歴史を越えても移ろわぬものは - 愛のレキシアター「ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ」

 

レキシの曲だけでミュージカルを作る!!

それ絶対楽しい!観る!直感が先走った。

内容も出演者もわからないけど、面白いことが起こる予感だけは確実だった。

 

出演者に八嶋智人さんが出ると知ってテンションが上がり、松岡茉優さんがミュージカル!というのにもワクワクした。

そして藤井隆さん。ナンダカンダも、おげんさんも、どれも気づけば追っていて、気になって仕方がなかった。

しかしなかでも、絶対観たい!と思ったのは、浦嶋りんこさんが出演されると知ったから。

浦嶋りんこさんを知ったのは関ジャムからで、それまでのDREAM COME TRUEなどのコーラスとしての活躍を知らずにいたものの、その歌声でミュージカルに出るならぜひ聴きたいと、公演日の予定を手帳に書き込んだ。

 

《ここからミュージカルの内容に細かく触れます。今週末3月30日の大阪公演のチケットがこれからでも買えるようなので、ネタバレや曲目を知ったとしても楽しめるこの空間の魅力を伝えられたらと思います。》

 

一緒にいかがですか?と声をかけてもらえたことで、叶った観劇当日。

俺節」以来の赤坂ACTシアター。あの時も雨がパラついていて、慣れない石畳みの坂を登ってチケットのキャンセル待ちをしたことを思い出した。

開場して、飾られた花を見てようやく山本耕史さんが主演であることを知る。

予習もなにもなく、レキシの音楽だけを知っている状態で楽しんでみたいという気持ちで、入場してからじわじわと出演者の方々の豪華さを実感しはじめていた。

 

開演前、舞台上に掲げられたスクリーンにはレキシの数々のMVが流れていた。

池ちゃん本人は出演しませんと書かれていたこの舞台。となると、歌は全編、池ちゃんではないボーカルで聴くことになるわけで、それでも思いきりレキシの曲を浴びせる心意気に、これは楽しませる自信があるのだと信頼してワクワクを膨らませることができた。

 

 

舞台は、そんな映像で始まる舞台、有り?!といきなり不意を突かれる演出で始まった。

ひょんな出来事といえばひょんな出来事で、池ちゃんが八嶋智人さんの中に乗り移って…といういきさつで舞台上に現れた八嶋智人さんは、饒舌に語り「ざ びぎにんぐ おぶ らぶ」の世界へといざなうストーリーテラーに。

 

目の前に現れた大きな家のセットは、立派な二階建てで、これを動かすのは相当な人力が必要だと思うほどの見事な日本家屋。

実際、セットを回転させたりハケさせたりと人力で動かしている舞台スタッフさんたち。すごいです、ありがとうございますと思いながら見ていた。

2階席から見下ろすと、おびただしい数のバミリのテープがステージに貼られていて、セット転換、立ち位置、出演者さんやスタッフさんにとってかなりの情報量なのだろうなと思った。

 

レキシの曲でミュージカル、と聞いて、イメージしていたのは“歴史の時代の人達が”、現代に翻弄されるストーリー。

しかし舞台が始まると、どしんとそこにある家を見ればわかる、現代感。“現代の人達が”、歴史に翻弄されていくストーリーだった。

予習をしなかったからこその、まず最初の驚きに、もっと歴史づいた時代劇のようなものをイメージしていた自分としては、それ楽しいかも!とぐいぐい引き込まれた。

 

引きこもりで、パソコンと向き合う時間をこよなく愛し、なんだかんだ“ばばあ”の作るカレーが好きな、山本耕史さん演じる「こきん

眼鏡をかけて伸ばしっぱなしな黒髪にジャージの姿は、山本耕史さんだと一見わからず、ストーリーテラー八嶋智人さんが紹介してはじめてあの人が山本耕史さんなの?!と驚く変貌ぶりだった。

洋画などで出てくる“内気な男の子”というキャラが自分にとってツボなため、眼鏡と野暮ったさにワクワクした。

爽やかさはかけらも無く、喋り方も舌ったらずにねっとりしていて笑い方は独特。でもこの振り幅が、あとあとガッツリ効いてくる。

 

