甘さに浸れなくても、わかるもの − aiko「カブトムシ」

 

華奢で甘くて、

砂糖菓子のような恋でもしなければその世界には入れないと思っていた。

 

曲への思い入れは共感だけに限らないけれど、入り込めない世界線を感じることはあって、自分の中でその代表格のような曲だった。

可愛らしさの表現にはなかなか使われない虫を、しかも蝶などではなくカブトムシという語を、歌詞の中で用いることのすごさは感じていた。けれど、音楽番組のテーマ別ランキングや特集で幾度となく聴いていても、ティラミスのように洋酒にひたひたに浸かった乙女チックさに酔いきれない、強固な自我に阻まれて、遠い世界だと眺めていた。

 

ピックアップされて繰り返し取り上げられるのは、

少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ 甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし  

という歌詞の印象。

でもaikoさんが歌うのを聴いて記憶に残っていたのは、

流れ星ながれる 苦しうれし胸の痛み

生涯忘れることはないでしょう 

と歌う部分だった。

恋をする思いに酔うだけならばここまで切実に心震わせる必要があるだろうかと、そう感じたからだった。

喉が締まる感覚と、ときめきとは比例しない切なさのあるメロディー。うれしさだけでない苦しみも胸の痛みも握りしめて離さないような切実さ。

生涯と言い表す言葉に大げさなことなどきっと無く、目の前にあることがすべてだと思うなら、本気でそう思えるのだろうと、歌の中に居る彼女に心近づけることができるのがこの歌詞だった。

 

なんだか今この曲のことが気になって、ふと秦基博さんがカバーした「カブトムシ」が数年前にあったことを思い出した。引っ張り出して再生して聴くと、あの頃とはまったく違った温度感でメロディーが身体に流れ込んでくるのを感じた。

そして数年ぶりに聴いたその曲で、自分が知らずにいた歌詞があることを知ったのだった。

 

2番まである曲の歌詞の中で、最後の最後にやってくるこの歌詞。

少し癖のあるあなたの声 耳を傾け

深い安らぎ酔いしれるあたしはかぶとむし

 

琥珀の弓張月 息切れすら覚える鼓動

生涯忘れることはないでしょう

生涯忘れることはないでしょう 

 

こんなにも美しい言葉。

人の気持ちとはどこまで奥行きのあるものなのかと感嘆した。

そよぐ風に揺れているガーゼのような柔らかさと、静かな夜空の暗がりが一緒に存在している空気に惹かれて、ああこの歌詞が好きだと心に溶け込む感覚がした。

シチュエーションの解釈というより、言葉がとにかく魅力的だった。前の二行と後ろの三行はひとつとして考えるのが意図に添う形なのかもかもしれないけれど、個人的な解釈では別々の時として思い浮かべていて、頭の中でイメージしたのは一緒にいない時間に思う、相手の姿だった。

 

琥珀の弓張月”

その言葉に惹きつけられて仕方なかった。

満月ではなく、半分の。もしくはもっと欠けた、弓を張れるような月が琥珀色に空に浮かぶ様子を、思い描くことのできた自分に驚いた。月は意味なく眺めるけれど、私はそんな気持ちで月を見たことがあっただろうか。

“生涯忘れることはないでしょう”という彼女の思いを考えていると、何度でもできる恋ではないのかもしれないと想像した。ひたすらに思い慕う相手との恋を夢見て、揺れる心の機微ひとつひとつを箱に入れていくような、彼女のまとう雰囲気は、どこか人魚姫の悲恋に通じるものを感じる。

 

曲の全体を聴く前から出来上がってしまっていた、時代のフィルターが掛かったままの「カブトムシ」へのイメージではなくて、自分の耳で聴き直すことができたのが今だった。

可愛らしくもあるけれど、切実な胸の内にある思いに心が動く。しばらくこの曲を聴きつづける日々になるのだろうと思う。