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丸山隆平さん主演、舞台「マクベス」を観て

 

初めてのシェイクスピア劇「マクベス」を観た。

 グローブ座へ来たのは「フレンド-今夜此処での一と殷盛り-」以来のこと。

 

シェイクスピアと聞いて、どんなステージ、セットになるのだろうと思っていた。

劇場に入ると、ステージはシンプルな作りで二階建てになっていた。一階中央に大きな横開きの扉。二階へ続く階段が右と左にあって、ステージに向かって左は真っ直ぐな階段。右は踊り場のような所が途中にあり、手すりが付いている。二階の中央、大きな前面窓の向こうには、中庭のような草木が生い茂る場所があった。

全体の印象として、色がほとんどなく、灰色なイメージ。

派手なセットではないところが、シェイクスピア劇だ…と感じさせた。“人” が主役であることが伝わってくる。

 

 

丸山さんの演じるマクベス

登場の瞬間から、軍人マクベスだった。

その身にまとう雰囲気、たくましい体つき、鋭い眼差し。一瞬で目が離せなくなった。

佇まいに説得力があった。日本の人が外国の人を演じていることを意識することなく観ていられたのは、丸山さんの持つ存在感と体格あってのことだったと思う。

無理をしている感じがなく、大きく見せようとしていなかった。等身大の今の、丸山隆平さんが演じるマクベス。30代に入った丸山さんが今、「マクベス」に出演してくれたことがとても嬉しい。この役は、演じる年代でどんどんと変わっていく役柄だと悟ったから。

決してマイナスな意味ではなく、若々しいマクベスだった。私には、30代半ばに若くして権力を手に入れ、王座へと野望の手をのばして狂気に染まっていくマクベスに見えた。若者ではないのだけれど、30代にある若さというか。それゆえに湧き起こる野心。それなのに弱々しくて、情けなくて。人にある弱さが、いやになるほどに表現されていた。

 

物語を見ていた自分の思いは、終始悲しかった。

進んではいけない方向にどんどんと歩みを進めて、落ちてゆくマクベスに胸が痛かった。

しかしながら、それを丸山さんが演じることで、滲み出る人懐こさがマクベスに表れていて。やっていることは残忍極まりないのに、その様子から離れると、人を惹きつける魅力を持った人物に見えて、人を寄せ付けない威圧感や人嫌いな面を感じなかった。

はじめは国王からも一目置かれ、貴族からも慕われていた。それは、マクベスの特質だったのだと思う。もっと…と妬む気持ちを持ちさえしなければ。

 

マクベス自身が “人” という存在を過剰に意識しているからこそ、人を恐れて、それを剣へと変えてしまったのだと感じた。強い自分への自身があれば、後継者などには目をくれず自分こそが最強だと、王座に座っていられたかもしれないのに。

  

本を読んだだけでは感じなかった気持ちや思いがあって、舞台を観たことで、思い描く景色に色がついた。

こんがらがっていた登場人物の名前も、姿と一緒に聞くと覚えるもので、分かるようになった。舞台を観た後で本を開くと、別の本なんじゃないかと思うくらい、見え方が全く違う。文章の難しさも抵抗も感じずにスーッと馴染むことができるようになったことが嬉しい。

 

 

 今回の舞台「マクベス」を観て一番驚いたのは、戦いのシーンで派手な効果音が使われていないことだった。

頭の中で簡単に思い浮かんでいたような、分かりやすい効果音をつけるのではなくて、剣から直に聞こえる、重たい金属の「カシャンッ カシャンッ」という音がステージに響いていた。

シャキーン!とか、カキンッといった音よりも、剣と剣がぶつかって響く音の方が重々しく、リアルに感じた。一振りするだけで、相当な消耗だろうな…と思う。

 

そして切られたり刺されたりするシーンでも、マクベスは静かに剣を引き、その視線はどこかを見据えていて、倒れていく人を目で追ったりはしない。敵に対し剣を引くときに添えられた手にさえ狂気を感じる。

 

妻が、マクベスからの知らせの手紙を読み上げるシーンの前で、魔物がベッドに見立てた大きなクッションを二つ、ボフッと下から持ち上げ置いて、ニヤッと笑い合い去って行くシーン。

セット転換上の動きでもあるけれど、もしかすると “それ” さえも魔物の思惑通りなような気がして、ぞっとした。

 

 本を読んでいたころには思いもしなかったけど、マクベスの可愛らしさを感じるシーンもあった。

一度やると決めた国王暗殺の計画を、やっぱりやめないか…と妻に話すマクベスに、何を言っているの?!と妻がけしかけるシーンで、興奮のあまりマクベスの言葉に耳を傾けようとしない妻に、なだめるように眉を下げて「違う…」「おい…」とじれったそうな表情をしながら妻の腕を掴もうとしていた様子がよかった。

妻を目の前にした時のマクベスは無垢で、気弱な男の子だった。あの夫婦がもし、戦いのない世界で生きていられたなら、互いに想い合う可愛らしい夫婦でいられたのではと考えてしまう。

 

 

魔物に幻を見せられ、短剣を追いかけるシーンの魔物との攻防がすごく印象に残っている。演出が独創的で、コンテンポラリーダンスのような動きをするのだけど、フワフワとした浮遊感のある滑らかな動きに、視線を引きつけられた。背中に乗っかっていても、持ち上げられている感じがせず、力んでいるように見えない。重力を感じない動きだった。