息子こきんの手に余る将軍っぷりにあきれる母「織田 胡蝶(こちょう)」を演じるのは高田聖子さん

2幕の始まり、胡蝶さんの怪しげで艶やかな歌声で話は始まるのだけど、がなりも効くソウルフルな歌声に、ガシッと胸ぐら掴まれるような感覚になった。

舞台「俺節」でも高田聖子さんの印象は強くて、こうしてまた同じ劇場で観られたことが嬉しかった。

 

こきんの自立を促すため、引きこもりサポートネットとして家に通っている「明智」は藤井隆さんが演じる。

こきんに全く名前を覚えてもらえず、存在感の薄い明智。しかし胡蝶さんとの間に拭いきれない過去があり、複雑な思いでこの家に通う。

 

 

そんなこきんが唯一関心を向けている、ネットアイドルカオリコ」は松岡茉優さん

歴史オタクとして、日々ネットに動画をアップしている。

この場面での、こきんがカオリコさんの魅力を語ってカオリコさん登場の流れが最高に楽しくて、好きなこととなると止まらなくなるエネルギーが炸裂していた。

ねずみ小僧に扮し、松岡茉優さんが歌うアイドル風味な「キャッチミー岡っ引きさん」が最高すぎて!こきんの気持ちわかる!と胸が熱くなっていく。

カオリコさんに両手投げキッス(片足上げのポーズつき)をされたこきんが、胸につけたハート風船を手動で割るシュールさ。

でも惚れるのわかるよ!おじゃるとか言ってても好きになるよね!とあっという間にこきん側の視点になっていた。

 

松岡茉優さんは、やさぐれた役を演じているのも、きゃっ♡とある意味ぶりっ子な役を演じているのも、どちらの時でも愛したくなる部分が必ずあるところがすごいと思っていて、モー娘。と共演する姿を見るたびに、いつか本気のアイドルスイッチで張り切った松岡茉優さんが観たいと願っていた。

なので今回のカオリコ役は、“こう見せたい”という可愛い理想の自分と、“でもほんとはこう”な現実の自分でせめぎ合う姿を観ることができて、

松岡茉優さんが演じている役の中でもトップレベルで好きなキャラクターになった。

 

 

カオリコさんからの思わせぶりなメッセージを受け取り、恋心が走り出すこきん。

歴史上の人物に例えると誰に似てるでおじゃるか?と聞かれ、歴史知らない!どうしよう!と焦りながら、ノートを開き苦し紛れに出たのは“ヨシツネ”の名前。

どうしたらいいんだ!と衝動のままにマイクを握って「LOVE弁慶」を歌うこきん。

第一声を聞いて、目を見開いた。

鴨川に映る夕焼けを

爽やか且つブレない歌声。喉の開きが半端じゃない。 時折ハスキーになるそのざらつきさえも耳心地良くクセになる。

山本耕史さんがこんなにも魅力溢れる歌声の持ち主だと、知らずにいた。

えっ……と稲妻に打たれた感覚。

レミゼラブルがデビューだったことも知らず、ドラマのイメージで落ち着いた声色で淡々と話す印象しかなかった。

それだからなおのこと、ロックにシャウトした「LOVE弁慶」の歌声に完全に度肝を抜かれ、なにこの人!!とまんまと手中にハマった。

舞台で観ると惚れる。が方程式な私の心を持って行ったのは、間違いなく山本耕史さんだった。むしろ役柄といい、ストーリーといい、このギャップだらけな舞台で山本耕史さんを好きにならないほうが無理だ。

 

そうして「ざ びぎにんぐ おぶ らぶ」がヘッドセットのマイクやおでこからのマイクでは歌わず、銀色の大きな頭の本気のマイクを握って歌うタイプのミュージカルだということを理解した。

顔につけているマイクと、手持ちのマイク。

ハウリングを起こさない切り替えのタイミングは音響さんの頑張りなのだろうと思う。

そういうタイプで進行していくミュージカルはあまり観てこなかったから、新鮮だった。声をしっかり拾って、音圧の調整を本人がマイクの近づけかた遠のけかたで出来ることで、臨場感が増して、大音量で浴びる歌声はさながらライブ。

感情の高まりと共に気づけば自然とマイクを握っている。

登場人物たちの心境が色濃くなる瞬間に歌がある、演出としてのマイクの魅力は、舞台「春のめざめ」を思い起こすと感じながら観ていた。

 

