ひとりでできるかな

 

さて、ミッションが私には課せられた。

グーグルマップではここから2分と案内しているマンションを、私は10分以内に初めての景色の中から見つけ出し、郵送されてくるWiFiがとんぼ返りなんてことになるのを阻止しなければいけない。

 

建物自体の写真と、その地区一帯の地図は手元にあるけれど、周りの風景がいまひとつわからない。

よし、こっちだ。と歩いてみる。

グーグルマップは近づいているのか遠のいているのか煮え切らない表示。これ…?と目の前にそびえ立つマンションは、明らかにホームページで見ていたものよりもゴージャスなのだけど、なんだかわからないままとりあえず入り口を通ってみた。鍵を刺してみる。刺さらない。

あれ…?鍵で開くんじゃないの?このボタン押すの?えっでもこれはインターホンじゃ…と1人頭の中でぐるぐる考え、ボタンを押すことは踏み止まった。今思えば、あれで部屋番号を押して呼び出していたらなかなかの変な人だ。

ここじゃない。そのことにはハッキリ気づき、外に出て辺りを見渡すけど右も左もわからない。HEPの赤い観覧車だけは、向こうのほうにひょこっと顔を出しているのが見えた。

 

薄々感じていたけど、中崎町GPS迷路かもしれない。現在地が大幅にアバウトになることがあって、小道が多い特徴からか位置関係がハッキリしない。

そのためにマンションを探していてもお店を探していても、この辺がどの辺なのかわからず、見つけることがかなり難しい。

GPSを頼りにするなかれ…そんな最初の洗礼に戸惑いながら、自分が全く反対方向に歩いていたことに気づき、来た道を戻ってさらに奥へ。時間は刻々と迫る。焦る。若干の半泣き。

 

マンション名をそもそも認識してくれなかったので、それらしき番地のすぐそばにあるお店に目的地を設定して、どんどん歩いた。

そしてようやく見えたマンション。

これだ…!!と高まる感動。

数分前でなんとか間に合うことができた。エントランスでドキドキしながら鍵を刺して、今度は開いた。

部屋番号を確認して部屋のドアを開ける。これもかなりの緊張だった。写真と違ったら、思ってたのと違ったら、10日間はきついぞ…と思いながら部屋に入ると、清潔感のある室内。家具も写真で見た通りだった。

カーテンを開けて、とりあえずテレビをつけて、指定時間内の早くに来るのか遅くに来るのかわからない郵便を、休憩がてらしばらく待つことにした。

 

ここへ来るまでの道中、梅田駅から東梅田駅まで歩く地下通路で見つけた本屋さんで、テレビ誌を買っておいた。

我ながら用意周到だなと思うけど、遠くに来た時のテレビは大事。関西の番組を楽しむためにも、テレビ欄は必須。むしろここへ来て初めて、テレビ誌をテレビ誌として活躍した。櫻井翔さんが微笑む表紙は、それから10日間、私の心の癒しだった。

 

思っていたよりも郵便は早く届いた。

インターホンが鳴って、モニターで確認して、エントランスの入り口を開ける。ほんとそれだけのことなのだけど、全部初めてのことだった。

警戒心がフルパワーなので本当は郵便も頼みたくなかったけど、これもいい経験だったのかもしれない。

 

WiFiも部屋に設置できて、まだ日が暮れるには早い時間。

せっかく歩いて行ける距離に住んだ中崎町

お腹も空いてきたし、歩いてみて、カフェにでも入ることにした。

リサーチしていたカフェリストの中から、癒しを求めていたのか猫のいるカフェに行こうと目星をつけて、散策スタート。目的のカフェの前を何度か通り過ぎていたけど、ようやく見つけてスライド式のドアを開けた。

お店で飼われている黒猫ちゃんは、私が店内に入るとすーっとご飯を食べに行って、戻ってきてはもらえなかった。警戒させてしまったかなと少しもうしわけなく思いつつ、私は好きな席を選んで座り、ほうじ茶黒糖ラテとカレーライスを頼んだ。

朝に新幹線の車内で食べた駅弁以来のご飯。スパイスの効いたさらっとカレーが、暑さに堪えた身体に沁みた。

 

