紙に刻まれる文字の美しさ。活版印刷で、名刺を作る

 

活版印刷”というものにずっと興味があった。

ぽこっと出っ張っていたり、金でキラキラしていたり、紙の加工には様々な技法があると思っていたけど、それは何という名前なのか、どんなふうに作られているのか。特に「活版」と「箔押し」は気になるキーワードだった。

だからこそ、名刺を作るということをきっかけに、印刷技術について色んなことを知りたくなった。

 

活版印刷は、鉛で作られたパーツを使う。ひらがな一文字一文字、漢字一文字一文字の活字を並べて、“組版”というものを作る。そうして並べた組版に、ハンコのようにインクをつけた面をグッと紙に押し込むことで印刷する。

パーツの出っ張りと押し込む力の加減によって、紙にはくぼみが出来て、その紙の凹凸が独特の風合いを生み出す。職人さんの手仕事なので、インクのかすれ具合などもそれぞれにあって、唯一無二の魅力になる。

 

文学の風を感じる活版印刷

しかし印刷会社は年々減少しているようで、店舗を実際に構える会社は見つけようとしても簡単には見つからなかった。 その中でひとつ、気になった会社があった。

 

それが「中村活字

歌舞伎座のある東銀座のあたり、最寄駅は新富町駅。駅から徒歩5分ほどで到着できる。

どんな雰囲気か知らないままでは心細かったけど、「しゃかいか!」というサイトで活版印刷の工房を取材された方のインタビュー記事を読んで、活版の作られ方や社長さんの人柄が伝わり、ここにしようと決めた。銀座までは行ったことがあっても、新富町は初めて到達する駅。乗ったことのない電車を乗り継ぎ、そこへ行くというだけでも自分にとっては大冒険だった。

年の瀬も近づく11月下旬。したいことを先延ばしにして年は跨ぎたくないと、思いきって訪れた。

 

大体の名刺会社はネット注文を受ける代わりに、理想どおりに作りたい場合、データは自分でIllustratorもしくはPhotoshopで作成。規定も細かく、何がなにやらわからなかった。紙の手触りがわからないのもじれったくて、それならもう店頭で実際に目の前にして、紙を選び、文字の配置やバランスを選んで、お店の方と話してアドバイスを聞きながら作りたい。

目の前にパーツが揃っている状態から、自分で組み合わせを考えることは好きで、一からのデザインはそんなに得意ではないとわかった。

 

走り書きの名刺デザインと、これだけは載せたいブログタイトルのロゴのデータ。

それだけを持って、「中村活字」を訪ねた。

小道を曲がった先に佇むお店。横開きの扉を開けると、年季がはいっている木の壁とテーブル、受付。その向こうには活版の棚が奥の方までずらりと並び、“ものが作られている場所”という重厚感があった。

本当にお店にたどり着けた…あった…と感動しながら、お店へと入り「名刺を作りたいんです」とまず一言。「こちらへどうぞ」と案内してもらった。

ここまできたら、なにがしたいか、どうしたいか、はっきり口にしなくては伝わらない。人見知っている場合ではないと、いつもよりはっきりと言葉にして希望を伝える。データの下書きも作っては来られなかったのに、その場でデータを作ってくださり、文字の位置はもう少し下にしてくださいというオーダーもその場で感覚的にすることができた。

肩書きは上に置くか、下に置くか、どっちが名前が目立ちますか?という質問には「下の方がいいかもね」とアドバイスをくれた。

 

ロゴは印を樹脂で作るといいと思うよと中村さんが方法を教えてくれて、活版のあのくぼみを手書きの質感そのままに再現できることになった。線の細さは大丈夫だろうかと心配もあったけど、このロゴなら大丈夫と言っていただいてほっとした。

峰崎まめこさんがくださったロゴのデータがPDFになっていたおかげで、それをメールで送信してすぐに使ってもらうことができ、自分ではわからなかったデータのサイズのあれこれも対処してくださった。

 

