はちゃめちゃだから愛くるしい。映画「泥棒役者」の魅力【感想 ネタばれなし】

 

“君は、誰?”

泥棒役者」のホームページを見た時から、この言葉の書かれた写真が印象に残っていた。なんだかドキッとするようなキャッチコピー。

 

足を洗ったはずだった元・泥棒は、かつての仲間に脅されて、とある豪邸に忍び込んだ。忍び込んだものの気乗りせず、こんなことはやめようと懸命に説得していると、突如訪問してきたセールスマンの男。

「ご主人様ですよね?」

「……そうですー…」

逃れられず口にしてしまった一言から、元・泥棒は様々な役を演じる羽目に。

 

始まりの数分間を観て、この映画が好きになった。

全体に漂う空気感、セリフの言い回し、登場人物たちの佇まい、一つ一つが穏やかだった。けれどそこには日常のリアルな空気もあり、肌の質感や日常の景色は私たちが生活している世界と変わりなく、何もかもが浮世離れしているということではない。だからこそ、痛みを覚えるような、人の不器用で格好のわるい部分が正直に描かれていて、暖かさと痛みの両方を西田征史監督の作品からは感じる。

シチュエーションは非日常なのに、観終えた後は日常がすくい上げられる気持ちになった。

 

元・泥棒の大貫はじめ役を演じるのは、関ジャニ∞丸山隆平さん。

丸山さんの演じるはじめは、真面目で根が優しい。それゆえに断ることができず流されてしまうけど、相手の機微を読み、そこに寄り添うことのできる人物。

この役を演じるのは丸山隆平さんがいいと、映画を観終わった後も思った。それほど役と丸山さんの息が合っていて、魅力がスクリーンいっぱいに溢れていた。

 

ストーリーの中心となるのは絵本作家の前園先生の豪邸、本編のほとんどがこの室内で巻き起こるというチャレンジの見応えも凄かった。

泥棒役者」は元が舞台で、舞台となれば観客は視点を思い思いに動かすことができる。しかし映画となると、カメラがどこを映すのかによって視点が決まってくる。けれど、約二時間のあいだ景色を見飽きたりすることはなかった。それぞれの表情や目の動きに引きつけられて、休む暇なく常に誰かの視線を追う楽しさ。

色彩から見る色の楽しさもあり、特徴的なのは壁紙。メインとなる部屋のブルーの壁紙と模様。別の部屋にはピンクの壁紙にバクの柄。

登場人物ごとにイメージされる色もあり、元泥棒・大貫はじめは青、絵本作家・前園俊太郎は赤、編集者・奥絵里子は黄色、セールスマン・轟は緑と、ふと気づくと4人並んだ色合いが可愛らしい。大貫はじめから連想される色が青で、壁紙が青なことでアウェイでありながらホームのような印象があった。

 

カメラが部屋の中をぐるぐると動き回って撮っているのに、部屋の中に2つも鏡を置いていることに気づいた時、なんてチャレンジなんだ…とドキドキした。卓上鏡と、全身鏡。気になりだすと注目して観てしまうのだけど、これがカメラマンさんもスタッフさんも決して映り込まない。むしろさり気なくカメラの動きに合わせて鏡の中にタマとミキの銅像が写り込んでいて、巧みな技術に感動した。

一度目の鑑賞は作品に集中して、二度目以降は一体どうやって撮られているのかを想像しながら観るのも楽しい。

 

劇中のあるシーンで、秋の虫の声が微かに聞こえることに気づき、夜を感じた。

気のせいでなければ、部屋の外の音もしっかりと作り込まれていることに驚いた。考えてみると、映画の中で“時計”が印象的に用いられることは無かった。時計の動きを画面に映さず、体感時間と光の加減、時折映る空の色で、時の流れを自然と感じていたことに気づく。

室内劇というシチュエーションで、説明にならず自然と時間の動きを表現しているのがすごかった。

 

過去から足を洗って堅実に生きようとしている大貫はじめと、過去に何度も戻って行ってしまう泥棒の畠山則男。変わることのできた彼と、変われずにいる彼の何が違うのかについて考えさせられた。

無かったことにはならず、逃げても逃げても追ってくる過去に、どう向き合うか。後悔を抱えた時に、どうしていくのかを考えることのできる映画だと感じた。

 

丸山さんの元々の体格は大きい印象だったけれど、映画の中では小さくこじんまりとして見えた。椅子に座っているはじめの姿は特に、ちょこんとしている。そんなはじめも、高畑充希さんの演じる恋人・美沙と一緒にいると、男の人という感じがしてキュンとくる。大貫はじめという人のコミカルさだけではない面を感じられる大切なシーンになっていた。

映画の中には、西田監督の作品や片桐仁さんやラーメンズを知っていると嬉しいポイントや、どことなく思い出すような遊び心もある気がした。

エンドロールに流れる「応答セヨ」の歌詞も含めてひとつの作品になっていて、曲のかかり方がさらにグッと心を掴む。そして、それだけではないお楽しみも。最後まで見ると素敵な気持ちになる。

 

 

ひょんなことから、一軒の家に集った4人。

それぞれ一人ではどれだけ考えても答えの出なかったことが、みんなで考えたら思いもしなかった答えにたどり着く。

個性ゆえに、この場所で上手くやっていけなかったから、この人と上手くいかなかったから、だからといってどこにも居場所が無いということではないんだよというメッセージを感じた。人と関わることというのは楽しいことばかりではないけれど、人と関わることで見つかるものがきっとある。

何か映画を観たい、気分転換をしたいという人にも。最近人と関わることについて考えたり、心に晴れない何かを持っている人にも、おすすめしたい映画です。