一人と、一人。バンドのなかで分け合う関係性を築いていたかと言えば、生きるために掴まった浮き輪に居合わせただけとも思えてしまう。

東京ワンダフルフライの彼らが、仲間、であるとは思えなかった。だけどそれはそんなに悲しいことだろうか?とも、同時に思う。

個の人生が、一人に一つ分あって、一時重なり合った時間があったことが奇跡で、あった時間は嘘にはならない。星の周期のように、また重なる軌道を描くかもしれない。

 

過去を振り返りながら、記者からの質問に滝野は答える。

思い出はセピア色にしてしまえば楽しく…と記者に言われた滝野がフッと左側の階段を見ると、みんながセピア色のライトに染まって、またね、じゃあと明るい話題を話し手を振る。

フッと顔を下げて明かりが消えて、「どうです?思い出しました?」と聞いてくる記者に一度背を向けて眼鏡の向こうを両指で拭い、すうっと勢いよく顔を上げてから、「思い出せません」と言い切る滝野。

 

 守り繋いできた「カフェ・ガルボ

人手に渡り、取り壊されることが決まっていた。

ラストシーン、かつてのレディ・カモンテがやって来る。「ねえ、ここ、無くなるって本当?」ガルボの支配人、そして歌姫としての輝かしい貫禄を漂わせ、入り口に立つカモンテ。嬉しそうに見上げて、返事をして、迎え入れる滝野。

誰にも聞かれていないから、誰にも忘れてもらえない歌があると話す滝野に、歌ってちょうだいとカモンテが言った。でも…としぶる滝野に記者がすかさずギターをケースから取り出し渡す。カモンテがさあというように置いた椅子に、じゃあ…と腰掛けて、弾きはじめる。

レコードにするんだ、これはいいぞと集まりあったみんなで作ったメロディー。歌詞。

聴き入っていると、ドンッ!!といきなり壁が打ち抜かれ、無情にも解体工事が始まる。あんなにきらびやかだったガルボが見るも無惨に。赤い幕は落ち、天井板も落ちてくる。砂埃も降る。そんな埃さえキラキラと光を反射して、ステージに降り注ぐ銀テープのように見える。ステージは壊されていく。

 

でも、心を鎮めるように滝野はまた歌いはじめる。忘れてもらえない歌を。

「いい歌じゃない。いつか忘れてあげる」

カモンテはそう言った。それを見つめる滝野の穏やかな佇まいが頭から離れない。

 

だけどカモンテは、ガルボに入ってきた時、

滝野のことも、以前に話したはずの“ガルボがもうすぐ無くなる”と話したことも覚えていない様子だった。

見て明らかなほどの老いではなく、どことなく雰囲気でふわりふわりとした思考のニュアンスを表現していた銀粉蝶さんのお芝居に圧倒された。

歳を重ねたレディ・カモンテがいろんなことを忘れはじめていることを、たぶん滝野はすぐに気づいていた。

わかっていて、それでも歌を聴いてもらった。いつか忘れてあげるとカモンテは言うけれど、それはきっとそう遠くない。

 

「ははっ」と笑う滝野の姿。

そして暗転で、舞台は幕を閉じた。

 

 

この舞台の音楽監督、門司肇さんの音楽的ルーツには「ハナ肇とクレージーキャッツ」があるとパンフレットで読んで、ああもう。好きに決まっていると思った。

ハナ肇とクレージーキャッツ、そして植木等さんの魅力は、自分ではまだちゃんと語源化できない。けれど、力を抜く美学。ミュージカルの楽しさを日本の風土に合わせたプロデュース。関ジャニ∞に、クレージーキャッツの要素は切っても切れないものだと思っている。

チンドン屋みたいな、陽気な賑わいが「俺節」にも「忘れてもらえないの歌」にもあると感じる。今回はJAZZ!と思っていたら、リズム&ブルースそしてロカビリーまで思いがけず飛び出してきて、好き!と思ったし、歌謡曲などの日本に根付いた音楽の歴史を追いかけることができて楽しかった。

 

こんな時に、と、それでも、のせめぎ合い。

はじまりは、それ以外に無いから。という理由だったとしても、気づけば音楽に引き寄せられている。

自分のことに必死な人たち。勝手にも見えるはずなのに、あいくるしい人たちだから、困る。

間に立って東京ワンダフルフライを保とうとする滝野も、困れば困るほど笑いがこみ上げてしまうクセを持っている。

そこに共感してしまう。取り繕うつもりはなくても、媚び売るつもりがなくても、真顔でいてはいけないという脳の指令が笑顔をつくる。

 

 

「忘れてもらえないの歌」のポスター写真に使われた白のタキシード衣装は、舞台の中で登場することはなかった。

てっきり見られるものと思っていたから、あれ?と拍子抜けしたのも本当だけど、それはそれで楽しむことができると思った。

観ていた時間軸の中で、東京ワンダフルフライとして実際にあった景色なのか。滝野の頭の中だけにあるセピア色の思い出なのか。

それとも、いつかまたあるかもしれない再会の時なのか

 

夕暮れに仰ぎ見る

輝く青空

 “狭いながらも 楽しい我が家”と歌う彼の声がとても印象深く、狭くても、充分じゃなくても、あっけらかんと楽しむ心を持った、滝野という人物の魅力を映し出した歌詞だと思う。

「マイ・ブルー・ヘブン」を歌う懐かしさの染み込んだ声が、今も耳の奥によみがえる。