星野源さん「いのちの車窓から」

 

本屋さんで置かれている表紙を見て、素敵なデザインだなと思った。

白い表紙。画用紙のような手触りの紙質。中央にある素朴で可愛い星野源さんを描いたイラスト。イラストの赤いセーターが白い表紙の中で目を引いて、それから細かく見ていくと足元に描かれているエレキギターやノートパソコンが目に入る。小さく囲うように置かれた物は、星野源さんの生活を取り囲む物たちなのかなとイメージできて楽しい。

“いのちの車窓から”と書かれた文字のフォントや一字ずつの間隔の開き方も絶妙で、“星野源”という文字も心地いい間合いで目に入ってくる。

この本の装丁は吉田ユニさんと知り、情熱大陸でこの間見たばかりのタイムリーな発見も嬉しかった。

 

デザインが好き。部屋に置きたい。と思ったのとは別に、今無性に読みたい気がするという感覚があった。それはしばらく続いて、何度も本屋さんで手に取り、置いて、を繰り返していた。そうこうしているうちに、今度リリースされる関ジャニ∞のアルバムに『ニセ明』の名義で星野源さんが楽曲提供をしてくださるという発表があった。やっぱり今読むべき本だと確信して、本屋さんに行き、本を買った。

 

誰かのエッセイを読むというのはなんだかそわそわする。その人の、“そのまま”が文章として伝わってくる気がするから。

本を開き、丁寧に読もうとめくった一ページ目から、次の章、次の章へと止まらなくなり、あっという間に読み終えてしまった。本を閉じ、一番に思ったのは、今読んでよかったということだった。人と関わること、自分を認めるとは、好きなこと、湧き上がってくる原動力、思い描いていること。どんなふうに考えて、どんなふうに信じていいのかわからなかった今の私には、その問いへの手がかりがこの本のいろんな章にそっと置かれているように感じた。

 

「怒り」「電波とクリスマス」「友人」「武道館とおじさん」「人見知り」…

どの章も素敵だった。星野源さんの目を通して見えている景色を見せてもらっているみたいで、読んでいると星野源さんだけが持っている不思議なメガネを借りて時間旅行をしているような感覚になる。

本を読んでいると、星野源さんは静かに人を見ている人だなと伝わる。人が好きなんだということもすごく伝わってくる。星野源さんの目に見えている、周りにいる人たちの魅力が文章できらきらと表現されていて、その中にそれぞれの生活があることを感じ取れる。「いのちの車窓から」を読んでいると、人と関わることは楽しい。と改めて気がつく。

陽だけでなく陰も知った上で沢山のことを経験してきて、今の考え方にたどり着いているということが言葉の選び方一つ一つから感じられた。

 

マイケルジャクソンを見て“いつも寂しそうだった”という感性が好きだと思った。

注目され、人に囲まれ、きらびやかに見える景色のその奥を見て、寂しそうだと感じる感覚にとても共感し感動した。誰もが羨む場所に立っているように見えるスター。沢山の人が集まり、様々な思惑に厚く隔てられて、本当が届かなくなっていく。その哀しさを分かっている人がいるんだと知って、ほっとした。

マイケルジャクソンを見ていた頃の星野源さんはまだ普通の少年で。その時から、孤独を見抜きながらマイケルジャクソンの歌に惹かれていた感性が素敵だと思った。

 

テレビから断面的に見ているだけでは知ることがなかった紅白歌合戦への思いや、楽曲製作中の思い。それを読んで少し知ることができたのが嬉しかった。

自分も見ていた紅白歌合戦のあの瞬間にどれだけの思いがあったのかを、そこに至るまでの話を読んで、「何者でもない自分」だった頃から感じていた眩しさへの葛藤が、時をかけて現実のものになった瞬間だったんだと胸が熱くなった。

私にも、やりたいことがある。いつか、と夢見るものがある。しかしそれでも自分の持つ感覚を信じ、突き進むことは簡単ではない。自信を失い自分を疑うのは簡単なのに、自分が感じている何かを信じることができない。そんな心境に共鳴した言葉がこの本にはいくつもあった。

 

「ある夜の作曲」154ページ

いつだって、世界を彩るのは、個人の趣味と、好きという気持ちだ。 

 

「夜明け」186ページ

そういった想像や予感というものは、合っていようが間違っていようが、現実を変え、未来を作る力になりうる。

 

なかでもこの二つの文は、今までモヤモヤとしていた何かが読んでいて晴れていくようだった。これでいい。この感覚を肯定していっていい。と思えた。抽象的すぎて、本人さえ掴みきれない何かでも、形になる時はくるのかもしれないと視界が拓けた気がした。

「電波とクリスマス」の章が好きなのは、そんな希望を強く感じられるからだった。小さな部屋、ひとりぼっちで作っていた音楽が、横浜アリーナの1万2千人に届いた瞬間。“伝われ”という強い思いが、確かに伝わっていた。

ひとりぼっちで作り続け行動し続ける間、どれだけの葛藤があっただろう。この部屋で作るものが、広い世界に向かっていて、いつか繋がると思い続けることはつらくはなかっただろうか。

私は、今一番何がしたい?と聞かれると、文章が書きたい。と答える。そこに迷いはない。けれどいつも葛藤ばかりだ。届いているのか、読んでもらえているのか、これでいいのか。どこかへ繋がっているのだろうか。

それでも、どれだけ迷っても、やめられない。書かずにはいられない。そんな気持ちもひっくるめて、今はこれでいいのかもしれないと思えた。

 

細野晴臣」さんの章を読んでいて、鳥肌が立った。20年。それだけの歳月をかけてあの頃と今が繋がった瞬間があった。なんて粋なんだと感動した。 そんな出来事が現実に起こり得るんだと驚いた。嬉しくて仕方がないその時の気持ちがリアルに伝わってくる気がした。

 

星野源さんの歌で、今よく聞いている歌がある。

「Friend Ship」

アルバム「YELLOW DANCER」の最後に収録されている。

理由はよくわからない。わからないけれど、歌詞に出てくる言葉とメロディーがとても耳に残った。“笑い合うさま”や“一歩踏み出すさま”という言葉の表現が日本的でいいなと思った。歌詞に出てくる“わからないまま”という言葉の曖昧さも好きだった。

自分に置き換えて共感するところがあるのかもしれない。「幻をみて 一歩踏み出すさま」という言葉が心に響く。

 

本を読んで、星野源さんの物事への真摯な向き合い方を知って、さらに好きになった。受け止めることに広く、起こる出来事をおもしろがる楽しさを知っている。

ニュートラルな佇まいが素敵だ。

本を読み終わった後に聴く歌は、より色鮮やかに聴こえてくる気がした。

 

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