紙はコットンというものを選んだ。厚みがあって、手触りが画用紙に近く、でもすべすべ感もある。色が3色あって、コルクなど黄色みがかった暖かい色の紙があった。

文庫本のような黄色みも惹かれるけど、ここはテーマにした“手紙”を思い出して、素直に白でいこうと決定。インクは黒にした。

 

f:id:one-time:20181202231514j:image


f:id:one-time:20181202231510j:image

 

オーダーが無事にできてよかったー…と安心したところで、中村さんがひょいっとトロフィーサイズの銅像を持ってきて見せてくれた。

「持ってみ?」

えーそうは言っても持てるくらいの重さでしょう?と持ち上げようとしてみると、おっも。重い。持ち上がらない。そんなに重いものをひょいっと持っていた中村さん。相当にすごい。

 

f:id:one-time:20181202231321j:image

 

そのすっごく重い銅像は、ヨハネス・グーテンベルクという名前のヨーロッパの人物で、活版印刷を発明したとされる人物。活版印刷がどうやって始まったのか、仕掛け絵本で教えてくれて、その時間が楽しかった。

 

f:id:one-time:20181202230356j:image

 

活版というものが、文字のパーツとそのほかのパーツでかちっと止められていることは理解していたけど、実物の組版を持ってきて見せてくれて、余白の部分に使われるパーツについても話を聞かせてもらった。

 

f:id:one-time:20181202230455j:image

 

パソコンでの印刷は、置きたい場所に配置すれば余白に何かする必要はないけど、活版となると文字の部分だけではなく何もない部分も埋めていく必要がある。

「行間が大事」

物書きなら知っているといいよと言いながら話してくれた、その言葉が印象に残った。文字通りの意味だけではないように感じて、文章を書く上でも、“描かない部分”が大切になるのだと思った。

 

お店のなかには手動の印刷機がひとつ置かれていて、これで印刷するのか…とまじまじ眺めていると、中村さんが先ほど見せてくれていた活版をそこに設置して、白い紙のコースターを手渡し、そこに置いて左側にあるハンドルを下ろしてごらん?と試しに刷らせてくれた。


f:id:one-time:20181202230547j:image

 

壊してしまわないだろうかと恐る恐るハンドルを下ろすと、インクの付いたローラーがくるくると動き、ハンドルがぐーっと下がった先に、くっと押し込む手の感覚がわかった。

 

f:id:one-time:20181202230714j:image


f:id:one-time:20181202230705j:image


f:id:one-time:20181202230709j:image

 

紙に出っ張りが押し込まれる瞬間が手に伝わって、出来上がったコースターを見ると、しっかりくぼみが付いている。

思う以上にインクはくっきりと発色して、よくよく見るとかすれがある。裏面を見ると、ほんのりくぼみの部分が出っ張っていて、「力が強すぎると、裏面に出てしまうんだよ」と説明してもらった。

 

f:id:one-time:20181202231034j:image

 

ちょっとの力加減で出来が左右される活版印刷。職人さんがいてくれることは大切なことだ…と尊敬が深まった。

 

f:id:one-time:20181203095010j:image

 

まさか実際に印刷体験をさせてもらえるとは思わず、ただ名刺を作りたいのではなくて活版というものに関心があった自分にとっては社会科見学みたいで嬉しくて仕方なかった。

小学生の頃の、連れて行かれるがままな社会科見学もそれなりに楽しみどころを見つけようとしていたけど、自分の興味のあるものがわかるようになった今経験する社会科見学は、想像の倍楽しかった。

 

 

減少しつつあると言われている活版印刷だけど、海外ではその価値が見直されはじめていたり、日本でも気軽に試すことができるワークスペースが増えていたりする。

好きなのになあと言うだけに留まらず、今回実際にオーダーをすることができてよかった。素敵なものは、残り続けてほしい。スピードや簡単さではない、文字に込められた心の機微が宿るような美しさのある印刷技術が、どうかこれからも根強くあってほしい。

 

名刺は郵送で届くことになった。

どんな風合いの名刺になるだろう。初めてのオーダー名刺がこの手に届く日が待ち遠しい。

 

f:id:one-time:20181202231140j:image