読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

丸山さんが舞台で演じる、シェイクスピア「マクベス」を読んだ。

本の感想 関ジャニ∞

本を読むことは好きでも、シェイクスピアに触れる機会はまあ無いだろうと、なぜか決めてかかっていた。
そのシェイクスピアを、初めて読んだ。

数ある作品の中で、初めて読む物語が「マクベス」になったのは、丸山隆平さんのおかげだ。
4年ぶりの舞台となる丸山さん主演の作品が「マクベス」と聞いて、勢いそのままに読むのが一番かなと思い、発表のあった数日後に本屋さんへ向かった。

シェイクスピアというから、もっと目立つところにまとまっていると考えていたのに、中々見つからないことが、まず初めに意外だった。
岩波文庫の「マクベス」を購入して、2日に分けて読んだ。思っていたよりページ数は多くなく、しかし初めてのシェイクスピアという劇の戯曲そのままの語り口で書かれている文章を読むのは、慣れるまで違和感があった。小説とは違う、台本を読んでいる感覚。

悲劇だとは知っていたけれど、こんなにもだとは…というのが、そのままの感想だった。
あまりにも悲劇。心穏やかな人が誰一人としておらず、切迫した空気と狂気のまま幕を閉じる。


これまでも沢山語り尽くされたであろう話しをするのは気が引けるし、憶測かもしれないけれど、感じたことを書いていきたいと思う。
もしもこれから読むつもりの方は、このブログは読んでから見ることをおすすめします。


まず、マクベスには名前があって、それと同じくらいの登場頻度なのにも関わらず、マクベスの奥さんに名前が無いことが気になった。
あれだけの登場人物それぞれに、覚えきれないほどの名前があるというのに、“マクベス夫人”としか書かれないというところに、彼女の全てが表れている気がした。

マクベスあっての彼女であり、マクベスの地位が彼女の地位に直結する。
だからあんなにも夫の出世に執着し、恐ろしいほどの執念で犯行をけしかけたのではと考えてみると、ほんの少しだけ彼女の動機が見えた気がした。自分自身の中に自分の価値が無く、そばにいる人を通してでなければ自分に価値を見いだせない。形の無いその自己評価は、なんて淋しいものなのだろうと、読んでいて思った。
しかしこの考え方は他人事ではなく、私の中にもあることだと感じた。周りに言われる言葉が自分を形作っていき、自分で自分のことを認められている訳ではない状態。そのほうが、安心するし、楽なのだ。
結局、彼女は精神を病み、抱えきれぬ罪悪感と恐怖から、錯乱状態で犯行の全貌を口走ってしまう。共感の余地などないと初めは読んでいて思ったけれど、自己評価の低さが招いた悲劇だとしたら、彼女もまた可哀想な人なのだなと思う部分もあった。


そして、最も身近であったはずの友にまで剣を向けた場面は、読んでいて本当に、人の嫌な部分がこれでもかという程出ているなと感心しつつ、嫌な気分しかしなかった。
自分に近しい人間、似ている相手や比較される相手に対する “怯え” からくる、攻撃的な感情は、本当に哀しい。その感情は湧き得る話だから、余計にかなしい。
自らの成長ではなく、相手を潰そうと考えた瞬間からそれは負けが決まっていると思う。嫉妬は芽生えたとしても、競える相手がいない方がつまらないだろうと感じるのは綺麗事だろうか。


踏み止まる余地のあったマクベスを陥れたのはマクベス夫人ではあるけれど、中盤で “きっと妻も喜んでくれるはずだ” と自身の犯行を正当化し始めたマクベスにも鳥肌が立った。
なんて歪んでいるのだろうと、狂い始めるマクベスに同情の余地が無くなっていくのを感じた。

ストーリーは悲劇のまま、誰も得をしない終わり。
喜劇と呼ばれる映画は見たことがあっても、あまり本で暗いものを読むことはなかった。でも多分、読み終えたあとに考える時間で言えば、こういう作品のほうが自分の中でグルグルと渦巻く感情があって、思うことも多いのだと知った。その証拠に、今もまだ何か考えずにはいられない。時々思い出しては、考えている。


歴史ある本なのだからと言われればそうなのだけれど、シェイクスピア作品の「マクベス」一つ取っても、人間の持つ負の感情の種類全てが詰まっているのではと思うくらい、人の傾向がよく表わされていた。だから名作として読み継がれるのだと、わかった。
しかし少し心配になる。シェイクスピアの目に、世界や人の感情がここまで見えてしまっていては人間に嫌気がさしていたのではないか。劇作家になることで、なにか救われることはあったのだろうか。
難しく堅苦しい本、とイメージしていたシェイクスピアが、「マクベス」をきっかけにここまで興味をそそられるとは思いもしなかった。


丸山隆平さんの演じるマクベスを観たい。
マクベス夫人を誰が演じるのか、あの場面はどんな演出になるのか。あの台詞はどんな言い回しになるのか。
チケットが私の元に届くのかはまだ分からないけれど、どちらにしても、この機会に「マクベス」を読むことができてよかったと、丸山さんに感謝している。