短剣に瞬間的に血の色が染まる演出も、マクベスと同じようにギョッとした。舞台を見終えて残る色のイメージは、灰色と真っ赤な血の色。あの赤にも、きっとこだわりがあるのだろうな…と思う。

 

国王を殺し、血に染まった自らの両腕に恐れおののくマクベスに、自分も同じだと手を赤く染めてマクベスの手を取る妻の姿は痛々しくて、目をそらしたくなった。

マクベスが短剣を手に歩いてくるあのシーンの、言葉にしようがない空気。罪を背負った背中を、やってしまったのだな…と見つめるしかない観客の視点はつらい。

 

 

いくつかの衣装を着ていたけれど、軍服から、王としての正装と変わっていく装いも着せられることなく馴染んでいて、王子ではなく王に、しっかりと見えた。

王妃になった妻にひざまずいて、手の甲にキスを落とす仕草があまりにも自然で…息をのんだ。

 

物語の後半、魔物を探して森へ行くシーンでは、幻覚を見るマクベスの心情の揺れ動き方が凄く、圧倒された。

魔物に翻弄され、恐怖の幻覚を見ている。なのに、狂気からくる高揚感。恐れたり、怪しげな笑みを浮かべたり、目まぐるしい気分の上下を見事に表現していて、怖かった。

 

 同志であったはずのバンクォーを、自らの手は汚さずに暗殺させようとそそのかすマクベスの姿は、すっかり魔物そのものになってしまって。階段から覗き込んだり頭を上から押さえるように撫でたり、顔を覗き込んだり。言葉巧みに、「殺せ」とは自らの口では言わず、誘導していくやり方はあまりにもズル賢い。

 

 

セットの変わり方も印象的で、
後半、気づくと普通の壁や扉だった場所が、曇り鏡になっていることに気づいた時、背筋が凍った。

四方八方から自らを写し出す鏡に囲まれている状況は、マクベスの心情を表すようだった。追い詰められ、自分と向き合わざるを得なくなっていることが理解できた。

 

私があの日見たマクベスは、マクダフと対峙した時、恐れるでも死から逃れようとするでもなく、死ぬのならば仕方ないという諦めにも似たような心情を感じた。バタつかず、静かな狂気を胸に立っているように見えて。マクベス自身も殺されるのならばマクダフだと思っていたのだろうなと。

取っ組み合いになる中、マクダフが本気でマクベスの髪をつかんでいたのが鬼気迫る演技だった。その手を必死で掴むマクベスも。

 丸山さんが雑誌のインタビューで、今はマクベスを早く死なせてあげたいという気持ちが強いと語っていた、その思いがわかる気がした。

 

舞台「マクベス」を観て好きになったのが、フリーアンス。マクベスを慕い、尊敬の眼差しで見つめていて、無邪気な男の子。 

しかし、ラストシーン。フリーアンスが無言で近づき見つめる先には、王についたばかりのマルカム。それに気付く父、バンクォーの目線。緊張感が最大に高まったところで、暗転。そうして舞台が終わってしまう。

それが魔物の予言どおりとしても、バンクォーの表情からは、喜びは感じられなかった。我が子のしようとしていることに勘付き、驚き恐れているような表情のように見えた。

死んでしまったバンクォーにできることはないけれど、憎しみの連鎖で続く王座の奪い合いに意味がないことをバンクォーは悟っているような気がした。だからこそフリーアンスがその争いに踏み込もうとするのを止めたかったのではと。

 

 

 ここの演出が…と書きたいことはまだまだあるのだけど、夫人が手に持っていたロウソクが本物の炎だったことや、魔物が森で見せた魔術で使うビーカーに本当に液体が入っていて、その場で混ぜ合わせていたところ。夫人が気をおかしくしてしまい手を洗う仕草をし続ける時の下から照らされるエメラルドグリーンのような灯りにも感動した。

 

なぜかと聞かれると難しいのだけど、好きだったシーンがある。ダンカンを殺しに行く直前に、近くにいたお付きに「奥方のところへ行って、おれの寝酒ができたら鐘を鳴らすよう伝えてくれ。」と言うシーン。

切迫した場面で、マクベスも緊張で必死な様子が伝わるのだけど、文字通りの意味でないにしても、寝酒を用意してくれと言うマクベスの心境や、普段も眠る前に頼んでいるのだろうか…と想像すると、人間らしさが垣間見えて。

 

ダンカンを殺してしまった後のマクベスと夫人も、顔を強張らせたまま周囲に気付かれないよう夫人と視線を合わせて、小さく頷いたかと思うと大袈裟に夫人が「奥へ運んで」と皆の前で倒れてみせる。その結託する様子が夫婦揃って狂い始めていることを明示していると思った。

 

 

アイドルではない、役者 丸山隆平さんを観ることができたことへの感動は言い表せない。未だに余韻から抜け出すことができないほど。

これを見せられたら、もう抜け出せないでしょう…と思った。舞台に立つ姿は本当にずるい。惚れ込まないはずがない。

 

 

この物語に感情移入など出来ない、そう思っていたのに、舞台を見終えた今では色々なことを思ってしまう。

それは受け入れやすいように脚本をつくり演出を作ってくださったおかげであり、そして丸山隆平さんがマクベス役を演じたからなのだと思う。マクベスに同情の余地を見つけてしまった自分の負けのような気がした。

 

本を読むことは好きでも、聞いたことはあっても、シェイクスピアに触れる機会はないだろうと思っていたけれど、こういう形で「マクベス」を観ることができて良かった。