安定しない天気だったのか、カフェでゆっくりしていると突然ザーザーと雨が降りだした。

しばらく落ち着くのを待って、小降りになった頃にカフェを後にした。

部屋での飲み物と朝ごはんのバナナの買い出しが終わればそのまま帰ってもよかったけど、せっかくの初日。もうちょっと歩きたくなって、「おいでやす商店街」をぷらっと通ることに。

 

以前に来た時は、エイトブンノニで丸山隆平さんと錦戸亮さんが巡った場所だけを目指して歩いていたから、見えていなかった景色があったのかもしれない。

こうしてひとり歩く商店街の景色は、知ってはいるけど知らない景色だった。

 

以前にさまよいながら見つけて食べた、たこ焼き屋さんのことを思い出して、もう一度たどり着けるだろうかと思いながら、確かこっちの方…と記憶を頼りに奥へと進んで行く。

天神橋筋の方へと出てくるおいでやす商店街の出入り口近くに、あの時のたこ焼き屋さんを見つけた。

まだ大阪に居る自分にぎこちなくて、勝手に初めましての気分で人見知りを発揮しながらも、そっと近づくと

「いらっしゃい、何個にしますか?」と聞かれ、「何個がありますか?」と若干トンチンカンに答えた自分の声が、関西弁のトーンにもう引っ張られているのを感じて、少し照れもありネイティブじゃないのにすいません…という気持ちにもなった。

 

8個入りのたこ焼きを買って、さあ帰ろうかとした頃、ゴロゴロと雷の音がしはじめた。

バケツをひっくり返したような雨がどっしゃーと降り出して、屋根のある商店街でよかったものの、あまりの雨にどこからか水滴がぽたぽた。これは折りたたみ傘では太刀打ちできないぞ…と様子を見ながらしばらく商店街をふらふら。

よし、今なら行けるというタイミングで、すかさず競歩で家路に急ぐ。商店街から家が近いって素晴らしいなと思った瞬間だった。

 

部屋で落ち着き、大阪に来て最初のたこ焼きを食べる。

ここのたこ焼きはソースのみでマヨネーズなし。前回はコーンなどの具が入っていて、今回はすごくモチモチした食感だった。

 

6月8日金曜日、大阪の夜。

地元を出て来たのは今日で、大阪に居るのも今日なんだなと思うと、不思議な感じがした。

部屋でぼーっとしながら、大阪までの道中のことを思い出す。

行きの新幹線、席に近づくと隣の席だったおじさまが、スーツケースを持ち上げますか?といって、ひょいっと上に置いてくれたこと。おおー…とこの日最初の感動を覚えたこと。

お弁当を食べて、窓からの景色をずーっと見ていたらあっという間で、気づくと新大阪。梅田に移動して、そこからの東梅田までのルートがまず謎だった。梅田駅ってJR大阪駅と位置は同じで、そうなると東梅田駅は徒歩圏内?道は繋がってるの?とまるで迷宮。

しかも道中で100円ショップと薬局を見つけ出して、日用品を買い揃えるというミッションもある。スーツケースと共に移動するというのは思うよりも大変で、エスカレーターに乗るのも立つのは右側、そしてスーツケースが人に当たらないよう注意して、と気を配る箇所が多くてあくせくした。

 

梅田OPAにダイソーがある!とわかったものの、ここはどこ!OPAってなに!!状態の私には、わからないことしかない。

この時に人に聞けたらよかったのかなーと落ち着けば思えるけれど、その時は必死。自力でなんとかたどり着いて、レンジで使えるお皿とスプーンフォーク、フライパン包丁、おやつもひとつ。薬局ではキレイキレイをゲット。

お皿はどんな形のものが便利かな、サランラップがあるといいかな。あっ水もここで買っておこう。そんなことを自分の頭の中だけで考えながら、買い物カゴに入れて、お金を払って。これまでだって買い物はしてきたけど、始まる一人暮らしのために揃えるお買い物はいつもと違って、ソワソワと浮つきながらも楽しかった。

そんなアドベンチャーを乗り越えて、私はようやく中崎町にたどり着いたのだった。

 

ほぼ初めて、まるっきり一人で眠る夜。

怖がりの本領を発揮して、廊下が怖い。部屋のドアを完全に閉めてもちょっと開けてても怖い。何度、玄関の覗き穴を確認しに行ったかわからない。むしろ私が不審者だ。

そんな心の闘いを繰り広げつつ、豆電球をつけてテレビもつけたまま、気づけば眠りに落ちていた。