 

大学時代、胡蝶と明智は付き合っていた。

疾風の如く現れた将軍に胡蝶を奪われて、明智は歌う。
刀狩りは突然に

今さらもう嘆いても 遅いよもう彼のもの

呟くように藤井隆さんが歌う。こんな奇跡があるだろうか。アルバムで聴いた時から、なんて哀愁漂う曲なんだと好きで好きで何度も聴いた。

それを、フラれた明智の気持ちで歌う。藤井隆さんの落ち込んでいる声がぴったりとはまる。

 

 

こきんに胡蝶に明智にカオリコ。

それぞれに難問課題を抱えたままで、招待されたレキシーランド

そうだレキシーランド行こう

あのイントロ。アルバムのなかで聴いただけでもギリギリー!と思ったのに、具現化してしまったレキシーランド

聴こえてきた瞬間に、やりおったと苦笑いせずにはいられない。完全なるわるふざけ。本家に行ったばかりだったから、装飾の忠実再現にむしろ感動してしまった。

 

レキシーランドにいざなわられ、一列に四席並ぶ昔ながらの低い机と座布団。

レキシーランドのマップが、「ニンニン!」とくノ一さん井上小百合さん)が言っていくと、ぼわん!と開いていく場面。その演出での、松岡茉優さんの魅せ方が綺麗だったことに感動した。

開くさじ加減は本人に委ねられていて、真上に投げて開く方法もあるけど、松岡茉優さんは開く時にマップがこちらへ向くよう加減しているように見えた。そのおかげで、あれがマップであると認識できて、その後の流れも楽しめた。

所作ひとつひとつが、意識してこちら側に向いていて、観る側に優しい動きをしてくれるなあと松岡茉優さんの丁寧さを感じた。


そういう配慮の嬉しさを実感できたのは、今回自分が2階席後方に座ったからだった。

その位置から観る「ざ びぎにんぐ おぶ らぶ」は、登場人物たちの表情は見えていなかった。動作と声から感じ取って補うかたちで、だから“チャレンジシステム形式”で時折スクリーンに大写しになるおかげで、こういう表情で、この役はこんな顔をしてるんだ!と知ることができていた。

そういう意味でも、大袈裟にも思えるこきんの不気味な走りや、カオリコの大きな動きは2階席後方までしっかり届いて、楽しむことができた。

 

 

大好きな歴史の世界をアトラクションとして楽しめることに興奮ぎみのカオリコが、紫式部の世界に入る場面。

着物を羽織り、幕の向こうで姫になりきって雅に手を振るカオリコさんのシルエットがそれはもう色っぽい。

SHIKIBU」を歌うなか、こきんを含めたチャレンジャーたちが紫式部の隣を射止めるため、蹴鞠で勝負。わりとラリーが続くものの、手でキャッチしたりするこきんがお茶目。

 

しかし、カオリコの心を射止めたのは、こきんの理想が具現化した「源 ヨシツネ

おもむろに幕の向こうへと忍びこみ、カオリコを背中から抱きしめる大胆さ。

 

ヨシツネを演じているのは、佐藤流司さん

舞台を観ていて、あの人は誰!?と釘づけになる感覚が楽しかったりするけど、あの舞台で気になる役者さんNo.1は佐藤流司さんだった。

彼が舞台に現れると自然と目で追っていて、カオリコが夢中になる気持ちもわかる。こきんの憧れを凝縮した存在のヨシツネだから、浮世離れしていて徹底的にキザ。そしてナルシスト。

キザな役。それはとても難しいのではと思う。

舞台となると、寒すぎればスベっている空気が流れるだろうし、ほかの登場人物たちと波長が合わずちぐはぐになってしまう。

でも佐藤流司さんの所作は迷いなく機敏で、話し声も堂々と良い声。さらに殺陣が華麗で、ヨシツネの存在が徹底して“歴史側”にあったからこそ、「ざ びぎにんぐ おぶ らぶ」の世界が現代と歴史を行き来できていたと感じた。

 

 

姫君Shake!」ではカオリコさんが若き姫、胡蝶さんが大御所な姫…?を思い思いに楽しんでいる姿が可愛くて、女の子デュエットな感じにときめいた。

きらきら武士」を、松岡茉優さんが女性視点として歌ってくれたのも嬉しくて、戦いを諦めてしまいそうなこきんに“あなたは 武士  きらきら 武士”と鼓舞する場面に、えっいい歌……と歌詞と状況のシュールさを一瞬忘れた。

