感受性ごと虜に。Nissy「SUGAR」

 

ひらめきこそ inspiration

夢中になるものができた今「SUGAR」を聴いたら、新たな一面を見つけたような気がした。

初めはMVの印象が強く、アバンチュール的な曲だと思って聴いていたけれど、曲だけを聴いていてふと“SUGAR”は一面だけの意味合いではないような気がしてきた。

“SUGAR”がもし、アイデアを女性に例えたものだとしたら。心奪われて逃れられない夢で、好きで仕方のない何かだとしたら。それは恋に限らず、人によって様々なものに変化するのではないかと思った。そう考えて歌詞を聴くと、共感してしまうところが多くあることに気がついた。

 

目と目が合うわけはなぜ

その気にさせてるだけ? 

という歌詞も、そう思いながら聴くと不思議と“SUGAR”という存在が、ただ女性としての形容詞としてではなくて、奔放にひらりひらりとかわして行ってしまう頭の中のアイデアそのもののように感じる。

走り出す imagination

同じものを見てる

その手に導かれるまま

Real な visionになる 

聴いていて思い浮かぶのは、ひとり机に向かい作業をしている様子に、どんどんと溢れ出てくるアイデア、というイメージ。

特に、“その手に導かれるまま Real な visionになる”の二行は、ファンとの関係性のようにも取れるし、ひとりで向き合っていたとしても、思い描いたビジョンがリアルになるという歌詞にはリアリティがあると思った。

 

君は sugar まさか本気?

OH MY GOD たまらないな sugar 

この歌詞がすごく好きだ。振り回されている感じも、わかっていながらそれに乗っている感じも。

“たまらないな”の、“ない”で思い切りがなりを効かせるところも凄くいい。“OH MY GOD”は大文字なのに、それでも“sugar”は小文字になっているところにも惹かれる。歌詞の中で“sugar”は随分自由奔放な印象を受けるのに憎めないのは、どこか可愛らしい華奢なイメージがその言葉の響きにも表れているからだと思う。

困り顔をしながら、実は手の内で遊ばれてあげているだけかもしれない。上手なのはどっちかわからなくなるような心理戦がいい。

 

曲名は全て大文字の「SUGAR」表記だけど、歌詞では“sugar”となっていて、全部が小文字。頭文字さえ小文字になっている。意図していることがあるのだろうなと考えてしまう。Nissyのことだから。

 

MVが魅力的なのは勿論のことで、始まりのクッと上がる口角、“君は sugar”で砂糖をひとつまみ落とす振り付け、そして口を拭う仕草と、ドキッとさせる気しかないなと分かっているのに、その意のままドキッとしている自分がくやしい。

 

“チョコレートキャンディ”の歌詞に合わせて、キャンディが口に入っているみたいにほっぺを舌でポコッとさせるジェスチャーが最高にいい。

海外のような照れてしまいそうな演出も、Nissyならやって様になる格好よさがある。

“Yah Yah sugar”で入る、ショーの空気たっぷりなメロディーの盛り上がりとリズム、トランペットの音に、ラスベガスのようなギラギラとした雰囲気を感じて、そのイメージが実際にライブでは演出としても表現されていたところに感動した。

 

魅了され、翻弄され、それでも追いかけて。“sugar”に夢中で、導かれるまま振り回されながらも、それをどこかで楽しんでいるような不敵な笑みを感じられるこの曲が、好きで仕方ない。