私はあの時、魔法使いに会った -Nissy Entertainment 2st LIVE FINAl

 

何もかもをさらって、その瞬間、虜になった。

Nissyのライブツアー「Nissy Entertainment 2nd LIVE」ファイナル。4月27日の東京ドーム公演最終日に、行ってきた。

魅せることにすべてをかけたNissyのエンターテイメント。どんな仕組みでとかそんな理屈を忘れて、一体どうなっているのかさっぱりわからないけど、とにかく楽しくて、ワクワクして、驚いて。Nissyひとりの身体から、こんなにも強くエネルギーが出るのかと圧倒されたステージだった。

1ndライブに行って1年後、こんなに早く次のライブを観ることができるとは、何年だって待つ気でいた自分としては予想外の速さでNissyのステージが再び目の前に広がっていた。

 

オープニング映像が流れ、スクリーンには女性の姿。

舞台はニューヨーク。美しい草花が並ぶ不思議な魅力のショーウィンドウ。そのお花屋さんに惹きつけられるように、中へと入って行く女性。その香りに魔法をかけられて、意識を失ってしまう。

一方、ニューヨークの警官たちは女性が次々に魅了されていくこの事件の犯人を確保するべく錯綜している。

「Nissyはどこだ!!」

当のNissyはホテルのベッドですやすやお休み中。そこかしこの包囲網で指名手配されていることなんてつゆ知らず。

そして1人2人と増えていく、ターゲット女性の数。

22、23…24

ついに街へと繰り出したNissy。次の事件発生地は!?と声を上げる警官の見ているモニターに映し出されたのは日本、東京ドーム。

もう止めることができない、動き出したNissyの時間。

 

最初の曲はアルバム1曲目でもある「The Eternal Live」

ステージ背景にある大きなスクリーンに映し出されたのは、ニューヨークの夜景。沢山のビルが立ち並ぶ街を、まるで飛んでいるかのような浮遊感で映像が流れる。

ステージ両サイドにあるスクリーンも縦に流れるリボンのようになっていて、せり出したステージ自体もビルのライトアップ。その頂上に立つNissyのシルエット。背景のモニターなのか、ステージセットのモニターなのか、境がわからなくなる奥行きと迫力。

追っ手をかわし、ニューヨークのビル街を飛び回るかのようなNissyの疾走感に飲まれていく。

オープニングからのこの数分で、自分は完全にノックアウトで、ピーターパンのように奔放無垢にあちらこちらに出没するNissyが指名手配なんて、ワクワク以外の何物でもない。あー持ってかれたーとなすがまま、抗う暇もなく心を掻っ攫われた。こんなにツボというツボを押さえされたコンセプト。好きにならない方が無理だ。

 

 

今回観ていた席は、2階スタンド後方席。

東京ドームの広さで、決して近いとは言えない距離だったけれど、この席で観られて良かった。

真正面というよりも少し左側の位置から、斜めの画角でステージ全体を見渡すような景色。近くに照明が4つ並んで配置されていて、上段と下段にあるそのライトからステージやドーム全体へのスポットライトが放たれていた。

照明の動きもステージの動きも見ることができて、ダンサーさんたちの動きも配置も俯瞰で見ることができたことによって、考え抜かれた構成と演出、Nissyが何を観せたいのかがすごく伝わって、だから一層、このライブはすごいと感動せずにはいられなかった。

 

スタンドマイクのパフォーマンス、新聞紙を手に踊る振り付け。大きな風船で飛ぶゴンドラの下からひらひらと舞うハート、天井に映し出される“Nissy”の文字と唇のマーク。圧巻のチアガールたち。

「DANCE DANCE DANCE」での横一列のラインダンスは、1ndライブで観たものから明らかにパワーアップしていて、ミュージカルのステージでもそうそう観られない大迫力のラインダンス。

中央に配置されたステージが、距離として長く、横幅は広めには取っていなかった意図が「Aquarium」と「DANCE DANCE DANCE」のラインダンスでわかった。

 

「The Eternal Live」や「LOVE GUN」など、最近でのここ数曲のMVを見ていて、そのテイストの変化を感じていた。もしかすると今回のコンセプトは前回よりもっとバリバリイケイケな感じで来るのだろうかと思っていたけど、軸としてのNissyの魅せ方のコンセプトは変わっていないことをオープニングの映像から感じた。

歌やダンスだけでなく、ステージセットや演出でもNissyのセンスが発揮されていて、そしてそこには品がある。格好つけることもガラ悪く見せることも、形は簡単に作れるかもしれないけど、品よくバランスを取ることは単純ではないと感じるからこそ、Nissyのバランス感覚に心惹かれる。

ステージセットそのものが全体的な雰囲気として品があって、そしてゴージャスだった。アリーナ規模でのツアーをドームに切り替える難しさもあるだろうし、ドームほどの広さとなると、大きく見せて派手にすることに注意が向きがちになるかもしれないけど、今回のライブでステージ自体への装飾はそんなに無く、だからこそ自由自在で、メインステージ、センターステージ関係なく、Nissyが今いる所がステージという感覚で、観客が視点を動かし、楽しめていたのだと思う。

