N°5の香りと、花束に春の香り

 

CHANELの5番”はどんな香りがするんだろう

知りたかったけど、百貨店のコスメコーナーはただでさえ敷居が高くて、香水のコーナーはもっと敷居が高い。「CHANEL」と書かれたスペースには、もはや近づくことすらはばかられた。

 

なんだか今日は近づける気がして、近づいた。だけど手に取る勇気がでない。

じっと見ているだけのあやしい私に、スタッフの方が「香りをお試ししますか?」と声をかけてくれた。近くにいても相手にされないのではと思っていたから、ドキリとしながらもうれしくて、「これを…」と答える。

香水のこともシャネルのことも知らずにいたから、シャネルに置かれている香水は全部「N°5」と思っているくらいに何も知らなくて、はじめに指したのは「ガブリエル シャネル」という香水だった。

 

「ガブリエル シャネル」はフローラルな印象で、花束のようなイメージで作られていますという紹介に素敵だなと思った。

花の香りといえばラベンダーと思っていたけれど、その時イメージしたのは、黄色や赤やピンクのカラフルな花束だった。

 

あまり長居すると緊張するからー…と引き際を考えながらも、せっかく近づいたシャネル。「N°5」の香りをかぐことなく離れるのはおしいと勇気を出して、「シャネルというとN°5のイメージがあります…」と話すと、四角いカードに香水を吹きつけ、手渡してくれた。

これが、N°5の香り

想像していたよりも大人な香りで、高貴でノスタルジーな感じがした。

だけどいまの自分にピンとくる何かではなかった。まだはやい、そんなイメージ。

 

コスメフロアのお姉さんたちは姿勢がピシッとメイクはばっちり。言葉づかいもカチッとしていて。

なかでも、お洒落をしてからでなくては近づいてはいけないようなハードルを感じていたシャネル。けれどスタッフの方の服装は、Tシャツというわりとカジュアルな姿で、それに気づいた瞬間に肩の力が解けた。

私でも話していいかも。聞きたいことを聞いてみよう思える空間が生まれていた。

スタッフの方の服装が時期的なものなのか、意識的に取り組まれているものなのかわからないけれど、格式高くいようとすればいくらでもできるはずのシャネルが、オープンな雰囲気をつくっているように感じて、すごいなぁと感動した。

 

香水に深く関心があるわけではなかったけれど、ふわりと香る自分の香りがあったならと思うことはたまにあった。

湯葉 シホさんという方の書かれる文章が私は好きで、そのなかの「自分の香りを見つけた話|生湯葉 シホ|note」という文章を読んで、自分の香りをもつことへの憧れが段々と募っていった。

けれどその時はまだ探したりしなかったのは、香水=香りがきつくて嫌がられてしまうイメージがあったからだった。

それからしばらくして、さらに関心がグッと高まったのは、Nissyからの影響。NissyプロデュースのNy...という香水が販売されて、今回のツアーロゴも香水をイメージようなテイストになっていることから、“香り”というものにもっと興味が湧いてきていた。

 

 

ブランドの香水をはじめてかいだことにちょっと嬉しくなりながら、ほかのお店も見ながら香りものを扱っていそうな所には立ち止まった。

いつもならすーっと通り過ぎていたお店がこの日は目に留まり、ひとつひとつ興味津々に試してみた。試しすぎると、鼻がよくわからない状態になることも覚えた。

甘いか、ラベンダーか、石けんの香り。そんなざっくりした先入観とは違って、様々な香りがあった。

 

そのなかで、気に入った香りを見つけた。

AUX PARADIS」(オゥパラディ)というお店

Fleur」と「Spring garden」を合わせた香り。

 

フローラルな香りが色鮮やかで、甘さだけに振り切るわけではなく、石けんのような爽やかさもある。

女の子という雰囲気もまといたいけど、スイートすぎては理想と違う…と思っていたところに、しっくりときた香りだった。

 

Fleur」(フルール)には

ネロリ、レモン、ジャスミン、合成アンバー、ムスクの香り。

紹介文には「ふわりとさり気なくその香りで周囲をも優しく包み込む。日本人の美学とも言える凛とした奥ゆかしさを表現した表現した上質なフローラル」と書かれている。

 

Spring garden」(スプリングガーデン)には

レモン、オレンジ、ユズ、ビオニー

桃の花、サンダルウッド、ホワイトムスクフレグランスオイルの香り。

「やわらかな日差しの中、いっせいに花々が咲きほこる 春の庭をイメージ。春の喜びに満ちた軽やかな香り。」と書かれていた。

この香りは、春限定とのことだった。

 

それぞれに冊子に書かれている香りの表現が、短い小説みたいで、漢字で書く部分とひらがなに戻す部分の感性が好きだなと思った。

 

香りと香りを合わせてつけるという発想も今までなく、二つ買ってつけるという選択肢があるのか…!という驚き。そして混ざっているのに、いい香りとして成立するんだ…という発見だった。

香水と一口に言っても、香りの継続時間によって名前が違うことも知った。

パルファムと呼ばれるものがいわゆる香水。5時間を越えて香りが残る。オードパルファムは5時間前後。「AUX PARADIS」はこのオードパルファムと呼ばれるもの。

もう少し短時間のものになると、オードトワレは3時間ほど香りが持つ。子どもの頃に漫画「ちゃお」の付録ではじめて手にしたあのいい匂いのするものは、オーデコロンという名前で、2時間ほど香りが持つものだと知った。

 

気に入った香り。見つけることができた。

すぐに購入はしなかったものの、頭の中に置いておく第一候補はここに決まった。

 

テスターとして香りを吹きかけた紙を、コートのポッケの右に「ガブリエル シャネル」左に「N°5」を入れた。気に入ったもうひとつのものは、鞄のなかに。

iPodのイヤホンコードがN°5の香りになった。

部屋に置いていても煌々と香りつづけるから、この香りが似合いそうな「マクベス」の文庫本にそっと挟んだ。

 

いつかこれが自分の香りと思えるものを身につける時がきたら、ほのかに香るように足首につけたい。

手紙のすみに、さっと吹きかけるのも憧れる。