私にとっての「手紙」伝える意味は、

 
私はいつもなにかしら書いている。ノートに書いたり、メモをしたり、手紙を書いたり。
今、私の手元には、思いついたことを書くノート、携帯のメモ、スケジュール帳に書いている3行日記、とびきり嬉しい事を書くノートがある。…こう出してみると書いてばかりだ。ノートに四方を囲まれている。
 
“書く”ということを使って、自分の思いを伝えるようになったきっかけは、自分宛のお届けものがないというコンプレックスからだった。ポストを何度開いても、何日待っても、待てど暮らせど私へのお手紙や贈りものが届くことが全くなかったのだ。幼心にそれは悔しく、寂しくもあった。
 
どうしたら私にも届くようになるのだろう。親宛の郵便物やチラシではなく、喜ぶことのできる“私宛”のものが届くようになるのだろうと考えて、そうか、届くのを待つのではなく私から送ろう。そうすればいつかは何か帰ってくるモノがあるのではないかと思いついた。
それ以来、プレゼント企画に積極的に応募したり、ラジオへメールを送ったり、素敵な作品を見たら感想を送ったりするようになった。
 
 
自分の考えていることを口に出すのが苦手で、無愛想だった自分は、他人に言葉を文章にして送るということを通して、意図しない形で頭の中にある思いを伝えるリハビリへと繋がっていった。
 
気がつくと手紙を書くということは日常のなかにすっかりと馴染んでいて、なんの躊躇いもなく、書きたいと思う人やものに出会ったら書き、送ることを繰り返した。嬉しさからくるプラスな感想は伝えてなんぼだという思いで、ダメ元でも送ってみようという考えだったため、かなり無防な挑戦も度々した。
 
以前から舞台やエンターテイメントの制作に関わりたいと考えていた自分は、その事に関する一世一代の嘆願書のような手紙を送ったこともある。今思えば無防だったなとも思うのだが、種をいたる所に蒔いておきたかった当時の自分は、必死だったし誠意を尽くして向き合っていたので、そこに悔いはなかった。
その事に限らず、送り続けた思いがいつも報われたかと言うと、そんなことは全くなかった。送り続けても響かない相手には響かないままだったし、書く手紙には常に全力を注いだ思いを綴っていたので、そのために大きく傷つくこともあった。その時ばかりはもう書くものかと落ち込んだが、それも長くは続かず。
やっぱり感性を刺激されたり喜びを伝えたくなったときには、手紙を書きたくなった。
 
 
学生時代も国語に興味はなかったものの、国語表現は風変わりな議題に、面倒くさいと言いながらも楽しんでいた。そんな自分が、舞台「フレンド-今夜此処での一と殷盛り-」を観たことをきっかけに、ノートに積極的に書き留めるようになっていった。「フレンド」の中で、“届いた手紙”と“届かなかった手紙”がキーになっていると感じた部分があり、それがとても印象に残っている。
 
劇中で、病によって入院していた中也から、友人の喜弘へ送られていた“手紙”は、病院で止められていたと中也が亡くなった後に喜弘は知らされる。それを悔やみ嘆く姿が本当に苦しく、この場面は観ながら自分まで苦しくなるような、とてつもなく悲しい気持ちになってしまった。自分もそんな経験があるからなのかもしれない。手紙は思いそのもので、心を形にしているのと同じだと思う。だからこそ、脆くて大切なものなのだとあの場面から学んだ。
 

もう一つ、“届いた手紙”とは、喜弘へと秋子が送った遺言ともとれる手紙。この手紙は喜弘がしっかりと受け取り、その感想を直接言葉にして秋子へと届けた。本当は望まぬ結婚を、これが正しい道だと自分を押し殺して決心した心境と、自らの思いを、もう二度と会わない覚悟で書き記した手紙。
 
もう会わないつもりで書いたのだから捨ててくださいと手紙を奪おうとする秋子を制して、喜さんは
「とても良い文章だったよ。」
「手紙は実に丁寧で、大人だった。」
と言う。真っ直ぐで、一点の曇りもない褒め言葉。なんて素敵な言葉なのだと、感激したことを鮮明に覚えている。
 
 
中原中也の手紙”を題材に書かれているからだろうか、私は今までこんなにも“手紙”を大切に描いている舞台を観たことがなかった。
 
そうして、私の手紙への特別な思いは増した。
いまでも、大切な人に送る手紙がある。しかし初めの頃と違うのは、返事があるかどうかや、自分への見返りの有無は二の次で、まず伝えたい。その一心で書いている。一字一字丁寧に書いて、集中すると時間を忘れるので、3時間は平気で過ぎてしまう。そんな没頭した時間が最高に楽しいから、書いている。
 
 
伝えたからといって、返ってくるわけではない。でも稀に奇跡は起こるもので。行動しなければなにも動かないことをそのたび思う。
それでも、“ こんなことに何の意味が ”と常に自問自答しながら、そうせずにはいられないのだから仕方ないと抵抗をやめて、
いつか届く。いつか形になる日が来ると信じて、湧いてくる思いに従うことにしている。