 

 

「Aquarium」での演出は、鳥肌が立つほど魅了された。

1stライブでも最も印象に残って衝撃的だったのが「Aquarium」で、前回あんなにも完璧な魅せ方で披露したこの曲を2ndライブで再び披露して、さらに演出を変えてくるなんて、1つの曲から一体何通りのアイデアが浮かぶのかと驚いた。

直線に長い中央のステージ、左側からNissyが登場して、右側からはひとりの女性が。互いに歩いて近づき、向き合うと思ったら避けてしまう女性。悲しそうにNissyが振り返ったかと思うと、身をひるがえし女性を抱きしめたNissy。その瞬間2人の立つステージからワッと横一列に湧き上がった噴水。

抱き合う2人を覆うようにアーチ状になって頭上を通る水の動きが美しく、映画を観ているのだろうかと思うほど。視覚的な美しさとメロディーの憂いを帯びた切なさに胸が締めつけられた。

水槽の壁に阻まれて、会うことのできない2人がガラス越しに見つめ合う姿は、ともすればベタで照れてしまうようなシチュエーションにもなり得るかもしれない。けれどそんな余地がないのは、空間を飲み込むほどの世界観が一瞬にして完成されているからで、そして物語に入り込んだNissyの歌声が登場人物としての心境を台詞なくとも物語っていることで、2人のこれまでを想像するのに充分な説得力を持っていた。

 

この曲に続く「愛tears」ではライトの演出が素晴らしかった。

蛍か星の明かりにも見えるような宙に浮かぶ光に包まれてNissyとダンサーが現れて、トロピカルハウスの曲調に合わせて踊る情熱的なダンス。MVに登場していたランタンをどのように表現するのだろうと思っていたら、次の瞬間ドーム全体に浮かび上がる、丸く暖かい明かりのライト。オレンジの明かりが高さ様々に浮かび上がった瞬間の歓声は、無意識に人から出た声という感じがして、Nissyのサプライズを肌で感じた。

 

ラストの曲「The Days」では、MVの撮影地でもあったUSJのキャラクターたちが登場のサプライズ。エルモ、クッキーモンスタースヌーピーたちと一緒にフロートに乗って外周をパレードする様子は、ここUSJかな?と思うほどの華やかさで、大きなフラッグに、パラソルに、カラフルなスカートを着たダンサーさんたちの盛大なパレード。

ダンサーさんたちを登場させるタイミングとその人数も考え抜かれていると感じた。少人数でぎゅっとまとまりを持たせて見せる曲と、壮大な迫力をだす曲とでメリハリをつけて、大勢いるダンサーさんたちの見せ場も1度ではなく数回登場できるように。みんなが楽しそうで、活き活きとしているのはそういったNissyの細やかさがあるからではないかなと思う。

 

「花Cherie」での演出も、モノクロのようなイメージがあったこの曲で、色とりどりの花が映し出されたことは意外だった。鮮やかさというものにあまり惹かれたことがなかったけど、この曲でのスクリーンに映された鮮やかな花々は、可憐なだけでなく生命力に満ちていて、目を見張るほど美しかった。

「花Cherie」や「ワガママ」はバラードとしてしっかり聴かせてくれる落ち着いた演出になっていて、賑やかさだけで突っ走らず、所々に置かれた静かさの間合いが心地よかった。

 

今回、生バンドの演奏があってコーラスの方が女性と男性が2人いたのも印象的で、それがすごく嬉しかった。生声で入るコーラスの厚みはやっぱりすごい。ホーンセッションの迫力が高まっていく空気感や、おそらくウッドベースが出てきてスウィングジャズのグルーヴ感が増していたところなど、MVやCDで聴いていてここが好き!と感じたポイントがより磨きをかけて輝きを増していたことに感動した。

観ていた席が2階スタンドで天井が近かったこともあり、どうしてもドームの天井は音が割れてバリバリ響いてしまう。しかし、その環境でもなおNissyの歌声が胸に響いて仕方なかったのは、曲のひとつひとつが持つ物語に思いを込めるNissyの表現力があるからだと思う。

天井にいるとMCの話している声なども何を言っているかわからなかったりするけれど、Nissyの声なのか話し方なのか、ちゃんと聞き取ることができた。特に西子スイッチが入った時の声は、すごく聞き取りやすい。

 

 

今回のアルバム「HOCUS POCUS 2」のテーマが“執着愛”だとNissyが話したのを聞いて、なるほど…とすべて繋がったような気がした。

「Aquarium」での気合の入った魅せ方も、サプライズで披露された新曲「トリコ」の歌詞からも、そしてアルバム通しての歌詞の端々から現れているのは確かに、離したくないという強い思いの執着愛で、でも多分それはNissyとしてのテーマそのものでもある気がしている。