人の脚がふたり分生えているようにも見える白い馬…?に乗るこきんと、“私をここから連れ出して”の歌詞を、城のセットの窓を開けて手を差し伸べたカオリコさんを観られて、好きな曲で好きな演出が盛りだくさんで目移りした。

 

 

こきんが窮地に陥り、もはやここまでかと思われた時、失踪したはずのこきんの父「将軍」が姿を現す。

戦いを代わり「歌は任せた!」という父の一言でスタンドマイクを掴み「KMT645」を歌う山本耕史さんことこきんがかっこよくて。たまらなかった。本人は歌に専念。早着替えをさせてもらいながらなのがまた。

戦のさなかで歌われる「KMT645」が、こんなにもフィナーレでの盛り上がりを作るとは誰が想像しただろう。敵はピンクのイルカ隊だというのに。

 

部屋以外の外の世界を知らず、「うわ女だ」と性別ひとくくりに話しかけることもできなかったこきんが、気づけば着物を着こなし、凛々しくなっている。

 

 

目立った登場人物の彼らだけでなく、何役も務めるアンサンブル兼ダンサーさんたちのダンスも凄かった。

カーテンコールを見て、えっもっと人数いたよね?と思うくらいに、次から次へと場面展開に合わせて着替え登場し、キレッキレで踊る。

古今 to 新古今」での振り付けが“今”の字の屋根部分を表した動きだったりして、梅棒さんが振り付けをされたという曲ごとの動きが楽しく遊び心に満ちていて素晴らしかった。

 


パンフレットに親切に載せてくれているミュージカルナンバーの順番で思い出していくと、見事にストーリーが繋がる。

それがすごい。無理矢理ねじ込んだのではなくて、理にかなった曲順、そして歌詞になっているから、それこそ歴史の教科書を覚える時みたいに語呂合わせで思い出していくことができる。


レキシの曲は、音だけで聴いてると、いい曲だ…と歌詞の異色さを忘れて冷静な判断ができなくなるし、MVと一緒に見ると、なにしてるの(笑)とにやついてしまう。

でもミュージカルとして観ることであらためて、歴史にちなんだ歌詞と共にファンクやジャズ、ポップス、歌謡曲などのジャンルの豊富さに驚かされた。一つのテーマを貫きつつ、ここまで挑戦できるかと圧倒される。垣根を越えるどころか、柵を放り投げていて、音楽!楽しいよね!ねえ!と言われているみたいだった。

 


レキシの面白みは表現するのがなかなか難しくて、歴史が好き、ゆえに愛がこんなふうになりました!といった曲という形での愛情表現で、ふざけるけどクオリティは完璧。

それができるのは、その前段階の知識をレキシの池ちゃんがしっかり基盤として掴んでいるからで、だからこそ受けとる側はもっと直感的に感覚で、楽しい面白いを感じることができる。

 


レキシの曲を見ていて感じる、なにしてるの(笑)と笑いながらも引き込まれていく魅力が、舞台上でミュージカルになっても守られていて、原案・演出・上演台本をつとめた河原雅彦さんのレキシへの思いが溢れて伝わるほどだった。

 

 

座席ごとに設置されていた稲穂を振りながら、“縄文土器弥生土器、どっちが好き?”と合唱する空間。

なんのこっちゃと思いつつ、楽しさが勝る。

訳がわからない無茶苦茶が楽しいと思うことはこれまで好みとしてあまり無かったけど、愛のレキシアター「ざ びぎにんぐ おぶ らぶ」においては、ビックリ箱のようにひっちゃかめっちゃかだけど、筋は通っている。

そのふざけ具合が心地よくて、初めての楽しさを知るミュージカルになった。

教科書の中だった名前や言葉に目で見える形がついて、「岡っ引き」や「旧石器」に思うイメージも様変わり。知識にする前の、無関心から関心が一人歩きを始めた実感があった。

 

LOVE弁慶」を聴けば、こきんのシャウトが蘇る。

歴史をアトラクションのように楽しんだあの時間は、一夜限り開かれた夢の世界だった。