軽やかで、華やかで、紳士なのだけど、ひとつ奥に隠しているその執着とも言える愛に、聴く人は心を囚われてしまう。

 

カバーリクエストで歌われた久保田利伸さんの「LA・LA・LA LOVE SONG」の、

とめどなく楽しくて やるせないほど切なくて

という歌詞が、Nissyの作り出す世界観にリンクしている気がして、ライブの終盤で「また何か頑張ってつくるから」と言ったNissyの言葉と表情にそれを重ねてしまった。

Nissyが作り出したエンターテイメント。頭の中から引っ張り出して、言葉にして形に変えて、時間をかけ人の力を借りて生み出したステージ。

東京ドームでライブをやると聞いて、ひとりであのドームの広さどうなるんだろうなんて思っていたのは、要らぬ心配だった。あの広さだからこその空間を活かして、最大限に魅せて、そのステージに余白なんて感じないほどのサプライズで埋め尽くしてくれた。

これほどのものを作り出して、それは実際に形になっているのだから、こんなに魅力のあるものが見つけ出されないはずがないと、その作品のクオリティーでNissyは必ずもっと飛躍すると確信しているけれど、Nissyの言葉を聞くたび、まだもがいている最中のようにも見えて、どこか不安気で儚いような、次の約束がいつも確実ではないような気がしてしまう。

きっと、約束が絶対でないことは事実で、「極論、僕らはいつ死ぬかわからないから今やろうって話になって。」とドーム公演を決めたことについて話していたように、次が必ずあるなんて保証はどこにもないのだと、自分自身も今痛感している。

自身の願いというよりも、Nissyチームのスタッフや応援しているファンの自信になったらという思いで決めたドーム公演。やりきったそのすぐ後で「また、また何か頑張ってつくるから」と言わずにいられないNissyの思いに、心が突き動かされた。

この場にずっといたくてもそれはできなくて、だからまた会うために、作って、届けて、そのサイクルのなかでNissy Entertainmentは出来ているのだと、アンコールの「My Luv」を聴きながら思っていた。

 

「今日という日に僕のエンターテイメントを選んでくれて、チケットを買って来てくれたこと、うれしく思います。本当にありがとうございます。」と話した、Nissyである西島隆弘さん。

ど平日で、遊園地でも映画館でもなく、僕を選んでくれて、と言うNissyの言葉に戸惑いさえ覚えた。気づきすぎなほど、気づいている人だと思う。沢山の選択肢の中から、自分が、“選ばれた”と感じているNissyの感性と洞察力に感動して、胸がいっぱいになった。

 

あの時間、あのライブのどこを切り取ったとしても、それだけでMVが出来てしまうほどの完成されたステージ。MV撮影の本番テイクを目の前で見せられているような圧倒的迫力とクオリティー。

スクリーンに映る、リアルタイムの映像の角度さえすでに計算し尽くされていて、どう映るかを考えての演出になっている。もはや自分の目で見ているのは無駄なく編集されてパッケージ化されたDVDなのでは…と錯覚するほど、抜かり無かった。

YouTubeにもアップされている、曲ごとのMVそのものが単体で完成されたストーリーと世界観を持つなかで、それをひとつのライブとして繋ぎ合わせていく。一見バラついてしまいそうな、色のはっきりとした作品たちを、大きなひとつのストーリーにしていく作業を思うと、すごいとしか言葉にできない。

オープニングで登場する女性を、ファンという存在の実体化として表して、これまでリリースした曲や行われたイベントを時間旅行するように、ライブの随所で映像が挟まれていく。

ミュージックショートフィルム「OK?」の上映イベントが行われた時、これは参加しておいたほうがきっと楽しいことになると思ったその直感は間違いなかったと、この「Nissy Entertainment 2nd LIVE」に来て、実感することができた。

 

エンターテイメントを好きでいるというのは、時に難しい。だけど楽しいだけではいられないとしても、楽しい時間はうそじゃない。

ライブから帰り、ようやくドームの会場で買うことができた、「HOCUS POCUS 2」をiPodに取り込んで、ずっと繰り返し聴いている。

5年前、YouTubeを見ていて偶然クリックしたひとつの動画。「どうしようか?」というそのタイトルが気になって、再生ボタンを押した。“Nissy”と書かれた文字は、当時読み方も分からず、いつの動画なんだろうなんて思いながら、海外の動画を日本から1人部屋で見てるような感じだった。あの頃、眠れず見ていた薄暗い部屋の、あの画面越しの世界から、こうして東京ドームへと飛び出して、自分もそこにいて、現実に目の前にあの画面の中に見ていたNissyがいる。

そんな現実が不思議で仕方なくて、なんだろうこれ…と他人事になってしまうくらいだった。

 

ありったけのワクワクを振りまいて、キラキラと舞うような楽しさのシャワーで魅せてくれる彼は、

夢を信じられず飛べなかったウェンディに、「楽しいことを思い浮かべてごらん」と飛ぶ方法を教えてくれたピーターパンのように、世界にたったひとりの魔法使いなのかもしれない。